クッキーやモバイルIDの廃止による、プライバシー環境の変化に伴って、デジタルマーケティングの現場では、メディアミックス・モデリング(MMM)が復活してきている。
メタ、グーグル、アマゾンの広告プラットフォームトップ3も、競合チャネルの影響を認識するため、広告効果を測定するための統計ツールとして、MMMに資金を投じている。MMMは、統計データを使用して、デジタルとリアルの広告スペースを横断する幅広いメディアチャネルを分析し、季節変動やプロモーション、その他の要素も加味して評価を行う。
ほとんどの広告プラットフォームは、さまざまな広告メディアを横断的に評価するMMMのようなツールはめったに使用しない。そのため、このアプローチは一般慣行とは一線を画している。従来は、ブランドが統計モデルを使ってMMMを構築し、メディア支出と売上向上の相関を評価していた。
しかし、個人情報保護規制により、最近は測定機能が大幅に制限され、大手プラットフォームでさえ、アトリビューションを実証するための測定ツールの採用が求められている。
メタは3年前にMMMツールのロビン(Robyn)を発表し、このトレンドに参入した。このオープンソースのMMMツールは、Cookieや個人データに依存しない。このタイミングはまさに、フェイスブックが、アップルのApp Tracking Transparency(ATT)フレームワークによりコンバージョンの追跡が困難になり、深刻なダメージを受けていた時期と重なる。
アマゾンは、ファーストパーティのリテールデータが、MMM分析にも有利に働くと考えているのだろう。またGoogleも、チャネルをまたがる広告キャンペーンのパフォーマンス評価ツールのひとつとして、ブランド向けのMMMツールの開発を模索しているようだ。
Campaignは、MMMへの新たな関心のありかと、主要プラットフォームがどのようにMMM分析への参入を図っているかを探った。
歴史は繰り返すのか?
MMMは、リアルタイム入札(RTB)がインターネットやアドテクで盛んになる数十年も前から存在している。MMMは、欠けたり壊れたりしたパズルを解くようなものだと考えることができる。
今日、グーグル、フェイスブック、アマゾン、ティックトック、アップル、そしてGrabAdsやCarousell Media Groupのようなリテールメディアネットワーク大手には、MMMに取り組む明確な動機がある。自分たちの広告チャネルが、マーケターに適切なオーディエンスリーチを提供し、売上促進に寄与していることを証明する必要があるためだ。
MMMはまた、マーケターが顧客をよりよく理解するための貴重な洞察も提供する。
アドテクとマーテクのコンサルタントであるニラジ・ナグパル氏は、自分たちの貢献を証明することは、プラットフォームにより多くの広告費をもたらす。場合によってはデータ、ストレージ、コンピューティングなどの、クラウドサービスの受注も狙えるのだと説明する。
長い目で見れば、これらのMMMは、メディア戦略を多様化するものとして、またITプロバイダーに必須のアイテムとして、大手プラットフォームの地位を確固たるものにするだろう。
「メディアチャネルであれ、クラウド環境であれ、データが別々のサイロに存在していると、パズルを完成させるのはますます難しくなります」と、ナグパル氏はCampaignに語った。
「ほとんどのマーケターは、これらの環境から得られるデータ(通常、プライバシーに配慮し、個人を特定できる情報をハッシュ化または統計化したもの)の不完全性やバイアスを受け入れつつ、広告予算の増加を期待するしかありません。MMM構築に必要なデータを集約するために、必要な予算、データサイエンスチーム、クラウドやクリーンルームの技術に巨額の予算を投じることができるのは、一部の広告主に限られます」
ナグパル氏は、こうした問題を認識して、データレイクやデータウェアハウスを活用した統合データ戦略に取り組み、プライバシー規制に則ったデータ運用ができるパートナーと協力して、強固なファーストパーティデータ戦略を構築することをマーケターに推奨している。
但し、このプロセスは一筋縄ではいかず、理想的な状態を達成することはかなり困難であると、同氏は警告している。
理想を目指すとしても、偏りのない純粋なMMMを実現するための最初の一歩は、データの保存を適切に管理でき、不完全なデータセットからでもインサイトを導くことができるエージェンシーのチームと提携することだ。
「機械学習と生成AIの進歩によって、複雑なデータセットから洞察を導き出すことも、かなり容易になりました。AIの知識を持たないメディアチームでも、データ変換やクリーニング、同意情報管理などの入力作業に煩わされることなく、データの物語と価値に集中できるようになりました」とナグパル氏は説明する。
MMMの手法と精度
ユーザーレベルのトラッキングが、ますます制限される環境であっても、マーケターは、MMM測定の精度をなんとしても確保しなければならない。
ジェリーフィッシュ(Jellyfish)のデータサイエンス担当バイスプレジデント、ディ・ウー氏によると、MMMの精度を確保するには、いくつかの分かりやすいアプローチがあるという。
ひとつは、MMMに実験的方法を組み合わせて、メディアのインクリメンタリティ(増分効果)を測定することだ。実験データは、MMMの出力結果を補正したり、ベイズ理論に基づくMMMモデリング(確率の概念、頻度ではなく知識や信念に基づいて確率を解釈)の事前確率値として扱ったりすることができ、現実世界の結果を、モデルに取り入れることで精度を高めることができる。
しかしウー氏は、MAPE(平均絶対パーセント誤差)やR2(決定係数R2乗)のような最高統計スコアを目指すだけでは、最も正確なMMMを保証することにはならないと警告している。
彼女は、MMMの効果的な利用は、ビジネス目標に沿ったものであるべきで、関係者を驚かせるようなメディア投資の大幅なシフトは推奨しないと言う。
「ビジネスを理解することは、モデルの期待値を導き、ビジネスに統計的尺度に焦点を当てた指標を提供し、ビジネスにとって最も意味のあるモデルを選択するのに役立ちます。ビジネス上の考慮事項と現実的な精度はバランスをとる必要があるのです」と、ウー氏はCampaignに説明した。
ペリスコープの最高執行責任者、ロレーヌ・クリス氏は、重要なのは質の高いデータの収集に集中することだと指摘し、自動化が精度とスピードの向上に役立つだろうと指摘する。
ブランドは、収集・集計されるデータの質に焦点を当て、分析に適切なアトリビューション・システムを取り入れることで、精度を確保できるという。
「MMMでは通常、多変量回帰分析などが使用されます。その一方で、MMMモデリングの効果を測定するためには、広告費やROASなど、ブランドのマーケティング活動に関わるデータソースの収集が必要となります」とクリス氏はCampaignに語った。
ユーザートラッキングに対する倫理的側面だけでなく、MMMの2つ目の限界は規模にあると、ザ・レスポンシブル・マーケティング・エージェンシーのマネージング・ディレクター、リアム・ブレナン氏は指摘する。
ブレナン氏は、分析に必要なデータ量は、オーディエンスの数に依存することや、短期指標を過剰に重視する傾向、例えば、ブランディングよりも販売促進を重視する傾向について説明する。
「MMMは決して完璧なものではありませんが、適切で正確、かつスケーラブルなデータがあれば、広告活動の短期的・長期的な効果をより的確に表すことができ、マーケターがより迅速かつ賢明な意思決定を行うのに役立ちます」とブレナン氏は言う。
プラットフォーム固有のデータソースと透明性
MMMを構築する際には、データの収集が重要な課題となるため、グーグル、メタ、アマゾンなどのプラットフォームは、MMMを目的としたデータフィードを提供している。
ウー氏は、これらのフィードにはいくつかの利点があると指摘する。例えば、プラットフォームは各ローカル市場の日足移動平均線(DMA)など、より詳細な日次データを提供している。また、数年にわたるヒストリカル・データも提供しており、包括的な分析を可能にしている。
例えば、グーグルは3年前までのデータを提供しており、マーケターはこれを一度にダウンロードすることができる。
このデータへのアクセスは比較的簡単だ。例えばメタは、データをダウンロードするためのユーザー・インターフェース(UI)とAPIオプションを提供しており、MMMの実践者にとっては非常に便利なものになっている。マーケターが手動でダウンロードすることも、スケジューリングして自動取得することもできる。
さらに、これらのデータフィードは一貫した命名規則を維持しているため、異なるタイプのキャンペーンや広告を簡単に識別することができる。例えば、グーグルのデータには、ユーチューブのバンパー広告とノンスキッパブル広告も含まれている。
「ただし、これらのMMMデータフィードは、それぞれのプラットフォーム内のデータに限定されていることに注意する必要があります。包括的なMMMモデルを構築するには、オフラインメディアも含めた、他のプラットフォームからのデータも収集する必要があります」
「さらに、販売、競合調査、イベント、プロモーションに関するデータも、マーケティング・パフォーマンスの全体像を把握するため、それぞれ収集する必要があります」
クリス氏は、メタ、グーグル、アマゾンの舞台裏で何が起きているのかは考えたくないという。いずれにしても、測定ツールを提供することが彼らの間で焦点になっているようだと、彼女は述べた。
しかし、マーケターがこれらのプラットフォームに評価を委ねるかどうかは別問題である。
クリス氏は、マーケターがデータプロジェクトに取り組む際には正確性を確保し、包括的な計画と実践的なインテリジェンスに基づいて慎重に考える必要があると強調する。
そうすることで、マーケテターは強固なガバナンスを確立できるし、長期的には高くつきがちな近道を避けて、ブランドを真の成功に導くことができる。
「MMMは、マーケターがマーケティングやブランディングへの投資効果を定量化し、パフォーマンスを向上させるための、データ主導のソリューションとして設計されていることを忘れてはなりません」とクリス氏は語る。
「それによって、マーケティング活動による増分効果を理解し、その測定結果を用いてマーケティング戦略に関するさまざまな疑問に答えられるようになります。戦略的に考えるということが重要です。それが適している場合には、インハウス構築にも明確な利点があるでしょう」
「MMMが、常に正解というわけではありません。MMMモデルにできることは、全体的な測定フレームワークの重要なパーツを形成することです。マーケティングの有効性を示すための唯一のツールであってはなりません」と、クリスは付け加えた。
AIと機械学習の役割
MMMは、AIとML(機械学習)の文脈において、ルネッサンスを迎えており、技術の進歩が莫大な利益をもたらす可能性がある。
例えば、機械学習は、多様なソースからデータをクリーニングし、フォーマットやマージンといった必要なデータ作業を自動化し、大幅な時間の節約と精度の向上につながっている。
機械学習の高度なアルゴリズムは、天候が売上に与える影響や、季節性が広告予算に与える影響など、データの複雑なパターンや相互関係を明らかにすることができ、人による分析では捉えきれない洞察も提供する。
従来のMMM手法では、モデルの構築とテストに時間がかかるため、機械学習でさまざまな変数の組み合わせを迅速に評価することで効率化を図り、迅速なモデル開発と新たなデータによる更新を可能にすることは、マーケティング戦略の最適化に大きな利益をもたらす。
しかし、AIだけですべての問題を解決できるわけではなく、最も技術的に洗練されたモデルには、非常に高いコストが伴う可能性もあると、クリス氏は警告する。
例えば、一般データ保護規則(GDPR)などのプライバシー規制を確実に遵守するためには、MMMを実施しながら、ユーザーデータを保護するための対策も講じる必要がある。
「潮流はますますプライバシーに傾いています。MMM分析が急速に普及している決定的な理由のひとつは、個人データを必要としないことです」とクリスは説明する。
「MMMは、個人データに依存しないマーケティング測定ツールですが、最新の情報とシミュレーションによって、データ主導の意思決定のための信頼できる機能を提供します」
ジェリーフィッシュでは、マーケティング活動の総合的な視点をもつために、それぞれに目的を持ったさまざまなメディア測定方法を使用していると、ウー氏は説明する。
ジェリーフィッシュは、デジタルメディアの継続的な最適化のためにマルチタッチアトリビューション(MTA)を使用しており、マーケティングのさまざまな部分に、どの程度の貢献度を付与するか判断することで、情報に基づいて、広告戦略を調整できている。
MTAに加え、ジェリーフィッシュは、インクリメンタリティの実験とコンバージョンリフトの研究を行い、問題に答えを出し、収益増加の機会を見いだしている。メタやグーグルのような重要なプラットフォームでこれらのテストを行い、ジオエクスペリメントの手法を用いて増分効果を測定している。
「MMMツールは、チャネルの決定や高度な予算配分をサポートしてくれます。MMMはMTAとは異なり、個々のユーザーデータに依存しません。集計データに基づき、さまざまなチャネル、戦略、カスタムセグメントを検討します」とウー氏は言う。
「また私たちは、競合他社のプロモーションや新型コロナ感染症、インフレ、業界トレンドなど、ビジネスに影響を与える可能性のある外的要因も組み込んでいます。メディアプランニング・ツールは、利用可能な予算と将来の四半期のモデルに基づいて、成果を予測するためにも使用されます」
「私たちは、マーケティング分析の正確性と客観性を確保するためにこれらの測定方法を採用しています。これらのツールは互いに置き換わるものではなく、マーケティング・パフォーマンスを包括的に理解するために、それぞれが共に機能する必要があります」とウー氏は続けた。
今後の動向と発展
MMMは、マーケターによって長年にわたって確立されてきた方法論であるにもかかわらず、現在、さらに多くのものが求められ、新しい課題と期待に応えるため日々進化している。そのため、MMMの将来はかなり有望なようにも思える。
マーケターは、マーケティングミックスの各要素の影響をより良く理解するために、オーディエンス別、キャンペーン別、戦術別分析など、より詳細なインサイトを求めるようになるだろう。
MMMモデルは、入力や初期設定の小さな変化にも敏感に反応するため、マーケターは、有意義なインサイトを模索しながら、モデルがビジネスの期待に沿った結果を提供できるよう、芸術と科学の間で適切なバランスを取る必要がある。
MMMでは、ファネル下部向けの戦術が優先される。CTV広告やオーガニックコンテンツのようなブランディング広告の影響を定量化するのは困難なため、マーケターはブランド構築に焦点を当てた取り組みを評価する方法を別途見つけ出す必要がある。
さらに、前述の通り、MMMモデルは一般的に過去データに基づいて構築されているため、マーケティング戦略が急速に進化すると一気に古くなる恐れがある。マーケターは、ビジネスとの関連性やビジネスの期待値を維持するために、キャンペーンの開始に向けて機敏に適応する必要がある。
「従来、MMMモデルの構築には、時間と手作業が必要だったため、ペースの速いデジタルマーケティング環境では機動性に欠ける面がありました」とウー氏は説明する。
「MMMは、将来的には、粒度やスピード、プライバシー対応、ブランディング測定などのギャップを埋め、急速に変化するデジタルマーケティング環境にあっても、価値のある実用的なインサイトを提供すると期待しています」
クリス氏は、今後のMMMのトレンドは、AIと機械学習によるMMMの再発明に焦点を当てることになるだろうと指摘する。MMMの歴史は1960年代後半まで遡るが、今日の自動化されたデータフローは、多様なマーケティングチャネルや情報ソースからデータを収集することをはるかに容易にした、と彼女は言う。
過去の広告費やコンバージョンのデータがあれば、比較的少ない投資でモデルを構築することができる。
「一般的には、メディアエージェンシーや独立系プロバイダーのソリューションの活用、インハウスでのソリューション構築などの選択肢があります。著名なブランドであれば、規模の効果も見込めるでしょう。しかし、仮に大きな予算がなくてもこの分野は十分に実行可能です」とクリス氏は説明する。
「但し、何事にも言えることですが、十分なリサーチ、熟考された戦略的アプローチ、そして適切なデューデリジェンスが必要です。広告の測定に関しては、業界も大きく進化しています。また中規模ベンダーからも斬新なソリューションが次々と提供されています。
「一方、広告主もデータサイエンスチームへの投資を増やしています。この傾向は、プログラマティック広告バイイングのときの破壊的創造にも似ています。プログラマティック広告バイイングは、あらゆる広告主にプレミアム広告への門戸を開き、予算の潤沢な有名企業でなくても、市場価格で高品質な在庫を買うことができるよう、質の高いトラフィックへのアクセスを民主化しました」と、クリス氏は言い添えた。
さらに、ブランドやプラットフォーム間の一貫性と比較可能性を確保するためには、MMMの指標やベンチマークの業界標準が必要だとクリスは語る。
「そのために、マーケティング・サイエンス研究所(MSI)では、マーケティング・ミックス・モデリングの業界標準を策定するためのイニシアチブを開始したのです」と、クリス氏は締めくくった。