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リム氏が電通に加わったのは4年前。彼は、その時のことをはっきりと覚えている。他のエージェンシーとはまったく違っていた。フィールドは広告にとどまらない。制作参加したエンターテインメントでアカデミー賞を受賞し、ロボットを宇宙に旅立たせ、アニメキャラクターを生み出して一つの業界を誕生させたりもする。FIFA(国際サッカー連盟)やIOC(国際オリンピック委員会)と連携し、スポーツ分野での活動も幅広い。
「まるで、突然おもちゃ屋さんに入ったかのよう。目の前には、これまで見たこともないほど、いっぱいのおもちゃがある。ここで遊びたいと思ったものです」
電通APAC(日本を除く)のCCOを務める今も、彼は依然として、そこで遊び続けている。才能ある電通のクリエイティブたちを日本で束ねる、電通CCOの古川氏と共に。
リム氏の発言に、古川氏も「興味があれば何でもやります」と同意する。「それがうまくいくか、収益に結びつくかは、実は誰にも分からない。イノベーションとはそういうものです。明確に方程式化された広告の仕事と違って、創りながら考える、やっているうちに当初の目論見とは異なる果実を生み出す、形にすることで発見がある。今までとは違う方程式とシズルがあります。けれど、いちばん必要なのは、優れたアイデアを考え、実現する能力。それは広告の仕事と変わらない。今起きている僕たちの仕事の拡張は、その能力がいかに応用が効くものなのかを証明しているプロセスだと思います」
多岐にわたる彼らのクリエイティビティーの中には、一貫しているものがある。それは、一般のカスタマーのために課題を解決する、という姿勢だ。
期せずして、今年のカンヌでは評価軸に対する議論が巻き起こっていた。エージェンシーのクリエイティビティーを称えるのか。クライアントのニーズを反映している作品を称えるべきか。二人の答えは? どちらでもない。クリエイティビティーは、カスタマーを助けるために使う。それこそが、今の時代に最適な活用法だと。
「我々のインダストリーの本当の主役は、クライアントでもエージェンシーでもなくカスタマーです」と古川氏は言う。「発信できる立場にいるという点で、広告界はある種、特権的な立場にありました。ところが今は、コンテクストはカスタマー側にあります。その構造変化によって、逆に新たなクリエイティブアイデア、フォーメーションが生まれてきています。カスタマーの力が、僕たちの仕事の可能性を高めているのです。とはいえ、本質は同じです。カスタマーの気持ちをデザインして課題解決するために、クリエイティブが不可欠だということです」
デジタル化した現代のカスタマーは、求めるものを自ら発信する。それは同時に、彼らにリーチしやすくなった、ということでもある。
「的確なメッセージを、的確な場所とタイミングで、的確にターゲットに届けることが不可欠です。フリーサイズで万人に対応、というわけにはいかなくなっているのです」とリム氏。「広告を買う人はいません。関連性を買うのです。カスタマー、チャネル、コンテンツ、商品が散乱する現状から抜け出すイノベーティブなソリューションを見つけることが、これまで以上に必要となっています」
カンヌに来る少し前、リム氏はクライアントからアドバタイジングブリーフを受け取った。しかし彼は、広告の代わりにビジネスソリューションを提案した。その際、スライドやラップトップ、プロジェクターに代わり、ミーティングに持参したのはスマートフォン。そして「これこそが皆さんのカスタマーが体験していることです。まず、皆さんにも同じ体験をしていただきたいのです」と説明した。
プレゼンでは、広告にはほとんど触れなかったとリム氏は振り返る。「クライアントのカスタマーにとって重要と思われるプラットフォームやチャネルを使った提案をしました。戦略からクリエイティブ、エンゲージメントからトランザクション、あらゆる革新的なソリューションを示しました」
エージェンシーとクライアントの関係を変化させることも重要だ、と古川氏は付け加えた。テーブルなどのバリアーを挟んで対峙するといったワークスタイルではなく、両者が一緒にクリエイトするモードを生むことが大切だと。
さらに古川氏は、クライアントと協働で開発したビジネスソリューションの例としてトヨタ自動車の「Open Road Project」を挙げた。トヨタの超小型な電動モビリティー「i-Road」の普及に必要なものは何か? チームは、誰も活用していなかった都市部の狭小スペースに解答を見いだし、数百台分の専用駐車場として確保したのだ。実証実験の結果、テストパイロットの購入意向は大きく伸びた。
「広告の枠を超え、あらゆる手段を使ってクライアントのニーズに応えるソリューションを提供することが我々の役割であると定義した瞬間、クライアントのビジネスすべてに関わることになるのです」と古川氏は言う。「認識しておくべきなのは、我々にとって確かに新しい局面だけれども、本当に重要なことは実は変わっていないということ。つまり、すべての仕事にとって、これから決定的なのは、クリエイティビティーだということです。なぜなら、今後我々がすべきことは、新しい価値を生み出すこととそれを世界中とシェアすることだから。我々が広告で培ってきたクリエイティビティーが、広告を超えたあらゆるソリューション領域で求められているということです」
可能なあらゆる手段を使うということは、動画、デジタルCRM、メディア、PR、スポーツ、コンテンツ、デザイン、ユーザー体験といった、電通の巨大な「おもちゃ箱」に入っているクリエイティビティーやイノベーションをフルに利用するということである。
リム氏は、「この業界は、広告を超えて進化しています。我々は偏見のない広い心を持つべきです。マーケティングソリューションに、必ずしも広告やデータクランチング(大量のデータ処理)が必要だとは決まっていません。時にはひらめきに基づき、まったく新しいことに向け、勇気を持って大きく飛躍してみることも必要です」と語る。「このソリューションは何かを変え、新たなものを生み出しているか。人々を動かしているか。ビジネスを動かしているか。そう自分たちに問いかけています」
ビジネスを前進させるには当然、広告によるエンゲージメントの追求を超え、トランザクションそのものを促進するソリューションへのシフトが必要となってくる。特に新しい価値を生み出そうとするスタートアップをはじめ、多くのビジネスがこうした転換を導入している。しかし、競争力のあるビジネスソリューションを提供できる新規事業が多く存在する一方で、それを効果的にプロモートできる能力も併せ持っているところは極めて少ない。
「最近は、ビッグクライアントのトップからの相談も、スタートアップのCEOからの相談もほぼ同じです。『そもそも、うちの会社の存在意義とは』という問いかけと『その存在意義のようなものは、どうすればみんなに伝わるか』という二つです。これは要するに、その企業の本質的価値とそれによって社会にもたらす価値をどのように社会化、あるいは“みんな化”するかというお題です。会社の大小に関わらず、彼らは価値あるアイデアを生み出す方法は知っています。しかし、それと、その価値をカスタマーに伝え、継続的で強固な、さらにお互いがリスペクトしあう関係を構築することとは、別の仕事です。このようなカスタマーとブランド間の関係性を創出し続けることこそが、エージェンシーの強いところ。なぜなら僕たちは、“他者”に関するプロフェッショナルだからです」と古川氏は説明する。
では電通は、それをどのように実現しているのだろうか。「テレビからモバイル、トラディショナルメディアからソーシャルメディア、エンゲージメントからデータドリブンなインタラクション、そして広告から革新的なビジネスソリューションといった、新しい方法です。デジタル経済を勝ち抜くために、日々新しいテクノロジーを創出し新しいスキルを応用しています」とリム氏は言う。
最後に、クリエイティビティーの担い手となる人材について聞いた。海外では優秀な人材をめぐって、エージェンシーやプラットフォーマー間で競争が起きている。しかし、優秀な人材を惹きつけておく秘訣とは、彼らを縛りつけるのではなく、成長し能力を発揮できる適切な環境を提供することだとリム氏は語った。
リム氏は言う。「いい苗といい土がないと、花は咲きません。苗にあった土が必要です。我々の仕事は、きれいな花をたくさん咲かせる環境をつくることなのです」