このグラフが、彼が辞任に到るまでの状況をよく表しているだろう。
WPPはこの1年余りで企業価値が35%下落した。その一方で、ロンドン証券取引所の相場は約28%上昇している。こうした逆風に耐えた企業のCEOはほとんどおらず、WPPのCEOとて例外ではない。確かに、ソレル卿の辞任は突然の出来事だった。だがビッグビジネスのプレイヤーにとっては、当然の帰結とも言える。
今後半年余りは、どのような結果を示す数字もWPPにとっては不快なものになるに違いない。
フォードなどいくつかの主要クライアントは、WPPへの支出を減らすだろう。だがこれらのクライアントがソレル氏の辞任を「他のオプションを検討する」という口実に使うのなら、WPPにとって長期的に必ずしも悪いことではない。近い将来、主要企業をクライアントに持つWPPがビジネスを終わらせることはありえない。どんな植木職人でも、弱った枝を腐らせて樹液を無駄にするよりも、切り落とす方が良いということは十分承知している。
今、ヘッドハンターたちはWPPの要職にいる社員に対しアプローチを試みている。今後多くの社員が勤め先を変えるだろうし、この業界から離れる者も出てくるだろう。だがこうした動きは、広告界で特に変わったことだろうか? 時が経てば分かることだが、おそらく大したことではないのだ。
現在の状況には、不動産投資に関するロスチャイルド男爵の忠告が有用だ。「街が血に染まっている(不況で市場が実際の価格より落ち込んでいる)ときこそ、買いの絶好のチャンスだ」。まさに、「街が血に染まる」のは間もなくに違いない。
今こそ、WPPの未来を築く絶好のときなのだ。これは皮肉でも何でもない。
この市場危機は、来年になれば最悪期を脱すると思われる。もしあなたが広告代理店でのキャリアが終わりに近づいていると感じたり、自分の会社や仕事が好きでないのであれば、用心深く次の行動を考えるべきときかもしれない。来年以降、代理店では苛烈なレイオフが行われたり、大きな混乱が起きたりする可能性がある。WPPだけの話ではないのだ。
ある程度のリスクは厭わず、より高い地位を望んでいる人々に対しては、WPPグループ企業は他社よりも高い報酬を提示するかもしれない。JWTやオグルヴィ、Y&R、グレイなどの主要代理店は再編されるだろう。そして小規模な代理店は消滅する可能性がある。だが、それぞれのグループが廃業するわけではない。カンターのような堅実な企業で働いている人々にとって、状況が好転したときに会社が買収されるようなことはあって欲しくない。もしそうなるのなら、行動を起こす前に誰が買い主かを見極める必要があるだろう。
トップの布陣は新たにどうなるのか、などと考えるのはやめよう。あなたが親会社の重鎮でない限り、結局そんなことは大して意味がない。やがては投資家たちが、WPPや競合他社を意のままに動かすだろうから。
株主やクライアント、そして有能な社員にとってはWPPが解体されようが急激に再編されようが、その結果は等しく前向きなものになるだろう。WPP(あるいは「ミニWPP」)はスリム化してより統制を強め、差別化と中央集権化が進む可能性がある。
経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは1942年に、「イノベーションが旧態依然のビジネスモデルに取って代わる『創造的破壊』は、資本主義における本質的事実である」と記した。広告代理店は今、この創造的破壊の過程の最中にあるのだ。例によって、WPPがその先駆けなのだろう。
我々はクライアントや友人たちに対し、「いかにクリエイティブを優先しているか」時間をかけて説く。今後生き残るためには口先だけではなく、真にクリエイティブになる必要があるのだ。
(文:バリー・ラスティグ 翻訳・編集:水野龍哉)