2016年は、2015年に続き、中国本土に住む生活者の海外出国者数が(旅行、ビジネスのいずれも)1億人を突破し、1.22億人に到達。海外旅行関連の年間消費総額は1,000億米ドル台までに上昇したと、中国旅游研究院联合发布「2016年中国出境旅游者大数据」で発表されました。
「新常態」(New-Normal)といわれる中国経済の成長は、安定期に入っているとされつつも、堅調な伸びを見せています。経済成長の恩恵を受けて、中国生活者の個人消費力も着実に伸びています。中国国家統計局の公表数字によると、市町村の個人平均可処分所得額(図1参照)はこの10年間で約2.4倍になり、一人当たり33,616元に達しています。
図1:中国都市部住民個人所得(2007年~2016年)
収入増に伴い、生活者の消費内容や消費スタイルにもダイナミックな変化が見られます。例えば、海外旅行に代表されるように、今までは旅行のついでに外国製品を購入したいと考える人達が多かったことに対して、直近の2、3年の変化として、旅先での見学体験や学習体験などの「コト消費」も新しい旅行スタイルとして定着し始め、富裕層から生活者全般に広がっていると実感しています。
消費の対象と手法が多様化
このような消費環境の変化を、博報堂生活綜研(上海)の研究発表「生活者動察2015~出格消費」は、急速な消費の「G」化(Global Consuming)と「E」化(Electronic Consuming)の同時進行と捉えました。消費の「G」化は「消費のグローバル化」の略で、海外旅行や代理購入などを通じた消費対象の多様化を指します。また、消費の「E」化とは、Eコマースをはじめとする「消費のデジタル化」で、消費手法の多様化を意味しています。
消費対象と消費手法の多様化により、生活者の「理想の生活」と「価値観」も多様化しています。生活者は皆が欲しがる、従来の画一的な消費内容と消費スタイルに対して物足りなさを感じつつある一方で、新しく出現し続ける物や買い方を楽しみたいという気持ちが浮上してきています。
その気持ちが、「生活者は見識、能力、スタイルなどの『現在の自らの器』、いわば『既知の枠』を超えて、積極的に未知の発見と体験を追い求め、自らを拡張し続ける消費行動」に具現化されていきます。その行動の特徴と欲求について、我々は「出格消費」と名付けました。(「格」とは「自分の見識、能力、スタイルといった範囲」、「出格」はその範囲を超えて拡げていくという意味で使われています。「出格消費」とは、消費を通じて、これまでと同じ生活や視野という枠を拡げ、自由を楽しむ行動と定義付けられた言葉です)
買い手でもあり、売り手でもある生活者
一方で、昨年から中国全土を席捲した起業・副業ブームについては、報道や生活者のリアルな行動から、確実に身近な出来事だと実感するようになりました。中国国家工商行政管理総局のデータによると、2016年には新規企業の登録数は553万社となり、2013年の2倍以上の伸びとなっています。1日あたりに換算すると、毎日1.5万社以上が起業していることになります。インターネットやスマートフォン、電子決済などの普及や、各種サービスプラットフォームの拡がりによって、誰でもSNSやプラットフォームを通して気軽にモノやサービスを提供するようになりました。
同時に、生活者の旺盛な消費欲求の増大と、中国独特な人間関係に根付いた「圈子」(クローズドな濃い人間関係)を利用した商品の販売など「圏子」の役割の拡大が、それを後押ししています。誰でも気軽に楽しみながら行う新しい起業/副業の新しい生活行動のことを、我々は「ライト起業」と定義しました。「ライト起業」によって、生活者はモノやサービスの「買い手」であると同時に「売り手」にもなっています。我々は、中国において、そうした生活者の「売り手」が急激に増えている現象を、近年の中国における最も特徴的な生活者潮流と捉えています。
博報堂生活者綜研(上海)が行った「生活者動察2016~銜能」の研究発表の中で、個人が提供する各サービスの利用意向について、中日米3カ国調査(図2参照)を実施しました。設定したどのサービス項目についても、中国の生活者の利用意向が他国を大きく上回っており、多くの「ライト起業」の支えとなっていることがうかがわれます。
図2:今後利用したいネット・アプリ上の個人提供サービス(中日米3カ国比較)
その中で、特に「付き合い・付き添いサービス」を利用したい割合が中国では4割を超え、利用意向が一番高い項目になっています。「付き合い・付き添いサービス」を利用する人は、単に他人の力を借りて問題解決を求めているわけではなく、楽しみのためや、交友のためという目的もあります。このようなサービスの利用意向が高いことは、人とのつながりを重視する中国ならではの特徴だといえるでしょう。
また、モノを販売したり、知識やスキルを提供している1,968人を対象とした定量調査と、40人に対する個別インタビューを行いました。社会の成熟化とともに今までと同じ成長を求めることが難しくなっている時代の空気、一方で技術の革新やグローバルの進展により新たなチャンスが次々と生まれている時代の空気の中で、生活者を「ライト起業」へと向かわせる欲求を読み解きました。
「ライト起業者」の中には、活動を続けていくうちに人々の新たなニーズに気付き、自らの生活を含め社会を暮らしやすくする「役割」とそれを表す「タイトル」を得た人が現れてきています。そうしたタイトルを得た「ライト起業者」一人ひとりのエネルギーが至るところで発せられて、周りの生活や社会をよりよくしていく大きなエネルギーが生まれています。この社会的役割/タイトルを担った生活者たちの、生活環境を改善するエネルギーを「銜能(ゲンノウ)」という言葉で表現しました。
この2、3年の間に起きている「消費ブーム」、「起業・副業ブーム」について、我々は個別の現象とは捉えていません。それらは「未知の発見と体験を求めて自らを拡張したい欲求」と、「そうした人々の新たなニーズに気付いてモノやサービスを提供し、自分の生活も含めて社会を暮らしやすくしていきたい欲求」という、表裏一体の欲求から起きている現象だと捉えています。
「消費者」であると同時に「提供者」となった生活者たちの、この「需要」と「供給」の交換が大きなうねりとなり、中国の市場経済に大きな変化と可能性をもたらすと考えられます。今後、生活者主導によって、新しい生活インフラやビジネス形態がどんどん生まれていくのではないでしょうか。まさに、中国において「生活者主導」の社会が興隆していると思われます。
(文:鐘鳴 編集:田崎亮子)
鐘鳴氏は、博報堂生活綜研(上海)の首席研究員/総経理。