Emily Tan
2017年5月23日

スマートフォン世代に向けた、キヤノンの新マーケティング戦略

モバイル機器全盛の今日。高品質カメラで名を馳せるキヤノンは世界戦略を練り直し、ストーリーテリングでミレニアル世代の取り込みを図る。

スマートフォン世代に向けた、キヤノンの新マーケティング戦略

自らが抱える課題を、キヤノンは百も承知している。高級カメラメーカーとしての地位は揺るがず、人々はますます写真撮影に熱中する昨今だが、それらが必ずしも業績に結びついていないのだ。

昨年はコンパクトカメラの売上が22%減少、その結果同社のデジタルカメラの売上も12%減った。

「市場の変化で、我が社の競合相手はニコンやソニーから、アップル、サムソン、さらにはスナップチャットといった企業に変わったのです」。こう語るのは、キヤノンのEMEA(欧州、中東及びアフリカ)担当マーケティングディレクター、リー・ボニフェイス氏。 「写真マニア向けにニッチなビジネスを展開するか、あるいはミレニアル世代を照準に我が社のポジショニングをし直すのか……。戦略の変更を余儀なくされました」。

キヤノンは組織の内部からこの問題と向き合ってきた。2014年9月、経験豊富なボニフェイス氏をEMEA再編担当ディレクターに起用。課した使命は、製品中心のビジネスを消費者中心に変えることだった。同氏は昨年、マーケティングディレクターに就任したが、今も再編担当ディレクターの職責を担っている。

「スマートフォンとどのように共存し、新たな映像世界を提唱していけばいいのか。それが私たちの課題でした」(同氏)

取り組んだのは、消費者との距離を縮めてより直接的に関わりが持てるシステムの構築だった。その一環が、写真共有アプリを提供する「Lifecake」や、ロンドンに拠点を置く印刷アプリのスタートアップ「Kite.ly」などの買収。更に、ファイルをフル解像度で保存するクラウドベースの画像管理プラットフォーム「Irista」も発表した。

「今の消費者はシンプルなものを望んでいます。ですから我々も製品やサービスをもっとシンプルにする必要があるのです」とボニフェイス氏。 「今注力しているのは、写真を撮影して記憶し、シェアする製品です」。

「セールスフォース」をベースとしたより強力なCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネージメント)のプラットフォームにも投資、キャノンは19の市場でeコマースのポータルを構築している。

「消費者と対話をする準備がやっと整いました。 これからはストーリーテリングができる視覚化されたブランド、消費者のストーリーテリングを後押しできるブランドとして、キヤノンをアピールしていきます。」

今週、同社はEMEAの19市場で「Live for the story」と題した多様なキャンペーンを開始した。 その先陣を切るのが60秒のテレビCM「Boundaries」。ボニフェイス氏曰く、「これまでのキヤノンのキャンペーンとはまったく異なるものです」。
 

このキャンペーンビデオは昨年10月、VCCPに依頼して制作された。

CMの中では、製品の宣伝を声高にすることを意図的に控えた。「以前は消費者がカメラやプリンタを購入した時点から、我が社との関係が始まっていました。今は消費者がスマートフォンで写真を撮るのをIristaでサポートしたり、クリック1つでフォトブックを印刷できるようにしたりといったことで、エントリーポイントが生まれます」。

「ミレニアル世代はキヤノンをカメラのブランドとして見ています。彼らは『携帯電話で何でもできるのだから、高額のガジェットを買う必要はない』と考えるのです。しかし写真を活用したストーリーテリングの奥深さを知れば、スマートフォンの限界に気づくかもしれません」

ボニフェイス氏とVCCPの制作チームは、CM映像が伝えるメッセージに様々な趣向を凝らした。場面ごとにスポットライトを当てるドラマティックな手法を用いたり、マイキー・マイクという知名度の低いアーティストの内省的かつ荒削りな曲を使用したり。

「映像はとてもソフトで、感情に訴えかけ、かつ洗練され過ぎてもいません。非の打ちどころがないF1カーのショット、といったものの対極にあります。ごくありふれた日常に命を吹き込む、という意を込めました。18歳の誕生日や結婚式といった、特別な日の物語ではないのです」

「日常の何気ない瞬間に物語は潜んでいて、それが後にかけがえのないものになっていく。結婚式の日ではなく、将来夫や妻となる人と出会った日 − そうした日々はつい忘れられがちになってしまいます」

「Boundaries」の終わりの場面では、「Live for the story」というキャッチコピーの最後でカーソルが点滅する。これも意図したもので、「これから先のストーリーを続けるのはあなたです、ということを示したかった」。

そして、このCMにキヤノンのカメラが登場するのはたった一度。どこで出てくるのか、読者の方々も探してみたらいかがだろう。

かくしてキヤノンは、消費者の予想を見事に裏切るような広告を打ち出した。今後は人々の日常生活という「旅」に新たなスタイルを提唱していく。ボニフェイス氏によれば、プリント写真やデジタルOOH 、SNS、ユーチューブ向け6秒スポット(35本の動画を制作)の活用、ショップ・インテリアの改装などを予定しているという。

プリント写真の広告では、見る者の想像をかきたたせるようなストーリー性のあるイメージをフィーチャーしていく。 「演出されたものもありますが、多くはドキュメンタリーです。写真家たちにカメラを渡し、『良いと思ったものを自由に撮ってきて』と依頼しました」。

キャンペーンの次のハイライトは、6月後半に始まる「The 365 Days of Summer」と題されたコンテスト。応募者にはインスタグラムに「#LiveForTheStory」のハッシュタグを付け、画像をアップしてもらう。最優秀作品に贈られるのは、太陽を1年間追い続ける世界1周の旅。女優兼アマチュア写真家のゾーイ・クラヴィッツがコンテストのPRやイメージモデルを担う。

「キヤノンの戦略は、『これが我が社のテレビCMです。カメラを買ってください』といった(一方通行的な)ものから、『インスタグラムを利用して、キヤノンと共に一生に一度のチャンスをつかもう!』といった(双方向的な)ものに変容しました。もちろん、全てオープンに展開していきます。消費者もそれを望んでいるでしょうから」

(文:エミリー・タン 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign UK

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