「どの広告代理店やコンサルタント会社に相談すればいいのか、もう分からなくなった」 −− つい先頃、僕が親しくしているクライアントがこのように嘆いていた。メジャーなインターナショナルブランドのディレクターである彼の言葉は、今の時代のビジネスリーダーたちが一層困惑していることをよく表している。
2017年は、広告・マーケティング界に警鐘を鳴らす多くの出来事を目の当たりにした。P&Gはデジタル広告費を1億4千万米ドル削減し、代理店は激動する業界に適応するため悪戦苦闘。アジアをはじめとするあらゆる地域では、コンサルティング会社が徐々に、そして着実に代理店の仕事を奪いつつある。
今年前半、僕は東京で開かれたアドバタイジングウィークのパネルにゲストとして参加した。司会を務めたのはCampaign Asiaのデイビッド・ブリッケン氏で、ほかには代理店やコンサルティング会社、インハウスのクリエイティブで要職を務める方々が参加、「クリエイティブディレクションの新たな方向性」というテーマで議論を行った。
言うまでもなく、代理店はいま岐路に立たされている。ブランドは競ってインハウスエージェンシーを立ち上げているが、だからと言って既存の代理店を悩ます諸問題をクリアできるわけではない。
僕は欧米のグローバルエージェンシーで15年以上働き、2016年に独立した。インハウスエージェンシーと密接に仕事をするようになって、考えさせられることが多々ある。エージェンシーの売上にこだわらず、協働するクライアントにとって本当にためになることとは何か。以下、「プロセス」「組織」「社内文化」「リーダーシップ」に関して気づいた4つのルールを紹介させていただきたい。
1. プロセス:「自制」する
つい最近、僕らのクライアントのCEOがこのように語っていた。「うちと契約している代理店が打合せに9人の副社長を連れて来た。その代理店とはもう仕事をしていない」。今度あなたがクライアントと打合せする際、本当に5人以上で行く必要があるのかどうか自問してみるといい。「自制」というのは一見簡単そうで難しい。
多くのブランドがインハウスで仕事をこなす中、外部パートナーである我々の強みは「客観性」だ。毎年、様々なツールやチャンネル、そしてチャンスがどんどんと増えていく。だからこそ、組織で「多くのことをやり過ぎない」ことが肝心なのだ。厳しい目線で、そして客観的に、クライアントのやるべきこととやらざるべきことの選択を手助けすることが大切だ。
2. 組織:出来る限り「削る」
僕がかつて働いていた代理店では、肩書きのレイヤーが19段にも分かれていた。困ったことに、これは代理店では珍しいことではないのだ。
サーチコンサルタントのアヴィ・ダン氏は自身のコラムの中で、「複雑さを排し、法律事務所でしばしば見られるシンプルな2つのレイヤーにすべし」と進言している。理論的には良いアイデアだが、現実的ではないため僕の会社では3つのレイヤーにしている。すなわち、パートナー / ディレクター、プラクティスリード(実行責任者)、そしてプラクティショナー(実行者)だ。
パートナー / ディレクターはクライアントの戦略アドバイザーとして全体の運営を司り、機能性を高める役割を担う。プラクティスリードは日々の業務を監視し、指導を行う。プラクティショナーは実際の制作に関わり、制作物で戦略的思考を具現化する役割だ。
そして建築業界の一般的な慣習も導入している。パートナー / ディレクターは現場で指揮も執り、プラクティショナーに対し責任を取る。クリエイティブディレクターの最大の武器は、抽象的な概念を具体的なアイデアや作品に変換する能力にある。今のところ、コンサルタントにとっては不慣れな仕事と言っていい。
3.社内文化:「短距離レース」ではなく「マラソン」を
「広告代理店は若者向けの集まりだ」。残念ながらこの業界では「死ぬほど働く」、つまり長時間労働こそが有能の証という暗黙の認識が横行している。そういう働き方は体力のある若者に向いているのかもしれないが、あくまでも日本の古典的な考え方であり、決して良いとは思えない。ひるがえって米国でも、代理店の人材は20代、30代が大半を占める。
デジタル改革による競争が激化するにつれ、ブランドにはそれに勝ち抜くための戦略的見識を持った人材が必要となる。通常それに適するのは、経験があり年齢を重ねた人材、つまり家庭を持つ人だ。
僕の会社のリードストラテジスト(会社創業時からずっと仕事をしてくれている)は、3人の小さな子どもを持つ母親だ。彼女は自宅で仕事をしているので、家族との時間を犠牲にすることはない。彼女はいつも経験の浅いスタッフよりもずっと迅速に、素晴らしいソリューションを導き出してくれる。
スタッフが離れていくのではなく、共に成長していくような組織、そしてクライアントとの関係をデザインすることが肝要だ。変化がどんどん速くなっている今の時代だからこそ、マラソンのように長続きする社内文化を少しずつ構築していくことが大切なのだ。
4.リーダーシップ:「知名度」ではなく「信頼」に重点を
「問題なのは、昨今の広告賞を獲得した作品は代理店に何の収益ももたらさないということ」
世界的名声を誇り、そして皮肉にも最も広告賞を受けている代理店のグローバルCCOがこのように僕にこぼしたのは昨年のこと。「ブランド構築」とは一般的に代理店の仕事であり、主に認知度を高め名声を築くことを意味する。そして広告賞を獲得することは、代理店とクライアントの知名度をある程度高めるだろう。少なくとも、自慢の種にはなるものだ。
だがそれに驕っていると、名声は瞬く間に不信感に変わってしまう。
透明性が著しく求められ、メディアが複雑化し、果てしなくコネクティビティが創出される今の時代、僕らが担うべき役割はブランドが顧客やユーザーからの信頼を得られるよう手助けすることだろう。
空虚な名声を求めるのではなく、信頼を醸成する力としてクリエイティビティーを活用する。信用こそ、クライアントにとってより持続性のあるビジネス効果を生み出す鍵に違いない。
今後、インハウスも含め全ての代理店が地に足をつけたビジネスを展開しようとするのなら、プロセスや構造を積極的に簡素化し、目先の利益を追わず、長期にわたる信用を築くことに注力していかねばならないと確信する。
(文:レイ・イナモト 翻訳・編集:水野龍哉)
レイ・イナモト氏は、ニューヨークに拠点を置く“ビジネスインベンション・スタジオ”イナモト&カンパニーの共同設立者。