リグオリ氏は4年半前、ソニーを辞して現職に就いた。近年は成長の機会をしばしば逃してきたと噂されるソニーだが、巨大企業での経験があるからこそ、今の自分はあると彼は力説する。
世界一流の広報マンたちは、常に「外交官」に匹敵する役割を果たしていると言っていい。
リグオリ氏が仕事のうえで一貫して追求してきたクオリティーも、そこにある。
英国育ちのイタリア人で、その外交的な性格から家族からいつも「大使」と呼ばれていた彼は、高校を卒業するとすぐに日本にやって来た。大学入学までの1年間を過ごすつもりだったのだが、すっかりこの国に魅了され、さらに1年滞在を延ばして上智大学で日本語を学んだ。
その後、ジョージタウン大学の外交大学院に進むが、日本への強い思慕は消えることがなかった。
そしてある時、彼の将来を一変させる人物と出会う。当時、米国でソニーの広報責任者を務めていた大木充氏である。それがきっかけで、リグオリ氏はソニーの見習い研修生に応募した。
「広報の人事をする上で、ソニーのアプローチは今でも非常に参考になっています」
大木氏の取り計らいでソニーに入ったものの、すぐに広報という思い通りの仕事に就くことはできなかった。
上司からは、「ソニーという企業の本質がわかっていなければ、広報の仕事は全うできないよ」と忠告を受けた。
まずは工場で研修を始めることになり、仙台にある研究開発センターでは4か月の間、与えられた作業を黙々とこなした。
それでもまだ、広報をこなすのには十分ではない。その次は世界の様々な国で営業を行うよう命じられ、販売店のトレーニングなどを担当した。
一時はソニーを離れて半導体メーカーの「テクダイヤ」社で約4年を過ごしたが、初めてソニーに入ってから10年が経とうというころ、彼はついに英国での欧州担当広報の地位を大木氏から授かったのである。
コミュニケーションのことを常に考えながら、会社の基幹となる仕事を理解する - 「今でもあまり一般的なことではありませんが、とても貴重な体験でした」と彼は述懐する。
「英国に赴任して最初の仕事は、ソニーの製品を十二分に理解することでした。私はカメラマンではなかったので、BBCに趣き、ソニーの機材を使っているカメラマンたちの後をついて回ったものです」
こうしたスタジオの撮影機材などと比べれば、現在扱っている洋服はそれほど複雑なものではない。しかしユニクロの製品には、あらゆる人々に真にクオリティーの高い服を提供するという理念のもと、ハイテクが応用されている。
彼はファーストリテイリングに入るにあたり、広報としてメディアに伝えていく自社製品を理解するため、その「期限」を己に設定した。「例えば2か月でメリノ・ウールのことを完全に知り尽くす、といった具合にです」
もちろん、こなさなければならない仕事はそれだけではなかった。
ファーストリテイリングの広報部は、彼にすれば言わば「ブラックホール」のようなものだった。グローバル統括チームというものは存在せず、アーカイブも社内ポータルもなかった。
彼はパナソニックから移ってきたパートナーとともに、世界各地の支社がスムーズにコミュニケーションがとれ、足並みが揃うような環境を作り出すことを、「必要に迫られて」最優先課題とした。
メディアとの関係の重要性
リグオリ氏はファーストリテイリングの創業者でCEOである柳井正氏とも、緊密に連携して仕事をこなす。
柳井氏は、ポジティブなことであれネガティブなことであれ、コミュニケーション力が事業に与える影響を熟知している、極めて明敏な経営者であろう。
柳井氏のスタイルは極めてオープンで、必要であれば社内の誰とでも直接話をする。
「組織がフラットであることが大事なのです。何事もスピードが勝負ですから」と柳井氏は語る。
「もう一つ大切なのは、社員全員が本気になって課題と取り組む姿勢。上意下達ではなく、それをクリアする答えを引き出すために、マネージメントがむしろサポート役になるようなシステムです」
ファーストリテイリングの東京本部で、リグオリ氏は10人ほどのスタッフを率いている。仕事の半分は、売上の大半を占めるユニクロ・ブランドに関するものだ。
メディアのチェックでは、ファーストリテイリングのブランドを扱ったものだけではなく、柳井氏が関心をもちそうな情報も積極的に伝えていくように心がけている。
多くの時間はブレインストーミングや戦略の見直しに費やすが、ファーストリテイリングのように先進的な企業においてもメディアと緊密な関係を保つことは極めて重要だ。
「自ら出向いてジャーナリストたちと会い、話をすることは非常に大切な仕事だと思っています」とリグオリ氏。
もちろん、すべてのジャーナリストと知己を得ることは不可能で、時には面識のないジャーナリストから見当違いの質問を受けたりすることもある。だが彼らと密に付き合っていれば、こうした厄介ごとも極力減らせるというわけである。
「ユニクロのPRチームには、社内的な業務ばかりにとらわれず、少なくとも1日に3回から5回はメディアの人々と接触しなさい、といつも言っています」
よりグローバルな思考で
その大小を問わず、海外市場を目指す日本企業が忘れてはならないのが、「『メディア』とは日本のメディアだけを指すわけではない、ということです」とリグオリ氏は言う。
「グローバルな企業を目指すならば、日本のジャーナリストだけを相手にしていたのでは不十分です。一歩進んだ企業は、より多様で能動的な世界中の消費者とのコミュニケーションに努めようとします。
私のスタッフや同僚たちには、より開かれた視野をもってほしいと願っています。日本のメディアだ、海外のメディアだと言って区別をする時代はもう終わったのです」
「メディアとの質疑応答の範例を用意して、電話がかかってくるのを待っているのは典型的な日本の保守的な企業です。企業が危機的な状況にあるときでも、広報活動は積極的であるべき。メディアと真のパートナーシップを築き、協働することが企業にとって有意義だと考えています」
危機対応には、冷静さと一貫性が不可欠
ファーストリテイリングが深刻な危機に直面することは稀だが、他の企業同様、そのような事態は必ず起りうる。そのときのために、適切な対処法をきちんと把握しておくことが重要だ。
同社ではそのガイドラインやプロセスを年2回見直しているが、緊急時に社の内外の主だった関係者と速やかに連絡がとれるよう、連絡先を常に最新にしておくことも最重要事項の一つ。
社内では危機対応のシミュレーションを特に行うわけではないが、明確なコミュニケーション網の構築は必要不可欠だ。
「どんなときでも冷静さを保つことが大切です。だからと言って、事実を隠し常に事が順調に運んでいるよう振舞うことも、あってはなりませんが」
一見、直接的な影響がなさそうな脅威であっても広報部は見逃さない。
昨年パリでIS(イスラム国)による同時多発テロが起きた際には、情勢を把握し社内で情報を共有するために、彼のチームは週末も「電話とパソコンに張り付いていた」という。
昨年、北京のユニクロ店内の試着室で男女が性行為を録画し、その画像が流出するという不祥事が起きた。このような事態には速やかに対応しなければならないが、状況をきちんと把握しないうちに拙速な声明を出すべきではない、と彼は言う。
「まず、事実を把握したうえで行動すること。スタッフにはできる限り多くの情報を提供するよう言っていますが、いつも即座に事実が判明するとは限りません」
このような場合、通常は暫定的な声明を発表し、ネット上の反応や報道の広がりを見つつそれを更新していく。そして事実関係が明らかになった時点で、最終的な声明を発表する。試着室の一件では、「個別の問い合わせには応じず、公式な声明を1本発表するだけにとどめました」。
「些細な事態でも話が肥大して、見る見るうちに世界中に拡散してしまう。あっと言う間に危機的な状況に陥りますが、24時間から48時間を経ると沈静化していくことが多々あります」
広告代理店はロジスティクス・マネージャーではなく、パートナーであるべし
リグオリ氏は広告代理店で働いた経験はない。代理店には敬意を表する一方、改善するべき点は躊躇なく指摘をする。
彼が長年言い続けてきたことの一つが、メディアと代理店との関係の不透明性だ(ファーストリテイリングの契約代理店である「バーソン・マーステラ社」のことではないが、と彼は前置きをした)。
「代理店はメディアとの関係をオープンにしたがりません。誰が代理店にお金を払っているのかということを考えてほしいですね。せめて、(メディアを)紹介するくらいはしてほしい」
また、もっと代理店とコラボレーションをして、アイデアを広げていきたいとも語る。
「ブレインストーミングの機会が足りません。社内にチームを作ってお互い活発に意見を出し合い、一丸となって目標に進んでいくような過程が好ましい。単に、(代理店は)『企画書をお持ちしました。いかがでしょう?』と言うだけではなくてね」
3つ目の指摘は、代理店の担当者が一人で多過ぎるクライアントを抱えていること。
「その結果、彼らの仕事のやり方が小手先になってしまい、こちらがギアチェンジをしてほしいときにも応えてもらえません。代理店にこちらのニーズを伝え、その力を引き出すのは我々の責任です。我々がもっとクリエイティブになるべきなのでしょうか……。
代理店に足りないものは何か、どうすればもっと彼らをサポートできるか、といった点を洗い出すことも必要でしょう。例えば、彼らは我々のビジネスや製品を本当に理解しているだろうか、といったことです」
「広告代理店は、単にロジスティクスをチェックしているだけではダメなのです。彼らは、我々のチームの一員でなければならない。ただし、クライアントがリーダーシップをもって代理店を引っ張るべきで、その逆であってはなりませんが。
かつては、クライアントが代理店にまともなブリーフィングもせずに、『じゃあ、企画書ができたらまた来てくれ』などと言っていたものです。
また、クライアントとの関係が長くなり過ぎて、すっかりタガが緩んでしまっている代理店もあった。両者の関係は、常に緊張感の上に成り立っていなければなりません」
リグオリ氏は、自分自身にもこうした哲学を応用し、実践しようとしている。
今年で60歳になる彼は、引退を考えている同世代の人々に向けてこう語る。
「まだ情熱とエネルギーがあるのなら、自分が取り組めることをやり続けるべきです。
特に、後の世代を指導する機会には目を向けてほしい。彼らに適切な助言をしていくことは極めて重要ですから」
これからキャリアを築いていこうとする人々には、「広告代理店に入る前に、まずはクライアントとなる企業で仕事をするべきでしょう」と忠告する。
「その会社がどのように機能しているか理解すれば、会社の顔とも言える広報の仕事にも自信をもって臨める。そのうえで広告代理店に移れば、クライアントの視点で何が大切なのか、きちんと把握することができますから」
(編集:水野龍哉)