今月8日、日本政府は新型コロナウイルスの感染対策のため、東京都に4度目の緊急事態宣言発令を決定。同日夜、大会組織委員会は1都3県で行われる競技をすべて無観客で開催すると発表した(その後、北海道と福島県も無観客開催を発表)。
大会期間は7月23日から8月8日までで、すべての競技は緊急事態宣言下(7月12日から8月22日まで)で行われる。1年間の延期で3000億円余りの追加費用を負担することになった主催者側にとっては、さらなる打撃だ。
海外からの観客受け入れはすでに3月に見送られており、無観客開催が発表されるまでは観客上限を定員の50%、1万人とする案が検討されていた。
こうした迷走にもかかわらず、大会放映権を持つ米主要放送局NBCユニバーサルは、過去最多となる番組スポンサーを獲得したと発表。その数は120社以上に及び、前回リオデジャネイロ大会時の20%増になる。うち80社余りが初のスポンサーという。
開会式は地上波のNBC、有料チャンネルのNBCスポーツ、公式ウェブサイト「NBCOlympics.com」、動画配信サービス「ピーコック」といったすべてのメディアで中継される予定で、これも初の試みとなる。
五輪を巡る不確定要素は依然として多い。無観客開催はスポンサーブランドにどのような影響を及ぼすのだろうか。広告・マーケティング業界の専門家たちに尋ねた。
ブリット・フェロ(PB&、創設者)
「無観客による開催は、スポンサーに実質的な影響を与えます。これまでの五輪では、コカ・コーラやマクドナルドといったブランドは競技会場で『楽しさ』や『遊び』を演出し、訪れる観客にエクスペリエンスを提供してきました。VISAカードは、現場での物販で利益を上げてきた。こうしたブランドのリアルな『露出』や『関与』を、今回は異なる形で、投資に見合うよう実現しなければならない。より多くの人々にアピールするためにブランドが活用するのは、ソーシャルメディアなどのデジタルアクティベーションでしょう」
「より深刻な打撃を受けるのは東京の経済。それと、観光産業のブームに備えてきたレストランやホテルといったブランドです」
「五輪中継の番組スポンサーが大きな影響を受けることはないでしょう。テレビ観戦の邪魔をするような印象を与えなければ、の話ですが」
クレイグ・ミロン(ジャック・モートン、チーフクライアントオフィサー)
「無観客はやはり問題があります。ブランドはアピールの機会が減り、ポテンシャルは狭まる。声援を送る大観衆がいなければ、大きな熱狂や興奮もない。開幕から閉幕まで、スポーツファンは家庭で慎ましく観戦するのです。すべてにおいてスケール感が失われる。これは、五輪に参加するため大金を注ぎ込んだブランドにとってリスクです。大会が盛り上がらなければ、視聴率やコンテンツへの関心が下がることは明らか。マーケターはいかに視聴者を熱狂させるコンテンツを作るか、技量が試されるでしょう」
「五輪のマーケティングパートナーシップやスポンサーシップは長期的戦略です。ブランドは何が起ころうと五輪に関わっていかねばならない。現段階では、五輪精神との協調をアピールできたり、NGOとの協働ができたりしているといいでしょう。NGOはブランドが掲げる目標をさらに高め、サポートしてくれますから。私にとって気になるのは、観客の有無よりもアスリートや選手団の『五輪ストーリー』。究極的に重要なのは、それらのストーリーとメダルの数ですから」
トニー・ペース(マーケティング・アカウンタビリティー・スタンダード・ボード、CEO)
「今回の大会は莫大なオーディエンスを獲得するでしょう。ただそのオーディエンスが、リモートで参加するということです」
「昨年は多くの世界的スポーツイベントが無観客で行われ、成功裏に終わった。スポーツファンは無観客の大会に慣れてしまったので、今回の五輪にも違和感は受けないでしょう。五輪は組織の側面から見ると非常によく出来ており、適応力がある。それを示したのが、同時多発テロのわずか4カ月後に開かれた2002年のソルトレークシティー大会や、テロリストの攻撃を受けつつも続けられた1972年のミュンヘン大会です」
「大きな影響力を発揮するのはやはり、実況中継やその再放送、動画配信などによるオーディエンスエンゲージメントの蓄積です。歴史的に見て、競技中継は五輪スポンサーにとって最も価値あるメディアでした。ですから無観客であっても、ブランドは戦略を変更する必要があまりない。オーディエンスが減ることはなく、ただ競技の見方が変わるだけです。多くのブランドは迅速に適応し、(パンデミックを徐々に抑えつつあることで)キャンペーンでも明るいトーンを打ち出すでしょう。ただ、パンデミックは完全に終わったわけではないので、若干抑制的になるとは思いますが」
「ブランドは率先して、五輪を人々に身近なものにできる。日々の大会報道と足並みを揃えたキャンペーンを展開するでしょう。鍵となるのは、注目される選手の活躍や彼らのストーリー。独自のアクセスを通して提供することで、スポーツファンとより密につながるエクスペリエンスを創出できる。米体操女子代表選手のシモーン・バイルスを使ったVISAカードのキャンペーンがその一例です」
「可能ならば、ブランドはエンゲージメントを高めるためにリアルなアクティベーションを考慮すべきでしょう。その好例は、NBCの『Rings Across America』ツアーです。また、世界記録を達成するアスリートやアスリート同士のライバル関係をリアルタイムで描くことも、素晴らしい題材になる。こうしたストーリーは歴史に刻まれ、長きにわたって次世代のアスリートやスポーツファンの記憶に残っていく。大きなビジネスバリューとなるのです」
アダム・ホルト(FanAI、セールス担当シニアバイスプレジデント)
「テレビに観客は映りませんが、それが視聴率に大きな影響を及ぼすことはないでしょう。なぜなら視聴者はすでに、今年の東京大会が通常とは異なるものになると知っているからです。日本が海外からの観客受け入れを断念した時点で、これまで見慣れた五輪的な光景(観客が自国の旗を振るような)は見られなくなると認識しているはずです」
「放送局のスタッフやマーケターは、中継を楽しむ視聴者のために優れたコンテンツを届けなければなりません。自然、彼らへのプレッシャーは増すでしょう。ソーシャルメディアへの需要も増えるはず。スポーツファンは、自分のお気に入りのアスリートが活躍する映像やそのダイジェスト版を何度も見ますので」
「昨年、我々が目の当たりにしたように、無観客での試合はアスリートに影響を及ぼします。しかし、そうした環境下での試合は最高水準のものになる。声援を送ってくれるファンの存在はアスリートにとって必要ないでしょう。金メダルを獲得するという夢さえ持っていれば、彼らには十分なのです」
ウッディー・トンプソン(オクタゴン、マーケティング担当エグゼクティブバイスプレジデント)
「無観客での開催で主として影響を受けるのは、ホストシティーでのスポンサー活動の権利を持つ日本企業の五輪スポンサーと、TOPスポンサーと言われる『ワールドワイドオリンピックパートナー』です。どのスポンサーブランドにとってもマイナスですが、日本での活動の権利を持つブランドにとってはなおさらです」
「それでもTOPスポンサーは大会の期間中やその前後を通して、現場でのスポンサー活動を優に上回る様々な取り組みができる。これは投資利益率(ROI)の向上に大きく寄与します。五輪の知的財産に関する価値は極めて高く、タッチポイントは数多く存在しますから」
「各国のオリンピック委員会のスポンサーブランドは、アスリートを自社ブランドと結びつけてサポートしていくことが肝要。アスリート各自の素晴らしいストーリーや五輪への険しい道のり、そして大会での活躍振りなどをテーマとして取り上げるのが得策でしょう」
(文:マライア・クーパー 翻訳・編集:水野龍哉)