あなたがバーにいて、バーテンダーが「何か飲みますか?」と尋ねたと想像して欲しい。
あなたならどうやって決めるだろうか?グーグルで検索する?
恐らく、あなたがスマホを取り出して調べることはないだろう。代わりにあなたの脳が、記憶の奥深くに保存されている候補リストを検索し、その中からすぐに好みのものを選んでくれるはずだ。
人間の脳は、世界中のどの検索エンジンより強力だ。オリジナルのスーパーコンピューターと言ってもいい。驚くべき組み込みアルゴリズムが搭載され、スマホに手を伸ばす前に、すでにスキャンを開始している。
では、マーケティングの話に移ろう。顧客について深く知れば知るほど、顧客の注目を集める方法も明確になる。これは広告業界の真実だ。しかし、デジタル化が進む世界では、顧客の注目を集めるのがとても難しい。テクノロジーの進化に追われ、真にマーケティングを推進するもの、つまり「人」を見失っているからだ。
マーケティングでは、潜在顧客が検索を始める前に、顧客の記憶がすでに判断に影響を与えている。これが、『How Brands Grow』の著者であるバイロン・シャープ教授が支持する指標、「メンタル・アベイラビリティ」(想起力)の力だ。時間に追われる人は、潜在的に親近感を抱いていたブランドを無意識に選択するため、これは重要な視点だ。
ボトムで停滞している
検索が常にボトムファネル向けの最善手であるとは限らない。パフォーマンスマーケティングの「すぐコンバージョンを求める」思考パターンは、歴史的に見れば、2007 年から 2008 年にかけての世界的な経済不況がもたらしたものだ。デジタルマーケティングとそれによって生成される豊富なデータのせいで、最も賢明なマーケターでさえ、極めて近視眼的になり、最終的な KPIばかりに焦点を合わせるようになった。そしてその結果、ボトムファネルの入札単価が急上昇することになった。つまりROI(投資対効果)だけが、検索に投資する主な理由なのだ。
今でも、マーケターに求められているものは何かと尋ねられれば、その答えは「オーガニックトラフィックの増加」になるだろう。
しかし、なぜ顧客はブラウザに、そのブランド名を入力するのだろうか? それはパフォーマンスマーケティングの成果などではなく、ブランドマーケティングの賜物だ。
最近もウォール・ストリート・ジャーナルの記事が、(「すごい!」カテゴリを宣伝する地下鉄ポスターなどの)ブランディングに投資し、検索エンジンマーケティングへの依存を減らした、エアービーアンドビー(Airbnb)の戦略が、順当な成果を上げていると報じていた。
さあ、はじめようか?ブランドを真に成長させたいのであれば、コンバージョンを増やすことは決して本質ではない。ビジネスを成長させる唯一の方法は、人々の心の中にブランドを定着させることだ。
だから今こそ、マーケターが、世界で最も古く、最も強力な検索エンジンに投資すべき時なのだ。そう、人間の脳に。
新しい検索エンジン最適化、ブレインエンジンの最適化
マーケターは、検索キーワードに注目する。彼らは、見込み客が検索したとき、自社ブランドがより上位に表示されることを望むからだ。しかし、意図は正しいが、エンジンが正しくない。マーケターは検索ではなく、人間の記憶の上位にリストされることを望むべきなのだ。
「最も重要な検索エンジンは、今でも私たちの頭の中にある」と、コンサルタント会社ブランド・トラクションの創設者、ジョン・ブラッドショー氏は、2022年の記事に書いている。
消費者の脳にブランドを定着させる方法が見つけられれば、スマホに頼らなくても、購入時にそのブランドを思い出してもらえる。言い換えれば、効果的なコミュニケーションとは、消費者の頭の片隅に、居場所を確保する作業のことなのだ。
あなたのブランドが購入場面で想起されることがないなら、購入される可能性はかなり低い。人は覚えやすいものほど購入しがちだ。顧客の脳エンジンを最適化できれば、覚えてもらえる確率を高めることができる。
カテゴリ・エントリーポイント (CEP) が、真のキーワードだ
リンクトインB2B研究所 のジェニ・ロマニウク教授の研究によると、消費者は購入する場面で、記憶、あるいは教授が「カテゴリ・エントリーポイント」(CEP)と呼ぶものを利用するという。 これは、よく知られている「検索キーワード」とは別の、「記憶のキーワード」のようなものだ。
ブランドの「カテゴリ・エントリーポイント」を特定するには、次の5つの基本的な質問から始めるといいだろう。
なぜ: 消費の動機、目標、目的は?
いつ: 購買の機会またはタイミングは?
場所: ロケーションは?
何と一緒に: 同時に購入または消費するものは何か?
誰と一緒に: 関係する人は?
わかりやすい例として、ドミノピザを考えてみよう。
なぜ: 一緒にピザを食べながら、サッカーの試合を観戦して、思い出深い夜を過ごすため。
日時: 「サッカーの試合の日」、日曜日の夜。
場所: 自宅のスクリーンの前で。
何と一緒に: サッカーに限らず、ピザは、炭酸飲料、ビール、ポテトチップスとよく合う。
誰と一緒に: 友人や同僚たちと。
こうしてみると、それぞれの瞬間や状況に、効果的なメディア露出やメッセージングの機会があることがわかる。あとはただ、それらをうまく利用するだけでいい。
強力なブランドは、クリックではなく、人の記憶に基づいて構築される
「記憶こそが売上を生み出す」という前提に基づき、記憶の関連付けと差別化をどのように図ればいいのか、覚えておくべき3つの簡単なポイントを次に示そう。
1.時間をかけて顧客のことを知る:潜在顧客が競合他社ではなくあなたのブランドを想起する可能性を高めるため、CEP を賢く利用して、コミュニケーションで関連性を高め、自然なつながりを生み出すことに重点を置こう。
2.あなたのブランドが考慮されるとき、それがどんな瞬間か、どんな状況かを想像する:コーヒーの香りが漂う早朝と言えばスターバックスを思い浮かべるだろう。子どもが生まれたとき、家族が安全に乗れる車と言えば、ボルボを思い出すだろう。100Plus(スポーツ飲料)なら、有酸素運動や長距離ランニングの後だろう。では、休暇の長距離ドライブに出かける前には、何を思い浮かべるだろうか?
3.可能性を狭めず、アプローチに制限をかけないこと:Apple は最近、CarPlay を導入した。これにより、ユーザーは、ガソリンスタンドに行き、クレジットカードの代わりにこのアプリをタップするだけで、車内のスマホ画面から直接ガソリンを購入できるようになった。車内を店舗に変えることで、ガソリンだけでなく、軽食、スナック、食品、飲料などの売上も向上させられる。ここに、テクノロジーの驚異的なパワーがある。その可能性を想像してみよう!
アルバート・アインシュタインは、かつて「ものごとは可能な限りシンプルであるべきだ。だが単純に考え過ぎてはならない」と語った。メンタル・アベイラビリティ(想起力)は、まさにこの言葉の通りだ。他にも重要指標はあるかもしれないが、留意すべきなのは、この指標がマーケティングダッシュボードには表れないということだ。
アディティヤ・キルパディ氏は、シンガポールに拠点を置くエージェンシー、UM APACの地域戦略ディレクターを務める。記事内の意見は著者の個人的な見解である。