Mark Darbyshire
2017年2月08日

ユニクロのグローバルキャンペーンと「サイエンス」

昨年、ユニクロのグローバルキャンペーンを制作したニューヨークのクリエイティブエージェンシー「Droga5」。同社のリンゼイ・コール、デボン・ホンの両氏が、日本の巨大アパレル企業との「発展的関係」について語る。

ユニクロ
ユニクロ

2016年、ユニクロは初のグローバルキャンペーンのためDroga5をパートナーに選び、プロモーション用の動画を制作した。動画は8月に日本で公開され、9月からは海外でも配信。「Science of LifeWear(ライフウェアのサイエンス)」をテーマとし、「人はなぜ服を着るのか」と消費者に問いかけ、人間と服との普遍的関係の考察を試みた。

この大きな一歩をユニクロが踏み出すにあたり、海外のクリエイティブエージェンシーを選んだことは多少なりとも日本の関係者を驚かせただろう。しかし、同社親会社のファーストリテイリング代表取締役会長兼社長柳井正氏にとってはごく自然な選択だったと言える。同氏はアパレル製造・小売で現在世界3位のユニクロを、2020年までに1位にすることを自らの使命に掲げている。これを受け、同社プレジデント オブ グローバル クリエイティブのジョン・ジェイ氏は2013年に導入した「LifeWear」のコンセプトを推進。LifeWearはシンプルで上質、かつ高い耐久性という日本的価値観をもとに、「日常をより良くする」というユニクロの精神を込め、高いファッション性と快適性、そして廉価な服の実現を目指したものだ。

Campaignは昨年暮れ、Droga5のニューヨーク本社でグループ・アカウントディレクターのリンゼイ・コール氏とクリエイティブディレクターのデボン・ホン氏に面会。ユニクロとの出合いや、これまでどのように関係を構築してきたのかなどを聞いた。

デボン・ホン氏、リンゼイ・コール氏

Droga5の本社はウォール街にあり、ロンドンにもオフィスを構える。2006年にデビッド・ドロガ氏が5人の仲間と創設、以来、枠にとらわれない自由な発想が高く評価され、2015年と2016年のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルでは独立系エージェンシー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。社員数は現在675名で、アンハイザー・ブッシュ・インベブ、グーグル、アンダーアーマー、ユニセフ、ユニリーバといった幅広いクライアントを抱える。

ユニクロとDroga5を引き合わせたのはジェイ氏だった。かつてワイデン・アンド・ケネディでグローバル・エグゼクティブ・クリエイティブディレクターを務めていた同氏は、米国でキャンペーンを展開するにあたって人々の服に対する概念を変えようと立案。そのために最適のパートナーを探していた。コール氏によれば、Droga5に白羽の矢が立った理由は至って明瞭で、ジェイ氏がDroga5の実績をよく知り、ドロガ氏を高く評価していたからだという。

ユニクロとの仕事を始めるに際し、ドロガ氏は「サイエンスを身近なものとして提起する」という課題を出し、ホン氏率いるクリエイティブチームがそれに取り組んだ。「その結果生まれたのが、Science of LifeWearというコンセプトでした」(ホン氏)。テクノロジーを生かしてスタイルや快適さを追究するユニクロの姿勢に、ドロガ氏は好奇心をかき立てられていたという。特にチームの創造力を刺激したのは、ノーベル物理学賞を受賞した米国の理論物理学者リチャード・ファインマン。同氏が科学を論じたビデオの中で、「科学は花の美しさにますます意味を与えこそすれ、それを半減してしまうなどとは私にはとても信じられない」という名言を残していた。

「ある対象への理解 - それが花の形状であれ、ミツバチの授粉の仕方であれ - が深まれば深まるほどその美しさをもっと見出すことができるという彼の洞察には、本当に目が覚めました。そして、同じ原理が本質的にユニクロにも当てはまると私たちは気づいたのです。ユニクロの服の細部に目を配り、その理由を考えれば、ユニクロが成す仕事の意義を深く理解することができる。『生命体』をそうした視点で見れば、必ずその素晴らしさを見出せるのです」(ホン氏)

柳井氏はScience of LifeWearのコンセプトを大変気に入り、お膝元の日本市場も含めたグローバルキャンペーンに取り入れることにした。そこでジェイ氏は、Droga5のクリエイティブチームが日本の文化や生活を肌で感じられるよう、彼らを日本に招聘する。Science of LifeWearのコンセプトが日本市場に馴染み、また海外市場には日本的な思慮深さや哲学を発信できるよう、日本的価値観を踏まえた上でのコンセプトを再定義してもらうためだ。

「ユニクロは私たちに、日本に関する書籍や大量の歴史的資料を読むよう指示することもできたと思います。しかしジョン・ジェイ氏は、外から見た日本と実際の日本とは必ずしも一致しないことを私たちに体感させたかったのです。日本の文化は重層的で、かつ複合的。そこで私たちは多くの人々との対話に時間を費やすことにし、彼らの思考回路を徹底的に掘り下げようと試みました。ユニクロ旗艦店の建築家や、ユニクロのロゴを作ったデザイナーにもお会いしました。こうして直に生の声に接することで、新たな発見ができたのです」(コール氏)

さらに同氏はこう付け加える。「ユニクロと私たちはいかにしてビジネス上の課題を克服し、ブランド価値を高めていくかを徹底的に追求しました。お互いにアイデアを出し合うことで、仕事の質も高まったと感じています」。

「最初の成果となったキャンペーン用動画は、あたかも誰かの思考プロセスを表現したかのような仕上がりになりました。ユニクロの服には見た目以上に、非常に多くの要素が注ぎ込まれているからです」とホン氏。「ファッション広告の多くは、ひどく皮相的になりがちです。ユニクロは私たちにファッションへのアプローチを変え、その深層を表現してほしいと言いました。彼らとの制作過程では、そのエッセンスが間違いなく表現されているかどうか確認するため、多くの人々が抱く『なぜ人は毎日服を着るのか』という根本的問いかけを何度も繰り返しました」。さらにコール氏がこう付け加える。「素晴らしいイノベーションは、疑問を持つところから始まりますから」。

このキャンペーン、次は果たしてどのような展開になるのだろうか。「最初にユニクロの服作りを支える思想を打ち出したことは、ブランドへの理解を着実に進める上でよい出発点となりました」とホン氏。「次の段階では、ユニクロが消費者のためあらゆる製品に価値と思想を吹き込んでいることを、一貫したメッセージで伝えていきます」。

Science of LifeWearというコンセプトには人を刺激する要素があり、ユニクロのブランドと価値に注目が集まったことは間違いない。このキャンペーンを通して同社の目標が達成されるかどうか、今の段階で判断するのは時期尚早だ。しかし、ともすれば似たり寄ったりのキャンペーンに終始してしまうファッションブランドが、リスクを取って一歩先を行こうとする姿勢は極めて新鮮に映る。

(文:マーク・ダービシャー 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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