David Blecken
2018年9月28日

「社員個人の利益こそ重要」 R/GA東京・新MDが語る

広告代理店は、社員のスキルアップに取り組めていない −− 鈴木洋介新マネージングディレクター(MD)は新たなアプローチを模索する。

鈴木洋介氏
鈴木洋介氏

この7月、R/GAのエグゼクティブストラテジーディレクターだった鈴木洋介氏がMDに就任した。筈井昌美・前MDの退任に伴う人事だ。その鈴木氏が就任後はじめてインタビューに応じ、今後の抱負や日本の現況などについて語った。

R/GAは2017年5月に東京事務所を開設。鈴木氏はその当時からのメンバーで、新規事業の獲得に貢献してきた。現在、社員は31名。クライアントに名を連ねるのは、当初からの中核的存在であるグーグルのほか、資生堂、グリコ、そしてエンターテインメントやロボット工学、サービスプラットフォーム、銀行といった分野の国内ブランドだ。

鈴木氏は、「現在の優先事項は国内ブランドのクライアントを増やしていくこと」と話す。「まだ多くの方々が、我々のことを良く理解しておられません。事業に占める広告の割合は比較的小さいという印象をお持ちのようです。ですから我々とテレビCMを作ろう、というふうになりにくい」。

R/GAは他国でプロダクトやサービス、ブランド体験などを創出する。「アクセンチュアやマッキンゼーといったコンサルティング会社と、『チームラボ』『ライゾマティックス』といったクリエイティブを重視した独立系プロダクションとの中間的サービスを我々は提供できると考えています」。ロイヤリティプログラムからアプリ、チャットボットまで、デジタルプラットフォームやデジタルサービスへの日本企業の旧態依然としたアプローチを改善できる、とも。「我が社のアプローチはキャンペーンに偏りすぎず、結果が出るまでやや時間がかかるのです」。

「東京でビジネスを始めてから1年半ほどですが、これまでの事業のほとんどはまだ公になっていません。我々は常に、プロダクト全てがグローバルスタンダードであることを確認しています」

資生堂との協働では、クライアントの組織内にR/GAのチームを常駐させた。こうした手法は広告界では一般的になりつつあるが、「どんなクライアントやプロジェクトに対してもそうするわけではありません。互いの敬意に基づいた関係が土台になりますから」。「我々としては、クライアントと肩を並べて仕事をする方がやりやすい。効率的にその一部になることで、良い結果が出せるのです。ただしそれは、クライアントが同じ考え方を持っているときに限る。こうしたやり方は今後増えるかもしれませんが、常にそうしていくわけではありません」。

「社員個々の利益が大切」

クライアントの期待に確実に応える −− この目標以外に鈴木氏が情熱を抱くのは、社員のスキルアップだ。どの企業も成長を使命とするのは言うまでもないが、「各社員の個人的目標と歩調が合っていなければほとんど意味がない」。R/GAは「自己のスキルを磨き、興味ある分野を深化させ、キャリアを築く場であると社員に見てほしいのです」。


「一般の広告代理店は売上を伸ばすために常に苦闘しています。社員が転職をする理由の1つはより高い報酬を得たいということですが、経営者が彼らの成長に気を配らないことがある。個人が経験を積むためには、転職せざるを得ないのです」。広告界では「クライアントのため」ではなく、「一人ひとりが自分のために」という価値観の方がずっと強いという。

鈴木氏はR/GAに加わる以前、BBH、ネイキッド・コミュニケーションズ、電通、DDB、コカ・コーラの5社に在籍した。これらの企業の中でプロとして最も多くのことを学べ、影響を受けたのはBBHだったという。それでも、同氏の個人的なキャリアアップに興味を示してくれたのは「R/GAだけだった」とも。

「私が若い頃は、個人のキャリアアップについて話すことはありませんでした。でも今は、そういう姿勢は間違っていると感じます。個人のキャリアアップに光を当てることは、私の責務だと思っています。これまで誰も私個人のことを気にかけてくれなかった。ですが我が社の社員に対しては、そうしてやらなければいけないと思っています」

だが代理店ビジネスの特質を考えると、そう簡単なことではないともいう。

「自動車メーカーと10年間仕事をした経験は、必ずしも悪いものではありませんでした。結局、担当者は違う目標を持っているようでしたが……。広告界は人材が乏しいので、担当を変えて新しい任務に就かせることは難しいのです。各人の仕事のゴールが明確ではないので、代理店はどこもプランニングに苦労しています。ですから現実は、代理店が各人のスキルアップを後押しできるような構造にはなっていない。仕方ないことなのでしょうが、そのバランスを取るやり方は必ずあるはずです。私が解決しなければいけない課題だと考えています」

社員には「死ぬまで」R/GAで働いてほしくはないが、辞めるときには「正当な理由であってほしい」と同氏。(因みに、R/GA で10年近くアジア太平洋地域の責任者を務めたジム・モファット氏は、マーケティンググループ『エンジン』の欧州・アジア太平洋地域責任者の職に就くため今月退職した)

「ずっと働きたいと思っていたブランドに移るとか、自分の責務を果たすといったポジティブな理由で辞めてほしいのです。ただ、もうここで働きたくない、という理由ではなく」

「ブーメラン」、すなわち一度R/GAを辞め、ほかで経験を積んだ後に復職を望む人々も後押ししていきたいという。「ライバル企業が欲しがるような人材で溢れる会社にしたいのです」。

日本の変化

日本経済は安倍晋三首相の下で顕著な上昇機運に乗り、2020年の東京五輪・パラリンピック大会を控えて楽観的な空気が満ちている。こうした状況で、鈴木氏は新しいアイデアがより積極的に受け入れられるようになったと感じている。「より多くの日本企業が国際化を目指すようになり、人々は更に外に目を向けるようになりました。それと同時に、日本の素晴らしさを再発見し、海外の良いものと結びつけようという試みが増えた。この動きは、日本人社員と外国人社員がおよそ半々ずつである我が社の価値観と結びつきます」。

「洋の東西が融合し、新たなソリューションを生み出さなければならないことは誰もが分かっています。これまで日本は外国人スタッフを採用したり、新しくて優れたものを生み出すことに消極的でした。今はスタートアップ企業が歓迎されます。10年前ならば、由緒あるブランドや政府はスタートアップという出る杭を打とうとした。だが今や彼らはスタートアップと協働し、刺激をもらいたいと望んでいるのです」

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

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