「あまり話したくはないことだが……」。当時の上司にこう切り出されたとき、私は最悪のケースをまったく想定していなかった。そして上司はこう言った。「君には辞めてもらうことになるだろう」。
それまでまったく考えもしなかった解雇通告。私が要職にいないから? それとも、求められているスキルや経験がないから? あるいは、この広告代理店にとって必要のない存在だから?
あまりにも急な話だった。解雇を告げられて真っ先に頭に浮かんだのは、デスクの下に置きっ放しにしたたくさんの靴のことだった。今日、どうやって全部持ち帰ればいいのだろう? それから、さまざまなことが頭に浮かんだ。夫にはどう話そう? 同僚たちはどう思うだろう? ……。
パニックと悲しみ
人生に訪れる危機には、たいてい重要な予兆がある。解雇もそうだ。だから私はすぐパニックになった。解雇された時のために、3カ月分の給料は貯めておくべきだ −− いつも周りからはそう言われていたけれど、私は貯金をしていなかった。ああ、畜生め!
その後、頭がひどく混乱した。それから、恥辱の念が襲ってきた。なぜ事前に察知できなかったのだろう? なぜ、私でなければいけないのだろうか?
最後に湧いてきたのは悲しみだった。普段の穏やかな暮らしは何の前触れもなく、わずか数分で暗転してしまう。人生はいつも、どう転ぶか分からないのだ。胸が張り裂けるような思いだった。
「解雇」を語ろう
解雇を言い渡されるのは衝撃的だが、経営陣には決して起きることはない。犠牲になるのはそこまでの地位に達していない、高額な退職金とは縁のない私たちだ。
今、企業では資格給が見直されている。ジェンダーやダイバーシティといった視点がクライアントとともに、広告代理店にも変化を促している。スキルセットも変わりつつある。世の流れと張り合おうとすれば、今のポジションを維持するのは困難だ。あなたの信じる「未来のスキル」が何であろうと、変革が続いていくことは否定できないのだ。
広告界では解雇の話題がほとんど上らないように思う。広告代理店が、おそらく体面を保つために隠蔽するからだ。解雇された人々も語ろうとはしない。広告界の企業文化は集団性と家族主義、そして「隷属」から成り立つ。長時間労働や過密なスケジュール、週末勤務、家族を顧みないことなどが美徳とされているようにも思える。現実には、広告代理店も他の企業と何ら変わらないのだ。私が無垢なのだろうか? おそらくそうだろう。では、騙されたと思ってこの世界に失望しているのは私一人だろうか? おそらくそうではないだろう。
立ち直るために
30代半ばで家族持ち、そしてキャリアアップの途上にあった私は、再び自分を積極的に売り込まなければならなくなった。それも、それまであまり考えたことのなかった分野でだ。私は何が得意なのだろう? 私の価値はどこにあるのだろう? そして、何をやりたいのだろう?
こうしたことを考えねばならないのは、大きなプレッシャーだ。やりたいことや、同じような経験をした人々の情報は限られている。解雇のことを率直に語ってくれる女性たちはどこにいるのだろう? 私のようなキャリアの女性はこれまで解雇されなかったのだろうか?
では、キャリアの途上で解雇された時にどのように対処すべきか −− これらのことを踏まえて、私なりのアドバイスを書き留めてみた。
1.「悲しみ」を受け止める
解雇通告はショッキングだし、立ち直るのには時間がかかる。まずは、あなたにとって大切な人々と時間を過ごすようにするといい。私が改めて知って驚いたのは、近しい友人たちが同じような経験をし、決してそれを口外しなかったことだ。解雇は、キャリアを歩む上でごく当たり前に起きることの一つなのだ。あなたから求めれば、周囲の人々は手を差し伸べてくれる。私は人にアプローチをするまでしばらく時間がかかったが、話を聞いてくれた人、助言してくれた人、そして立ち直らせてくれた人、皆に今は感謝をしている。
2.セルフケアを怠らずに
お腹が空いたら、ちゃんと食事を摂ることが大切。当たり前のことに聞こえるだろうが、私は何日もきちんと食事をせず、夜中に空腹を感じてシリアルを貪り食べた。栄養があろうがなかろうが、好きなものを食べること。とりあえず、明日は必ずやって来るのだから。
3.「日課」を維持する
各人の性格次第だが、私は会社で働いていた頃と同じ時刻に毎日起き、同じ時刻に出かけて面接やジムに行った。生活のリズムを守ったことが、自分には効果的だった。日常を維持するか、あるいはまったくしないかのどちらかだろう。いずれにせよ、自分のやりたいことをよく見極めることだ。次の仕事の面接を早く受けなければ、と自分にプレッシャーをかけることはない。準備がまだできていないと思ったら、焦ることはないのだ。
私の反省の一つは、面接を受ける前の晩にワインを飲み過ぎたこと。結果的に余計な心配をしてしまうし、面接当日はたいてい気分が優れない。飲酒は決してお勧めできない。ワインが飲みたいと思ったら、次の日は面接を受けない方がいいだろう。
4. 時間を有効に
面接の合間には時間がたっぷりとあるだろう。私はこれまで訪れる機会がなかったロンドンのさまざまなエリアを探索した。アートギャラリーや美術館に行き、教会の庭で休息し、街中で写真を撮った。読書をしたり音楽を聴いたり、自分だけの時間を過ごしてリラックスするよう努めた。自分と向き合えたのはとても良い経験だった。
5. 「自分自身」でいること
怖気づいたり、自分を欺いているような気分になるのは当然だろう。応募した仕事の説明書を受け取るたびに、私は「自分にはできない」と落ち込んだ。だが履歴書に自分の長所を書いているうち、己の輪郭がはっきりと見えてくるのを感じた。弱点を把握することは大切だ。そして、一日でスキルアップをしようなどと自分を追い込むべきではない。決してうまくいかないのだから。
そして面接をこなせばこなすほど、次の仕事でどうやりたいことを実現させるかが分かってきた。一つひとつの面接は、自分を見つめる時間なのだ。ジャーナリストのハリエット・ミンターがくれたアドバイスはとても役立った。曰く、「自分の好きなこと、得意なことをよく考えなさい」と。自分の自慢をしたくなっても、応募書類を書いているうちに自分の価値がはっきりと見えてくる。そして、面接を乗り切れる自信が湧いてくるのだ。
6. 自分の「幸せ」を優先する
最後に、何であろうが少し幸せな気分になれることを毎日するといい。私の場合は、考えがどのように変わったか振り返られるよう、自分の思いを毎日書き留めた。そして次にやりたいことを集中して考えられるよう、長い散歩をした。
あれから数カ月が過ぎ、今は気分も良くなり、幸せな気分を感じられるようになった。心配事も減った。
それでもまだ、悲しみを感じることがある。でもそれは週を追うごとに減ってきた。今回の出来事からは人生の教訓をたくさん学べた。解雇の経験を人に語ることは、とても有意義だと思う。
(文:ニッキー・ウィルソン 翻訳・編集:水野龍哉)
在ロンドンのニッキー・ウィルキンソンは、フリーで活動するストラテジーディレクター。