米司法省はアルファベット傘下のグーグルに対し、広告管理プラットフォーム「グーグルアドマネージャー(GAM)」や広告取引市場「アドエクスチェンジ(ADX)」、広告管理ツール「ダブルクリック・フォー・パブリッシャーズ(DFP)」などの売却を求めている。
アドテク企業クリアコードのマーケティング責任者、マイケル・スウィーニー氏は今回の提訴に「驚きはない」と話す。「すでにグーグルは、反トラスト法違反に当たると司法省から指摘されていた。昨年7月、同社は広告事業の分割案を提示しましたが、司法省はそれを拒否したのです」
「司法省はよほど自信があるのでしょう。広告事業の分割を命ずる新しい法案はすぐに成立する、と。だからこそ裁判に持ち込んだ。特に狙いを定めているのは、グーグルのアドテクプラットフォームです」
「判決が出るまでは時間を要しますが、グーグルにとって有利な状況ではない。司法省の主張は極めて堅固です。グーグルがオープンウェブに基づいて広告事業を分割すれば、業界の競争は公正になると訴えている。もっとも、グーグルがどのプラットフォームを分割するかで結果は分かれますが」
米テック企業クワントキャストのアジア担当マネージングディレクター、ソナル・パテル氏は、1つのアドテク企業があらゆる役割を担うことの難点を指摘する。「ディストリビューター、オーナー、AI(人工知能)論理のクリエイター、コンテンツマネジメント……これらを全てこなすことの難しさは、以前から業界で認識されていました」
だが、それを実際に証明することが「長年の課題だった」という。「グーグルの場合、DFPや『ダブルクリック・フォー・アドバタイザーズ(DFA)』などの検索・アドテク機能がブラックボックス。しかもユーチューブを保有し、コンテンツマネジメントまで行っている。結果的に競合他社に対し、不当な優位性と支配的地位を確保しているのです」
「独占企業の非民主的振る舞いに批判が出るのは当たり前。他社の成長を抑え、イノベーションの妨げとなり、反トラスト法にも抵触する。司法省が2度目の提訴に踏み切ったことに驚きはありません。むしろ遅すぎた感があります。グーグルはすでに多くのデータを蓄積していますから」
「主力分野の企業を次々と買収し、最大限に活用して支配的立場をより強める、というのがグーグルのビジネスモデル。『アドモブ(admob)』や『アドワーズ(AdWords)』、DFP、DFA、『インバイトメディア』など、全てがその括りに入る」
こうした状況でアドテク界が被る最大の損失は、「時間をかけてコンテンツを作るパブリッシャーへの対価が、グーグルの独占とアドテクシステムによって極めて不当なものになってしまうこと」と同氏。
「パブリッシャーはアルゴリズムのマネジメントによって売上げが減少し、大きな損害を受けてきました」
「こうした行為をしているのはグーグルだけではありません。しかしデータやコンテンツ、AIなどアドテク活用の規模の大きさが再び司法省を動かした。グーグルは『ダブルクリック』(広告配信会社)を売却して司法省を納得させようとするかもしれませんが、いずれにせよ遅すぎる感は否めない。現段階ではまだはっきりと答えが出ませんが」
クワントキャストのマネージングパートナー、クリス・ブリンクワース氏は、「すでにグーグルが米当局の厳格な審査を経て今に至ることを、人々は見落としている」と指摘する。
「今やアマゾン、メタ、トレード・デスク、ヤフー、マイクロソフト、そしてアップルまでもがデジタル広告事業に参画している。もし私がグーグルを弁護するのであれば、広告市場は健全であると主張します。グーグルと競い合うことだけが大変なのではない」
「例えばトレード・デスクは、『グーグルの競争相手をつくる』という方針の下に設立された。実際に同社は素晴らしい仕事をしています」
「グーグルのアドテク事業はメリットも生んだ。グーグルを辞めた従業員が他社に移ったり独立したりして、アドテクを進化させた。また『業界ロイヤリティ(使用料や使用権、パテントなど)』を活性化させた。優れたアドテクプロダクトの創出を後押しただけではありません。米国経済や、世界が直面する課題解決、例えばがん研究などにも貢献したのです」
「問題の核心は、グーグルが広告配信に関するあらゆる要素を所有していることだけではない。1998年当時のマイクロソフトエクスプローラーのように、市場で支配的地位を占めるブラウザOS(クローム)を所有していることが大きい。さらに、最大の検索エンジンであるモバイルOS(アンドロイド)も有している。このOSは広告事業や無料の電子メールシステム、マップ、ビデオプラットフォーム、そしてアナリティクスでも最大規模なのです」
「これらの全てを通してデータが収集・分析され、それを基に市場のほぼ隅々にまで広告が届けられる。この数年、業界が熱を上げたクッキーに関しても同様です」
ブリンクワース氏は以前、グーグルに対抗すべく「小さなスタートアップ」を立ち上げた経験がある。だがやがて、グーグルの莫大な影響力を思い知らされたという。
「米国で『タグマン(TagMan)』というSaaS(サービスとしてのソフトウェア)事業を共同で立ち上げ、タグマネジメントとアトリビューションのサービス分野でトップになりました。しかしグーグルがアナリティクスの一環で『フリータグマネジメント・アンド・アトリビューションソリューション』を始めると、我々の事業は完全に頓挫してしまった。将来的なクライアントも全て失ったのです」
「そうした状況で、果たして我が社は成長を続けられるのか。スタッフに給与を払い、イノベーションを起こせるのか。供給経路もなく、資金調達ができるのか。残念ながら、答えはノーです。グーグルは当時、自社プロダクトのアトリビューション効果だけを自動的に示すシステムを用いていた。オーナーとしての立場を乱用していると感じました。グーグルを使用しない広告主やエージェンシーはトラッキングにハンドコーディングや設定が必要で、グーグルは常に最高の成果をもたらしていた」
「これが、アルファベットの市場支配力とデータ収集力を抑えねばならない理由の1つ。さもなければ業界のイノベーションは進まない。資金力が弱く、元グーグル従業員とのつながりもなく、業界ロイヤリティにも縁のない中小企業は存続できません。今回の提訴はアップルやアマゾンへの警鐘にもなるでしょう。双方ともデータやインフラ、OSで独占的地位を築いていますから」
グーグルは今回の提訴を受け、「司法省はネット広告業界の熾烈な競争を全く考慮していない」と声明を出した。
同社広告担当ヴァイスプレジデント、ダン・テイラー氏は同社ブログの中でこう述べる。「バイデン政権は物価抑制と国民の選択肢の多様化のために、反トラスト法の意義を訴えてきた。我々もそれには賛成する。しかしこの提訴は逆効果で、パブリッシャーや広告主、ひいては米国経済に利益をもたらす効果的広告ツールの提供を妨げる。経済苦境の中、消費者が支持する効果的サービスの提供を、反トラスト法が罰するべきではない」
(文:ショーン・リム 翻訳・編集:水野龍哉)