現在の電通が抱える事業、ひいては日本の広告業界全体を見渡すと、メディア買収やテレビコマーシャル、そして有名人で彩られていると言っても過言ではない。このビジネスモデルは、これまで確かにうまく機能してきたかもしれない。だが「もう長くは続かないだろう」と佐々木康晴氏は考える。
コンピューターの研究者という顔ももつ彼は、「クリエイティブに携わる人々の考え方を最新のデジタル思考に変えていくことが自分の役目」だと言う。
昨年の「スパイクスアジア」の際、彼は「キャンペーン」誌のインタビューで、「クライアントの求めるものが変わり始めていて、巨額の予算を従来のメディアや広告に投入するのではない、新しいアプローチを探っている」と語った。
まさに広告代理店のビジネスモデルが、変化の節目を迎えているというのである。
それから半年後、彼は「その対応に、まだ悪戦苦闘しています」と告白するのだった。
求められるクリエイティブ・ソリューション
「今の時代は、ソリューションのためのツールとしてあらゆるものを使うことができます。だからコピーライターやアートディレクターは、よりスケールが大きくて幅広いアイデア ― 美しいグラフィックデザインや映像だけではなく、新たなビジネスアイデアを提案できるのです。皆には常にそう言い聞かせているのですが、昔気質のクリエイティブの人間にはなかなか理解されないのです」
だがそもそも、クリエイティブに携わる人々こそオープンな考え方をもっているのではないのだろうか。「彼らは新しいテクノロジーやデジタル機器を怖がるんですよ。デジタルは毎日使っているのに、『プログラミングはできないし、どうやって機能しているかもよくわからない。まあ、とりあえずテレビコマーシャルや印刷広告だけを考えていればいいだろう』となってしまうわけです」
同時に彼は、以前ほど「クライアントが広告の力を信じていない」と言う。電通ほどの巨大な広告代理店でも、世の中の変化に対応できないと「淘汰されてしまう」というのだ。
電通は今、テクノロジーやコンサルティング、ユーザー体験といった広告とは直接繋がりのない分野の研究やビジネスの構築に多くの投資を行っている。ただしその問題点は、彼らのクライアントはこうした分野で代理店にサポートしてもらおうとはあまり考えないことだ。
例えば、ある流通会社。サービス改善のためにアプリを活用しようと、ユーザーとのコミュニケーションにLINEを使い始めたのだが、電通に求めてきたのはアイコンのデザインだけだったという。
「彼らは広告代理店がビジネス設計もできることを理解していません。依頼をされれば、我々も質が高く新しいビジネスやマーケティングのアイデアを提供できるのです。だが現状では、代理店は広告を作るだけとしか考えていない。我々自身もまだそうだと思います」
例外もある。現在、あるクライアントとは車の共同設計に携わっている。このクライアントは、様々な細部に関しての異なる視点を求めているのだ。
新たなるライバル
佐々木氏が今最も懸念しているのは、経営コンサルタント会社の存在。
コンサルタント会社はまだ本質的なクリエイティブ・サービスを提供できるまでには至ってないが、クリエイティブの能力を大いに磨いており、「大きな脅威になりつつある」と言う。
「すでに競争は始まっています。彼らの強みは、クライアントから高額の報酬をとることに長けている点です」
その一方で、広告代理店はメディアから巨額の利益を上げてきたことに甘んじ、クライアントのコンサルティング・パートナーへと「進化する機会を逸してしまった」と言う。
真の変革のためには新たな人材も欠かせない。それは技術者やプログラマーに限らず、新しいテクノロジーの活用に意欲的なアートディレクターやコピーライターも含んでいる。だがこういった人材の確保には、電通ほどの知名度があっても他の広告代理店同様、苦労していると言う。
「我々はあくまでも広告代理店と思われているので、テクノロジーに秀でた人材はグーグルで仕事をしたり、自分のゲーム会社を立ち上げたりという道を選ぶ。(大学)新卒の若者たちは広告業界を古い世界だと思っているようですが、AIのような最先端技術の分野の仕事もしていると知ったら、驚くでしょう」
時代の最前線へ
「電通ラボ(Dentsu lab)」は、そうした新しい才能を惹きつける手段の一つだ。東京の本社ビルの地下にあるこのスペースでは、科学者からコーダー、学生といった外部の様々な人々が定期的に集まり、討論会を催している。
将来性溢れる参加者たちに佐々木氏が期待するのは、起業家精神。まだ日本の社会ではあまり馴染みがないが、このスピリットは「常に電通の神髄だった」と言う。
それを示す実例はいくつも挙げられるが、その一つに、アカウントディレクターを務めていた社員が宇宙ステーション開発に携わることになったというケースがある。
信頼のおける人材には最大限の自由を与え、実験的試みに取り組ませる ― まさに社内の気風を反映していると言えよう。
「自分自身のプロジェクトを推進していくような人材を雇っていきたい」と言う佐々木氏は、日本にももっと起業文化が根付いていくことを期待している。
こうした気運を後押しするため、電通は昨年、ベンチャー投資部門となる「電通ベンチャーズ」を立ち上げた。起業家たちと競合するのではなく、彼らと共に仕事ができる地盤を作ることの方が理にかなうという判断である。
「日本には起業家に投資をするようなシステムがありません。日本の投資家は米国の投資家と違って、リスクをとりませんから。でも若い起業家たちは、そうしたシステムを必要としているのです」
佐々木康晴 略歴
2014年 電通 エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
2013年 電通 イージス・ネットワーク(ニューヨーク) エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
2011年 電通アメリカ(ニューヨーク) エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
2010年 電通 クリエイティブ・ディレクター
1998年 電通 インタラクティブ・ディレクター
1995年 電通 コピーライター
(編集:水野龍哉)