マーク・リードCEOのデビューとなった投資家向け報告会は、5時間半に及んだ。印象的だったのは、前CEOであるマーティン・ソレル卿に対する陳述がまったくなかったことではなく、同氏在任中の業績不振がいかに深刻だったかということだ。
アンドリュー・スコットCOO(最高執行責任者)は、昨年、WPP傘下のエージェンシー上位10社のうち売上を伸ばしたのはわずか3社、クライアント上位30社のうち同グループへの支出を増やしたのも12社だったことを公表した。
ソレル卿在任の最後の年、WPPの株価はピーク時の19ポンド(約2800円)から3分の1以上下落して11ポンドに。それを十分に裏付ける厳しい数字だ。
リード氏のCEO就任以来、株価はさらに3ポンド下落した。傍観者の立場となったソレル卿は、WPPに対して痛切な批判を繰り返している。
「回復」への道のり
リード氏は報告会でネクタイを着用せずに登壇。年下のライバル、ピュブリシスグループのアーサー・サドーンCEOが3月の報告会で与えた印象とは異なり、気さくで現代的なイメージを演出した。
テムズ川を望むWPPの新たな本社ビル「シーコンテイナーズ(Sea Containers)」で、リード氏は金融アナリストたちに「WPPグループをクライアントにとっての『クリエイティブ・トランスフォーメーション・カンパニー』に変えていく」と語った。
同氏も認めるように、WPPはクリエイティブの変革が急務だ。2017年と2018年は広告市場全体が着実な伸びを示したにもかかわらず、WPPの純売上高は減少した。
それゆえか、リード氏はプレゼンテーションで「新生WPP」という言葉を何度も強調し、新たなロゴも発表。新しいデザインはたくさんのカラフルな細かいドットを用い、企業活動の多様性や「オープンで前向き、かつ比類なき」企業文化を象徴しているという。
コミニュケーション(従来型広告やPR、ブランディング)、カスタマー・エクスペリエンス、コマース、テクノロジーの4分野に注力した成長戦略も明言した。
だが、成長の実現には長い時間を要するだろう。リード氏は2019年の業績回復を公約しなかった。最近のフォードのクリエイティブ事業などの損失で、1%以上の収益減という逆風が吹いているからだ。
「2021年末までに同業他社のオーガニック収益成長率に並ぶ」と語るのみ。では、その成長率とは具体的にどれくらいを指すのか。3%なのか、あるいは4%なのか。アナリストたちが何度も尋ねたが、明言を避けた。
それでもスコット氏は、「買収費用を抑える(特にテクノロジーとコマース分野において、年間2億ポンド)」と発言。「オフィスの整理・統合も経費削減につながる」とした。
リード氏は全従業員13万人の約3%にあたる3500人のリストラを予定している。だがWPPの抱える問題はコストではなく、収益改善にあるという考え方だ。
「利益率と売上高増加率のバランスを取る必要がある」。投資家にはやや異なるニュアンスで、説得力に満ちた意見を披露。ソレル卿時代よりは低いやや控えめな、15%という利益率を目標に掲げた。更に、ライバルであるインターパブリックが掲げるような13%ものコスト削減は行わないとも。「より洗練され、価値の高い仕事を続けていくことがWPPの目標です」。
テクノロジーとコマースを強化したコンサルティング会社
4月以来、リード氏が唱えてきた主張は既に投資家にとってはお馴染みだ。エージェンシー・ブランドを減らして精鋭化し、グループ全体でテクノロジーの一貫した活用を推進する。より開放的、かつ協調的な企業文化をつくる。「WPPはクライアントにとってよりシンプルな存在になる必要がある」。
クリエイティブエージェンシーとデジタルエージェンシーを統合し、ワンダーマン・トンプソン(Wunderman Thompson)とVMLY&Rを設立。だが今後は「大手エージェンシー・ネットワークの統合はしない」。また、テクノロジーは全てにおいて関わってくるため、「『デジタル』という言葉はもうWPPで使いたくない」とも。
投資家への最大の謳い文句はこうだ。「新生WPPはグーグルやアマゾン、アリババといったテック企業と密に連携し、クライアントに代わって彼らと協働する」。
あるスライドには、「テクノロジーこそがWPPの変革の中心」と記されていた。
「クリエイティビティーを再び核に据える」とも強調する同氏だが、そのビジョンは時折、WPPをクリエイティブエージェンシーではなくテクノロジーコンサルタントにしたいかのように感じられた。
報告会で特に名前が頻繁に出たのは、WPPのクライアントであるテクノロジープラットフォームのグーグルやアドビ(グーグルのマット・ブリッティン、アドビのブリジット・ペリー、ユニリーバのキース・ウィード各氏が登壇してリード氏と語り合うシーンも)。
かつてワンダーマンでリード氏と働き、今回チーフ・テクノロジー・オフィサーに就任したステファン・プリトリアス氏は説得力に満ちたプレゼンテーションを行った。「WPPに必要なのはデータの保有ではなく(カンターの売却を示唆する)、その理解にあります。アクセンチュアのような大手コンサルティング会社より、我が社は巧みにマーケティングテクノロジーを駆使できる」。
他のWPPグループの登壇者で目立ったのは、デジタルエージェンシー、エッセンス(Essence)のクリスチャン・ジュールCEO。自動化がいかに仕事を迅速にし、スタッフがより価値の高い業務に集中できるかを語った。WPPチャイナのカントリーマネジャー、パトリック・シュー氏は欧米でまだほとんど名が知られていない新興の中国ブランドとの協働について説明。WPP UKのカントリーマネジャーであるカレン・ブラケット氏は、通常のエージェンシーの枠を超えた幅広い人材を積極的に登用、多様性を高めていくことを約束した。
「足りなかったもの」は何か
各エージェンシーの代表は自社が手がけた広告キャンペーンを紹介するため多くのビデオを披露したが、10本も見せられると食傷気味に。減収時に鍵となる新規クライアントの獲得については、リード氏のチームはほとんど触れなかった。
また、現在急成長の分野であるパーソナライズされたダイナミックなクリエイティブワーク(ピュブリシスグループは投資家向け報告会でエクスペリアンやBTの例を挙げて詳述)について語ることもなかった。
全てを網羅するのは不可能だが、WPPのどの部分に光が当たっていないかも明らかになった。特にクリエイティブネットワークであるオグルヴィやグレイ、メディアバイイングのグループエム(GroupM)、そしてグループエム傘下の大手エージェンシー、メディアコムやマインドシェア、ウェーブメーカー(Wavemaker)、更にPR・ブランディング部門などだ。
WPPはクリエイティビティーを盛んに訴えるが、ワールドワイド・クリエイティブ・ディレクターのジョン・オキーフ氏は壇上に姿を現さなかった。役員会でソレル氏との攻防に勝った会長のロベルト・クアルタ氏も欠席した。
リード氏が名を挙げた企業やクライアントは同氏が描くWPPの将来像ではあっても、現実的な姿ではないように思える。新たな経営陣がどうなるのか、そのヒントとなる重要な社外の人材もまだ起用されていない。
リード氏がCEOに就任してからまだ3か月だが、WPP内には活力と創造性をもっと高めるべきだという声がある。同氏のボディランゲージや声のトーンが、その自信のほどや勢いを忠実に反映していた。
数年後に振り返ったとき、今は「ソレル後」の不透明な時期だった、ということになるのだろうか。
投資家たちは、「配当は削減せずに維持する」というリード氏の約束に胸をなで下ろした。売上伸び率に関してもより悪い知らせはなく、株価は5%上がって、まだ控えめな数字ながら8.5ポンド(約1270円)となった。
報告会に出席したリベルム・キャピタル(Liberum Capital)のアナリスト、イアン・ウィテカー氏は最後にこう語った。「WPPはボロボロになっているわけではない」。
だが、これはWPPの低迷振りをよく示す言葉でもある。スコット氏は、「2021年までに傘下のエージェンシー上位10社のうち最低8社、クライアントの上位30社のうち最低20社が成長を遂げることを期待する」と語った。
WPPの再生と建て直しは、ゆっくりとしたプロセスで進んでいくことだろう。
(文:ギデオン・スパニエ 編集:水野龍哉)