多くのマーケターにとって、「プレッシャーに押し潰されるような感覚」はお馴染みだろう。予算と人員を削られ、「常時オン」を求められる。少ない時間でより多くの業務をこなし、より良い結果を求められる。問題なのは、従来型の調査会社が現実に追いついていないことだ。消費者のインサイトを把握するフィールドワークは時間がかかり、それを図表にして発表する頃には意味がなくなっていることもあり得る。広告や様々なコンセプトの効果を事前にチェックするやり方も同様で、時間とコストがかかってしまう。
2014年、コカ・コーラの首脳陣は全世界で展開する全ての広告を事前にテストし、認知度やブランドの資産価値、競争上の優位性といった面で一定の評価に達していなければならないという決定を下した。その前年、コカ・コーラボトラーズジャパンが放映したコマーシャルは80本以上。だが時間的制約のため、審査できたのはそのうちの33本だった。新たなルールは極めて高いハードルに映った。
コカ・コーラジャパン経営戦略本部グループマネージャーの遠藤寿江氏は「急増するテストにとても対応しきれないと、担当チームは精神的に追い詰められた状態になりました」と当時を振り返る。だが意外にも、状況は好転した。
「オートメーション」効果
市場調査団体「ESOMAR」が主催したコンファレンスに出席したコカ・コーラ南太平洋地域インサイト責任者のリネット・デイヴィス氏は、英国のテクノロジー・スタートアップ「ザッピストア(ZappiStore、以下ザッピ)」の発表に目をむいた。同社は広告のクリエイティブを事前にテストする、自動化した調査サービスを開発したというのだ。わけても印象的だったのは、2000米ドルという安いコストでその日のうちに分析結果が出せるという点。既存の調査はもっとコストがかかり、結果が出るまでに8日間ほどかかった。デイヴィス氏は、日本にいる彼女の同僚にザッピを引き合わせた。
当時ザッピには4人の従業員しかおらず、日本とのビジネスも無縁だった。「最初は少し心配でしたが、彼らがなし得ることに比べればリスクは小さいと感じました」(遠藤氏)。コカ・コーラジャパンはまず、10の試験的プロジェクトをチェックさせるためザッピに2万ドルを出資。更に同社とともに、日本市場向けのツールの開発に乗り出した。こうした協働はコカ・コーラにとって初の試みだった。
大手ブランドは往々にして、調査会社や広告代理店を「サプライヤー」と見なす。彼らをパートナーとして共同開発をすることはコカ・コーラにとって大きなステップだったが、課題を克服するためには重要なプロセスだった。担当チームは問題の整理とツールの応用に注力し、日本市場に適合するようツールにある細かい顧客層の分類を見直した。ザッピが小規模の会社だったからこそ、大企業では難しい迅速なプロセスの変更やグレードアップも可能だった。
大企業における意思決定のプロセスは「クオリティーの維持に関しては有益だが、物事をペースダウンさせてしまう」と遠藤氏。「スタートアップの企業文化には敏捷性と柔軟性という長所があります。彼らとのコラボレーションは我々にとって刺激的でした」。
コカ・コーラは広告テストと製品開発の初期段階で、ザッピ以外にもより大きな調査会社を併用した。だがザッピは早々に、質的調査の大部分を担うように。そのカギとなったのが自動化機能だ。ザッピのアジア太平洋担当副社長、ロクサン・トール氏は「我々のプラットフォームは時間とお金のかかるマニュアルのプロセスを排除しました。実際、調査予算の中でこのプロセスが占めていたのは40%以上。更に(新しいプラットフォームで)複合的な調査を同時に行うことも可能になりました」。
「調査の自動化はより多くの成果を上げ、スピード化も実現した。全体の調査費を抑えることもできました」と遠藤氏。ザッピとの協働で担当チームはサンプルサイズやロケーション、デモグラフィック、回答者などを8〜12時間で選別、短時間で結果を出すことができた。
コカ・コーラが事前にテストするコンセプトの数は確実に増え、2014年の51案が2015年に77案、そして2016年には82案に。これら多くのテストにかかったコストは、それまでの方法で1つのアイデアのテストにかけていた金額と変わらなかった。テストの初期段階に力を注いだことで、全体のプロセスも効率化。「最初の段階で消費者からより多くのフィードバックを得たことで、検証を目的とした最終調査での失敗のリスクは減りました」(遠藤氏)。
「完璧」を待つな
ザッピに時間とお金を投資し共同で新たなシステムをつくりあげたことは、コカ・コーラにとってもマーケティング業界にとっても異例だった。従来のやり方ならばサービスプロバイダーがクライアントに対し、ほぼ完成したソリューションを提案する。だが遠藤氏は、「そのやり方だとリスクを恐れ、競争の段階で『革新的な切れ味』がなくなってしまう」と考える。「『機会』というのは新しい価値観と文化がインタラクションし、新たなアイデアとソリューションを創出すること、という意味を見落としてしまいます」。「パッケージ化されたソリューションを待つよりも(協働は)努力と忍耐が要りますが、競争の上で優位性を生み出すには大切なのです」。
このコラボレーションでザッピは国際舞台へと飛躍した。もちろん同社にとっては朗報だった。「コカ・コーラジャパンとの協働は国際的に知られるところとなり、我々をいち早くグローバル企業に押し上げてくれました」とトール氏。
遠藤氏は、「すぐに利益が出るかどうか分からなくても、大手ブランドはスタートアップのサポートにもっと積極的になるべき」と語る。「我々が自分たちの課題にオープンであれば、スタートアップが独自のテクノロジーとアイデアで創意あふれるソリューションを編み出してくれるかもしれない。そこには、パッケージ化されたソリューションをただ待っているだけでは得ることのできない新たな価値と可能性が潜んでいます」。トール氏は、こうしたケースでは「文化的相違がしばしば重要な要素となり、互いにそれを認識することが重要」と話す。「共同のプロジェクトを行う際には、両者がそれを考慮することが成功につながります」。
ザッピとの今後のパートナーシップについて遠藤氏はコメントを避けたが、多くの市場調査会社は「戦略的ソリューションを提供するために変化しようと、今も悪戦苦闘している」と感ずる。「変化を速めるためには、こうしたパートナーシップによるクライアントとの連携が有意義なのでは」。
「調査の売り手と買い手の間で、より柔軟な関係を築くことも重要です。複数の調査会社が協働して提案するようになってもいいでしょう」。同氏は当然ながら、IT企業やソーシャルネットワークサービスと組んだ調査が「今後はマーケターにとってインサイトの重要なソースになる」と見ている。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)