2022年9月、グーグルは広告マーケットプレイスDV360のすべてのユーザーに対し、DOOH(デジタル屋外広告)のバイイング機能を提供すると発表した。マーケターは今後、グーグルのワンストップ広告マーケットプレイスであるDV360で、スタジアム、空港、バス停、ショッピングセンター、エレベーター、タクシーといった公共スペースに設置されたデジタルスクリーンの広告枠を購入できる。
グーグルのこの動きは歓迎すべきものなのか、それとも一線を越えたものなのか?オンライン広告市場で圧倒的シェアを誇っているとはいえ、グーグルが広告市場全体を手中に収めるのは別次元の問題だという懸念の声もある。グーグルの新たな一手を、OOH業界の他のプレーヤーはどのように受け止めるのだろうか?
電通インターナショナルでOOH担当責任者を務めるベン・ミルン氏は、「ようやく実現したグーグルのOOH参入について、我々はポジティブに考えている」として、「このソリューションがOOHの成長のためのものであり、OOHはブランドに素晴らしい成果をもたらすことを確認することが、グーグルとの協業の焦点になるだろう」と述べた。
JCドゥコー(JCDecaux) シンガポールも、今回の発表を歓迎しており、グーグルがプログラマティック広告取引プラットフォームでDOOHを扱うようになれば、DOOHへの投資が活性化するだろうと期待している。LEDやスクリーン技術、プログラマティックを強化するデータ等への投資が増えれば、DOOHの潜在力が開花することにつながるだろう、という考えだ。
「DOOHは広告の未来だ。グーグルがサードパーティCookieの廃止を発表して以来、状況は変化しており、デジタル広告の世界を根底から覆すCookieレスの未来が刻一刻と近づいている」と、JCドゥコー シンガポールの広報担当者は述べた。
「グーグルのDV360は、すでに当社専用のサプライサイドプラットフォームVIOOHと連携しており、JCドゥコー・シンガポールは近いうちに、チャンギ国際空港、アイオン・オーチャード、ジュエル・チャンギ・エアポート、ラッフルズ・シティといった大型複合施設や国内各所のバス停に設置された270のスクリーンを通じて、広告主に月間1億2000万インプレッションを提供できると見込んでいる」
デジタルマーケティングエージェンシーのエニグマ(Enigma)でメディア担当グループディレクターを務めるサリー・ローレンス氏は今回の決定を、グーグルにとって不可避のものだったと考えている。「グーグルのスタックにすでに投資している人々は、総合プラットフォームにさらに一歩近づいたことで、当然ながら大いに恩恵を得られる」と、ローレンス氏は言う。「マルチチャネルキャンペーンを単一のプラットフォームでアクティベートできることにメリットはあるが、屋外広告に特有の機能に関していえば、グーグルはやや出遅れている。競合プラットフォームはマッピング機能を有しており、グーグルがこの分野を本気で制するつもりなら、こうした機能を組み込む必要があるだろう」
OOHとデジタルのいいとこ取り?
デジタルOOHへの進出を発表したブログ記事のなかで、グーグルのDV360でプロダクトマネージャーを務めるシュレヤ・メイサー氏は、今回の決定について、OOHとデジタルの長所を融合させるものになると考えていると述べている。
同氏は「DV360にDOOH広告が加わることで、ブランドはあらゆる形や大きさのスクリーンで人々にリーチできるようになる」と指摘し、「加えて、迅速かつ効率的にリーチすることが可能だ。マーケターはほぼリアルタイムで、DOOHキャンペーンを開始、停止し、最適化することができる。戦略やアクティベーションから、レポートや最適化に至るまで、すべてのプロセスを1カ所で扱えるようになる」と説明した。
グーグルのDV360は、現段階ですでにハイブスタック(Hivestack)、マグナイト(Magnite)、プレースエクスチェンジ(PlaceExchange)、ストロアSSP(Ströer SSP)、VIOOH、ビスターメディア(Vistar Media)といった複数のアドエクスチェンジと提携関係を結んでいる。こうしたアドエクスチェンジはグーグルに、クリアチャンネル(ClearChannel)、JCドゥコー、インターセクション(Intersection)、ラマー(Lamar)、ストロアなど、主要なOOH媒体所有者のインベントリーへのアクセスを提供する。
さらに、グーグルの統合マーケットプレイスであるDV360は、こうしたインベントリーへの入札をプログラマティックに実行できる仕様になっており、メイサー氏によれば、これによってマーケターはより自由度の高い広告キャンペーンが実施できるという。例えば、ファストフードレストランが、ランチタイムに繁華街のビルボードに集中的に広告を掲示し、同じ日の午後には近くのコンサート会場が同じビルボードを直近の公演の宣伝に利用する、などだ。
R3の共同創業者でプリンシパルを務めるグレッグ・ポール氏は「プログラマティックDOOHは柔軟性をもたらす」として、「広告主もまた、かつてなかったハイレベルの透明性を手に、OOHの広告バイイングに挑めるようになるはずだ」と述べた。
エニグマ(Enigma)のローレンス氏は、今回のニュースを好意的に受け止めており、その将来性に期待している。同氏は「最終的に、すべてのチャネルをプログラマティックに取引できる拠点が完成すれば、オーディエンスベースのマルチスクリーンキャンペーンを、単一のプラットフォームを通じて実施できるようになる」と述べ、「これは革命的だ。測定の問題は改めて議論が必要だが、1つのプラットフォームですべてが揃えば、課題解決も容易になるだろう」と評した。
パーソナライズされたDOOHが現実に?
いまやグーグルはすべての人のほぼすべての情報を把握している。同社がDOOHへの参入を決めたということは、屋外広告がパーソナライズされるのも時間の問題ということなのだろうか?例えば「おいしいランチの店」とグーグルで検索したら、そのあと外を歩いているあなたに向けて、屋外広告におすすめの店が表示されるようになるのだろうか?
R3のポール氏は「話のネタとしては面白いが、採算は取れない」と指摘し、「忘れてならないのは、DOOHはスクリーンに依存しており、その数には限りがあるということだ。また表示時間という要素もある。たった1人のオーディエンスに訴えかけるよりも、特定の人々の集団に語りかけたほうが、広告主はより高いROIを得られる」
実際、グーグルは、DV360を通じて展開されるDOOHはパーソナライズされないと明言しており、また個人識別子や位置情報データも一切利用しないとしている。広告主はスクリーンのロケーションというコンテキスト情報に基づいて人々にリーチする形になるだろう。これは従来のOOHと同じだが、プログラマティックによってより高い柔軟性と利便性が得られる。
「グーグルは、パーティーにデータを持ち込むつもりはないという姿勢を明確にしてきた」と、電通のミルン氏は言う。「タクシーの後部座席のスクリーンのような数少ない例外はあるが、OOHは本質的に1対多のメディアだ。従って、1対1にパーソナライズされたマーケティング手法よりも、コンテキストに関連付けたメッセージの方が、このメディアには適している」
パーソナライズされたDOOHには現実味がないだけでなく、OOHの本質と矛盾するという意見もある。
イニシアチブ・オーストラリア(Initiative Australia)のパートナーシップ担当国内責任者であるサイモン・リード氏は、「OOHは、これまで常にマスオーディエンスへの訴求手段であり、ブランドにスケールとインパクトをもたらすものだった。1対1のメディアだったことは一度もない」と指摘し、「通行人の検索履歴に合わせて調整した、ローカライズされた広告という発想は嫌いじゃないが、1対多のチャネルを個人に向けて使用することで生じる損失も考慮することが重要だ」と述べた。
JCドゥコー・シンガポールもまた、OOHの本来の長所は依然として1対多のリーチにあると考えている。同社の広報担当者は、「アドテクによって臨機応変にスクリーンを利用できるようになり、コンテキストに最適化されたOOHが増えることは間違いないだろう。だが、OOHの本質的な長所は依然として、信頼のおける公共の場で1対多のリーチを確立できる点にある。だからOOHは、ファネル最上部向けのツールとして、ブランド構築や認知獲得にこそ有用なのだ」と述べている
ミルン氏によれば、パーソナライズされたOOHが現実のものとなる見込みは薄いが、まだ完全には否定できないという。「コンテキストを踏まえることで、たとえ完全にパーソナライズされていなくても、広告は現代の消費者に関連性を感じられる体験を提供している。だが、そのバランスも今のままとは限らない。変化が起こる可能性はある。しかし、近い将来にそうなるとは思えない」と、同氏は語った。
こうしたことに加えて、人々がどれだけ「パーソナル」なDOOHを望んでいるかという程度の問題もある。この種の広告は、プライバシー侵害と感じる一線を容易に踏み越えてしまいかねない。
「行きすぎたパーソナライゼーションは、映画『マイノリティ・リポート』が現実化したものとしか思えないだろう」と、UMオーストラリアで取引担当責任者を務めるアンドリュー・マレー氏は言う。「そうなってはやりすぎだし、クライアントとキャンペーンにはネガティブな影響が及ぶ」
R3のポール氏は、「マイノリティ・リポート」で見られたような広告はまだ存在しないとした上で、次のように述べている。「広告に個人情報が使用されると考えてパニックになる必要はまだない。だが、コンテキスト情報を利用して、より親近感を感じられる広告を流せるとしたら、間違いなく広告主の関心を惹くだろう。こうしたことは、オンラインではすでに常識になっている。屋外広告もそうしたらどうだろう?より関心に合った、より良い情報が、よりタイムリーに提供されるというように、それが自分の利益になる変化であるならば、消費者は歓迎するはずだ」
デジタルOOHは誰にとってもベストな選択肢か?
オンラインファッション小売のASOSは、JCドゥコーの測定パートナーとともに地域間比較の実証実験を行い、DOOHがブランド指標に与える影響を定量化した。グーグルによれば、DOOHを展開した地域では、対照群の地域と比べ、ASOSのブランド認知率が14%、購入意向が22%増加したという。
「我々のOOHインベントリーをDV360などのDSPで提供することにより、マーケターはすべてのデジタルチャネルを1カ所でプランし最適化できるようになる。これによって、ASOSのようなブランドはキャンペーンをよりうまくコントロールし、ブランド指標やパフォーマンス指標を改善することができる」と、JCドゥコー UKでプログラマティック担当責任者を務め、DV360を利用したASOSのDOOHキャンペーンに参加したドム・コザク氏は言う。
一方、DOOHは誰にとっても最適の選択肢というわけではなく、慎重に検討しなければ、むしろパフォーマンスの低下につながりかねないと警鐘を鳴らす人もいる。
「マーケティングの観点から見れば、ターゲティングという手法はキャンペーン戦略の中の1つの戦術にすぎず、(それに固執すれば)従来型のOOHを含めた利用可能なOOHインベントリーの8割を見落とすことになりかねない」と、タロン・アウトドア(Talon Outdoor)でAPAC地域担当マネージングディレクターを務めるメラニー・リンドクイスト氏は言う。「APAC市場の一部地域では、DOOHの割合はインベントリーの10~12%に過ぎず、またそのすべてが、プログラマティックに取引できるインベントリーとも限らない」
リンドクイスト氏はさらに、「バイヤーは、マーケティングにおける適切なリーチと頻度という本質をおろそかにし、広告費を精緻なターゲティングばかりに投じるおそれがある。それによって、ブランド認知、注目、好意といった重要なマーケティング指標において、パフォーマンスが低下するリスクも生じる」と語った。