Rahul Sachitanand
2021年3月19日

東京五輪、スポンサーブランドが受ける重圧

開幕まで4カ月に迫るなか、観客の受け入れ態勢も決まらず、醜聞が相次ぐ東京五輪。ブランドはマーケティングプランの再考を迫られている。

東京五輪、スポンサーブランドが受ける重圧

スポンサーブランドが国際オリンピック委員会(IOC)と交わした契約は、さまざまな五輪関連イベントへの参加などを含め、長期的に保証されたものだ。だが、今になっても本大会の開催は100%確定せず、たとえ開かれたとしても観客の受け入れ態勢は不透明。日本政府は挙行を図るが、新型コロナウイルスは変異株の出現もあって再び世界で猛威を振るい、ワクチン供給も決して順調ではない。さらには主催者側の醜聞も続く。さまざまな不確定要素に直面するブランドの責任者は、「早急なプランの見直しを迫られるだろう」(業界筋)。

五輪は言うまでもなく、世界最大のグローバルイベントであり、開催国の観客だけでその偉大さを誇示できるものではない。前回のリオデジャネイロ大会は世界で50億人が視聴、620万枚の観戦チケットが売られ、スポンサーは8億4800万米ドル(約932億円)を費やした。ソーシャルメディアやストリーミング配信の急速な普及も、大会を盛り上げる重要な役割を果たした。

ところが、東京大会は災難続きだ。最初の大きな打撃はパンデミック(世界的大流行)による1年間の延期。次いで、大会組織委員長だった森喜朗氏の性差別発言が追い討ちをかけた。

中止もしきりと噂されたが、大会組織委員会は観客数制限や無観客での開催などさまざまなオプションを提示。日本政府は過去6年間、五輪のために30億ドル以上を投じた。また、ゴールドスポンサーであるキヤノンやアシックスといった大手企業はそれぞれ1億2800万ドルを支出。簡単にキャンセルするわけにはいかないのだ。

開催となれば、無観客か、少なくとも観客数制限が導入されるだろう。では、何億ドルという巨額投資だけでなく、何年も前からマーケティングプランを積み上げてきたブランドにはどのような影響を及ぼすのか。

焦点となるのは、観客の有無だ。グローバルブランドにとって五輪はショーケースであり、他の世界的ビジネスイベント同様、自社ブランドを誇示する場となる。その一方、国内企業は「参加費」として推定で合計30億ドルを支出した。これは、前回大会の3倍の規模になる。

過去20大会に及ぶ夏・冬期五輪の運営に関わり、オリンピックパートナーやTOPプログラム(最高位のスポンサーシップ、ワールドワイドスポンサー)といったシステムを発案して130億ドルを呼び込んだペイン・スポーツメディア・ストラテジー会長兼CEOのマイケル・R・ペイン氏は、「観客数制限で受けるダメージはさして大きくなく、グローバル企業よりもローカル企業の方が影響が出るはず」と語る。

「海外からの観客の受け入れ見送りや無観客開催となれば、ブランド幹部はマーケティングプランの見直しを図るでしょう。チケット数が減り、会場に行く人々も減れば、大会規模が縮小されるのは明らかですから」。

逆にプラス面としては、アリババとIOCによるクラウド型プラットフォームを使った放送サービスを挙げる。当初、東京大会はこのサービスの運用テストの場で、映像コンテンツはオンラインプラットフォーム用の5%以下にとどまる予定だったが、コロナ禍でその割合は30%超に急増。2024年パリ大会では70%超になる予定だ。「この件だけでも、1964年に人工衛星が導入されて以来、放送サービスにおける最も飛躍的な技術革新と言えます」。

アリババは、このサービスに関して言及を避けた。同社に限らず、スポンサーブランドのほとんどはCampaignからの問い合わせにコメントを控えた。観客の有無がわからない現時点でブランドに必要なのは柔軟性だが、今はどこも大会組織委員会の最終結論を待っているようだ。

ブリヂストンのスポークスマンは以下のコメントを送ってくれた。「観客の扱いに関する正式決定はまだ知らされておらず、弊社は引き続き安全性と責任を考慮し、さまざまなシナリオで準備を進めています」。「IOCと大会組織委員会は観客に関し、3月下旬か4月初旬に決定すると公式声明を出しています。いかなる決定であっても、弊社はこれまで通り公式ルートによる通達を待つ所存です」。

「引き続きIOC、国際パラリンピック委員会(IPC)、大会組織委員会とともに、日本で今夏開催される大会を通し、スポーツファンや消費者に安全かつ効果的に訴求するクリエイティブアイデアを模索していきます」

複数の専門家は、たとえ観客を入れても安全性の重視や人の移動の減少、その他パンデミックへのさまざまな懸念から、ブランドが存在感を発揮できる機会は限られると予想する。

カナダ・ゲルフ大学のスポーツビジネス研究所でディレクターを務めるノーマン・オライリー氏は、「観客を入れたとしてもインタラクションや効果的活動は限られる。それを解決するのはデジタルです」と話す。「ソーシャルメディアやeスポーツ、ビデオゲーム、ファンタジースポーツ、スポーツベッティング(賭け)、デジタルマーケティング……これらをベースとした展開がスポンサーにとって成功の鍵となるでしょう。現場でのホスピタリティーやエクスペリエンスへの取り組みは、デジタルに変換することを推奨します」。

また別の専門家は、無観客や観客数制限が導入された場合、スポンサーシップの可能性が縮小され、ブランドは大会組織委員会に対して難しい要求を突きつけるだろうとみる。「観客数が大きく変われば、スポンサーがIOCや大会組織委員会に対して金額の見直しを要求するのは自然」と話すのは、米デューク大学が運営するデューク・コーポレート・エデュケーションのリジョナルマネージングディレクター、ジョン・デイヴィス氏。

スポンサーブランドはすでに、失言した森喜朗氏を大会組織委員長から外すよう強く要求した。現在の状況でROI(投資利益率)を考慮すれば、さらに厳しい決定をせざるを得ないという。これまでブランドにとって、世界的規模のイベントに自社のストーリーを重ね合わせることは消費者への絶好のアピールの機会だった。各社CMOにとってROI向上のための現実的判断は欠かせないが、今後は五輪ではなくサッカーW杯やF1などに照準をずらすことも考えられる。

デイヴィス氏も、今大会ではデジタル活用が成功の鍵の1つと主張する。「ブランドはこれまで、デジタルでより大きな機会を創出してきた。五輪でオーディエンスといかに持続的な関係性を築けるかが重要なポイントになるでしょう」

「これまでは、大会が終われば五輪の威光は瞬く間に消え去った。オーディエンスの興味が他のスポーツやエンターテインメントに移ったからです。だが今回は違う。ブランドは若年層のオーディエンスとまったく違う形で、長く強い関係性を築けるチャンスがある。五輪の記憶をベースに、各人の志向に直接アピールできるのです」。

ペイン氏も、五輪のスポンサーシップとそれを活用したブランディングは「長期にわたる機会を創出する」と強調する。TOPパートナー契約はすべて長期間で、多くのブランドは2028年まで、コカ・コーラと蒙牛乳業、Visaは2032年までだ。「TOPパートナーはオリンピックというブランドとその価値、そして各国のチームに焦点を合わせて世界で活動している。大会の始まる前に、すでに目的のほとんどを達成しているのです」。

豪ナショナル・バスケット・リーグ前コミッショナーで現在は米シラキュース大学教授のリック・バートン氏も、ブランドがIOCと大会組織委員会に対し、何らかの補償を要求するとみる。「スポンサー契約を交わしたときには、何百万という人々が五輪でのブランドの存在感を目の当たりにするはずだった。しかし、もうそうはならないのです」。

大会延期でさらに何百万ドルという支出を迫られ、「スポンサーブランドは今後、債務の返済に直面します」。だが、この投資はソーシャルメディアやテレビが徐々に生み出す利益で還元される。さらには、次の北京冬季大会やパリ大会でのメリットにもつながるだろう。「それでも、ブランドのオーナーは間違いなくこう言うはずです。『我々は株主やステーキホルダー(利害関係者)に、スポンサーシップに見合った価値を届けねばならない。その目標を達成するため、今度はあなたたち主催者が我々を助ける番だ』と」。

(文:ラウル・サチタナンド 翻訳・編集:水野龍哉)

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