広告市場で優先されるのはいまだにメディアバイイングの力だが、博報堂が「知の価値」を高める小さな1歩を踏み出した。今年9月に立ち上げた、わずか5人のスタッフから成るコンサルティング・ユニット「TEKO」。サイロ化した広告代理店の各部署を一体化し、広告へのニーズに限らずクライアントの事業全体を視野に入れて、戦略的ソリューションを提供するのがその任務だ。
この試みが格段ユニークなわけではないが、巨大なライバルである電通同様、テレビ広告枠の買い付けに依存するビジネスモデルを持つ博報堂にとっては新しい方向性となる。変化し続けるクライアントのニーズと、マーケティング業界で台頭するコンサルティング会社との差別化への答え、とも言えるだろう。「梃子」を意味するTEKOが軸足を置くのは、広告やマーケティング活動よりも企業経営そのものに関わること。4人のクリエイティブディレクターと1人のマーケティングディレクターで構成されたチームは各々が特定の専門分野を持ち、ビジネス戦略からソーシャルメディア、ストーリーテリング、商品開発、サービス、インナー改革、デジタル、データなどに対応する。
インナー改革担当でチームリーダーを務める大澤智規氏は、「代理店とクライアントの間でありがちな分断化された仕事のやり方を変えるため」、原田朋氏とTEKOの結成に至ったという。原田氏はTBWA HAKUHODOのスタートアップQUANTUM(クアンタム)のチーフクリエイティブオフィサーも務める。更に、広告のクリエイティブにとって普段無縁なビジネスや製品上の課題に、クリエイティブ思考を応用したいという意図も込めた。「広告のことだけを考えても、必ずしもクライアントのためにはなりませんから」と大澤氏。
「企業経営者は様々な部署からバラバラの答えを望んでいません。総合的な解決策が欲しいのです」。TEKOは小さな組織だが、博報堂が持つ様々な専門性を引き出して応用できるのが強みだ。「常設された5~60人の大所帯の部署では、こうした仕事は遂行できないでしょう」。
博報堂と仕事をするマーケターは、クリエイティブなアイデアに対価を払うという発想がない。通常こうしたサービスは、メディアバイイングに付随して無償で提供されるからだ。それでも大澤氏は「企業の上層部にお金が派生することを納得してもらうのは、さほど難しくないのでは」と考える。むしろ、TEKOにとって理想のシナリオである合弁事業の契約をまとめる方がずっと難しいだろう。
「クライアントはマーケティングをコストと見なしているので、削減できるという考え方なのです」と語るのは、クリエイティブディレクターで事業戦略を牽引する吉澤到氏。「我々が目指すのは、クライアントと共に成長していくこと。新たなプロジェクトを立ち上げ、収益を共有することです」。今後はこうした成功報酬的ビジネスモデルが国内代理店の間でより一般的となり、それが成功すれば代理店の地位向上にもつながると考えている。
120年に及ぶ歴史がある代理店のビジネスモデルを変えるのは容易ではないだろう。現時点でTEKOは実験的試みと受けとめられているが、ある意味で電通総研Bチームを彷彿させる。ただし電通総研Bチームの場合、社内の他の部署を変革しようとしているふうには見受けられないが。TEKOは、博報堂DYホールディングスの戦略事業組織kyu(キュー)傘下のIDEO(アイディオ)とも一見共通項がある。両社とも決まったクリエイティブブリーフに沿って仕事をするというより、能動的に解決すべき課題を見つけ出すからだ。TEKOは戦略を提供するだけでなく実行するという点で、経営コンサルティング会社とも異なる。
「10年後には博報堂が代理店と呼ばれなくなっていることが目標です」と語るのは、チームのもう1人のクリエイティブディレクターである市耒健太郎氏。代理店の平均的な仕事に飽き足らず、独立を目指さす人々に新たな選択肢を示すことも同氏の狙いだ。「全ての要素をクリエイティブと結びつけていくことが我々の目標。この取り組みは、その第1歩です」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:高野みどり 編集:水野龍哉)
IDEOは決まったブリーフに沿ってのみ業務をこなすわけではないという見解に基づき、この記事はアップデートされました。