昨今のマーケティング界は大きく変化を遂げているが、日本はデータ活用法で他の先進国に遅れをとっている ― これは多くの人々が認めるところだろう。広告やマーケティング活動は依然、従来型のメディアに偏っており、そのプロセスも透明性が十分ではない。
「日本でデータを入手するのはとても難しい」と語るのは、世界的なデジタルエージェンシー「エッセンス」社でアジア太平洋地域のプログラマティックリードを務めるジェイソン・ジュトラ氏。
「ファーストパーティーデータ(自社所有データ)の活用やリターゲティングは行われていますが、これは当然のことです。しかしセカンドパーティーデータ(協業関係にある企業間で共有するデータ)となるとまだ完成度が低く、シンプルな垂直配向型に限られてしまいます。サードパーティーデータ(購入可能な第三者からのデータ)などは、存在しないに等しいですね」
マーケターたちはより効果的な投資をしようと、データ活用の潜在性をますます認識しつつある。これまでテレビのCM枠を売るだけで、分析情報の提供はほとんどしなかった広告代理店に対し、彼らはより多くのことを求めるようになってきている。
日本で活動する国際的企業は、他のマーケット同様のアカウンタビリティー(説明責任)を要求する。海外展開を目論む日本企業がデータ分析の大きな利点に気づくのも、時間の問題だろう。
「日本ではまだまだギャップがあります」と語るのは「IPG メディアブランズジャパン」社のCEO、アンソニー・プラント氏。
「欧米のマーケットはすでにデジタルを多用したリアルタイムモデルに移行していて、プログラマティックなアプローチのコミュニケーションを多用しつつある。一方、日本ではまだ旧来型のメディアが主導していて、他のマーケットのような透明性やアカウンタビリティーがありません。日本は立ち遅れているのです」
「クライアントとなる一部の日本企業、特に老舗企業はこうした従来型のモデルに満足しているので、あと数年はこのような状況が続くでしょう。しかしグローバル企業は他のマーケットの現状を知っていますから、自分たちの要求をはっきりと言い、きちんとアカウンタビリティーを果たすコミュニケーション・モデルを求めています。
最近は、日本企業もこうしたモデルを求めるようになってきている。国内と海外の両方でビジネスの可能性に目を光らせているところが増えましたから」
こうした情勢の変化に広告代理店が応えなければならないのは、当然のことである。彼らに今求められているのは、データサイエンティストやデータアナリストによるチームを編成することだ。
「私たちは消費者へのリーチ(到達度)よりも、ビジネスの成果により注目しています」と語るのは「UM ジャパン」社のマネージング・ディレクター、宮澤剛志氏。
「そのビジネスでどのような結果を得たいのかまず計画を立て、データを使ってその成功の度合いを査定する。そうすることでより正確にリーチや目標達成度をクライアントに伝えることができ、ビジネスのより的確なサポートが可能となります」
IPG メディアブランズジャパンのプラント氏曰く、同社はこの2年半、デジタルとデータの質を向上させるプログラムの開発に取り組んでいるという。
「現在は、あらゆるメディアに対してアカウンタビリティーを果たせるツールと人材の確保に投資をしています」とプラント氏。従来のメディアも対象にしているそうだが、そのれは「どのような媒体にも今やアカウンタビリティーが生じる時代ですから」。
「今ではどこの大手広告代理店も、データマネジメントに投資をしてマーケターの要求に応えようとしています」と言うのは、「MediaMath」社の日本担当カントリーマネージャー、横田裕介氏。
「彼らは独自にデータマネージメントの技術を開発したり、外部のテクノロジー企業と協働したりしています。
しかし代理店にとって最も重要な役割は、『マーケティングシナリオ』を構築すること。つまり、いかにマーケターのデータを最大限に活用するかということです。
どんなに質の高いデータでも、シナリオがなければマーケターにとっては意味のないものになってしまう。データマネージメントが発展していくにつれて、代理店も透明性がより高まっていくでしょう」
社内にデータマネージメントの専門チームを作る代理店がある一方、第三者やコンサルティング会社などと協働するところもある。
より高い可測性が求められるようになり、オンラインへの積極的な投資が顕著になったことで、従来型のチャンネル離れが起きていることは否めない。
最新の電通の調査によると、オンラインは広告投資の成長を支えており、インターネット広告は前年に比べ10.2%の伸びを示した。これは4年連続の増加で、広告業界は確実に上昇気運にある。
こうした状況で、マーケターは得るべきデータに関して再考の必要性を迫られている。「他のマーケットと同じく、消費者は印刷物やデジタル端末、HTML、アプリなどの間を自由に移動するので、適切なタイミングでいかに大規模なデータを捉えるか、またターゲットを絞り込むか、あるいはコミュニケーションを図るかといったことなどが広告主にとって非常に難しくなってきています」
こう語るのは「Kenshoo」社のアジア太平洋地及び日本担当のマネージング・ディレクター、今村幸彦氏。
「この課題を解決してくれるテクノロジーの需要がますます高まっています。キャンペーンの実行と効果の査定、消費者のマネージメント、そしてそれらの詳細な報告を途切れなく統合できる技術です」
それでも、日本で最も効果があるチャンネルは他のマーケットとはまだ異なっている。
「ブランディングや認知を高める場合、ROI(投資利益率)の点では従来型のメディアが今でも一番効果的です」と今村氏。
全国ネットの放送はいまだに威力を発揮していると言えるが、その地位はかつてほど安泰ではない。
効果の査定に関しては、日本のマーケットは他のマーケットから学ぶことができるだろう。プラント氏は、「ブランドは広告代理店をビジネス戦略のパートナーとみなすべき」だと言う。
「日本のクライアントは『潜在性」に注目し始めています。それは、よりデータ主導のアプローチによって初めて可能になる。『このビジネスで何を成し遂げたいのか』『どのような結果を望んでいるのか』 ― こうした課題をメディアパートナーとも考えていくべきです」
ビジネスとマーケティングにデータを活用する手法は、まだ日本では定着しているとは言い難い。だが多くの専門家が指摘するように、その過程は急速に進みつつある。ビジネスの目的にかなった様々なデータをしっかりとクライアントに提供できる広告代理店が、今後は存在感を強めていくだろう。
「競争の激しい今の日本のマーケットで生き残るには、消費者の行動をオンラインとオフラインの両面から、デバイスの境界を超越して正確に理解することが重要です」と横田氏。
「一流のマーケターたちはファーストパーティーやオフライン、CRMなど様々なデータを収束させる方法を模索しています。さらにより総合的視点から査定をしようと、ウェブアプリなどのクロスデバイスデータも一体化しようとしている。
単発のキャンペーンの効果を査定するだけでは、もはや不十分なのです。今のマーケターには、組織全体を踏まえたKPI(重要業績評価指標)をもつことが必要とされているのです」
オンライン動画の躍進を支えるデータ
ニューズ・コーポレーション傘下のアンルーリーは、広告動画の視聴、トラッキング、シェア獲得を推進するアドテクノロジー企業だ。同社は日本市場の成長を見込み、昨年日本に進出。アクセンチュアは、オンライン動画の市場規模は2017年までに10億米ドル近くに達すると予測している。その原動力は何だろうか?
「日本の有名ブランドは、従来型の広告よりもデータに基づく分析的手法を取り入れたブランドマーケティングを志向して、オンライン動画広告を使い始めている」と、アンルーリーの日本法人代表である香川晴代氏は話す。
香川氏によれば、日用品、自動車、家電などさまざまな分野のブランドが、データに基づいた動画コンテンツ戦略を立案し、動画の最適化を配信前に図っているという。
「当社は研究者との協業によって、ブランドへの評価や、オンラインとオフラインにおける販売促進の要素と、シェアを促す要素が同じであることを発見しました。強い感情反応などが、その例です。当社はブランドに対し、動画のどこに感情的、社会的つながりを生む要素があるのかを特定する支援を行います。また、当社のプログラマティックな動画配信プラットフォームの利用により、ブランドは広告動画の視聴、トラッキング、シェア獲得を推進することができます」
どこかのオンライン動画配信会社からこの最適化サービスの利用を薦められたら考えようか、と思うかもしれない。しかし、広告動画を使うには周到な準備が不可欠だ。アンルーリーが昨年行った調査では、あまりに広告色の強い動画であった場合、日本の動画視聴者の80%がそのブランドに対する信頼を失う傾向にあることが判明している。
「デジタル動画配信の新しい手法やプロセスの確立を、多くのブランドが強く求めている」と香川氏。「その背景には、(オンライン配信用に焼き直したテレビCMではなく)デジタル動画の制作への需要があるのです」
(文:ヘレン・ロクスバーグ 翻訳:CLS 編集:水野龍哉)