3年ぶりに対面イベントとして開催される「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」のカウントダウンが始まった。しかし今、私たちはこれまで経験したことのない時代に直面している。世界規模のパンデミックは長期化し、ロシアによるウクライナへの残虐な侵攻が続き、多くの信頼できるメディアは再び、真実と嘘のあいだの激しい論争の場になっている。
メディアが生き残りをかけた戦場になっている時、クリエイティブのセンスが入り込む余地は、ほとんどないようにも思われる。
このように苦難に満ちた状況下で、私たちは、今年のカンヌライオンズで一同に介し、メディア部門の表彰に臨むことになる。
例年私たちは、リーチや規模といった従来のメディアの価値を超えた、卓越した作品を探し求めてきた。そして、その代わりに、人々との深い結びつきを生み出し、ブランドに真のビジネス成果をもたらす、チャネル戦略のゲーム自体を変えるような、最もクリエイティブな事例を表彰してきた。
もちろん今年もこれまでと同様に、世界で最もクリエイティビティを示した作品を見つけだすことを目標としている。しかし一方で、今回新たに注目するのは、メディアをハックして、その潜在能力を解き放ち、それを世界に貢献する力に変える手法だ。
私たちは、真実と嘘をめぐる戦いの混沌の中で、クリエイティビティの新しい世界が開花するのを目の当たりにするだろう。そしてそれは、未来への新たな機会に気づかせてくれるはずだ。
メディアの記事やソーシャルメディアのミームが、ワクチンに関する誤情報や陰謀論、ロシアのプロパガンダによって歪曲されていくのを目の当たりにして、必然的に変化したのは、世界の有力メディア情報に対する私たちの受動的な姿勢だ。私たちはもはや、ソーシャルメディアの従順な生徒であり続けることはできない。
メディア業界は長い年月を費やし、次々に登場する新興ソーシャルプラットフォームのニュアンスやリズム、独自性を把握するよう努めてきた。そして、そうしたプラットフォーム上で、どうすればブランドがオーディエンスから受け入れられ、信頼されるのか、その手法を見つけ出そうと試行錯誤してきた。
スナップチャットでは現実を拡張するARレンズを試し、インスタグラムでは映えを追求し、ツイッターでは瞬発力で応え、TikTokでは繰り返し再生したくなる音楽サンプリングの活用法を模索した。メディアにおける私たちの創造性とはつまり、各プラットフォームの環境にふさわしい振る舞い方を学ぶこと、そしてそれを適切かつ想像力豊かに表現する方法を見つけ出すことだった。
私たちは、そうした新たなメディアのルールに従い、個々のメディア特性の本質を体現した個人やブランドが、プラットフォームの力を解き放つのを何度も目の当たりにしてきた。
TikTokのインフルエンサー「420doggface208」が、フリートウッド・マックの曲をBGMに、スケートボードをしながらオーシャン・スプレーのクランベリージュースを飲む動画は、爆発的に拡散された。また、スナップチャットの「Vogue Noir」フィルターを使えば、誰でもファッション誌「ヴォーグ(VOGUE)」の表紙を飾るモデルのように写真を加工できた。そしてもちろん、2013年のスーパーボウルで停電が発生した時にオレオが投稿した「暗闇でもダンクはできる」(ダンクには「オレオを牛乳に浸す」という意味もある)というツイートは、混沌とした状況を打破し、大勢の注目を集めるというツイッターの底力を示すこととなった。
メディアの創造性における変化
しかし最近、メディアの創造性にも変化が起きている。これは歓迎すべきことだ。
残虐な軍事侵攻を受けながら、ウクライナの人々が示した驚くべき勇気と抵抗と共に、私たちはまた、権力に抗して真実を語るため、メディアを利用する際に、途方もない創造性が開花するのを目の当たりにした。
この前例のない時代に、メディアの創造性にまたひとつ新たなフロンティアが開かれたのだ。そこで強く求められるのは、クリエイターの切迫した強い願望と正義を実現のために、プラットフォームの仕組みを逆手にとってうまく利用するということだ。こうした手法は、メディアハックと呼ばれている。
世界が注目した最近の例を見てみよう。
マッチングアプリ「Tinder」が巧妙に利用され、ウクライナ戦争の残虐な写真がロシアの若者たちに伝えられた。プロフィールの位置情報がロシアとなっている人は、右にスワイプすると、恋人候補の 顔写真の代わりに、未検閲の本物の戦場の写真が表示されるのだ。このメディアハックを行ったスロバキアのエージェンシーJANDLは、ロシアの若者たちに真実を伝えたい、率直に話し合いたいという切実な欲求を形にした。すべての偽りがふるい落されるTinderは、こうした対話に最適なツールだった。そこから始まった対話は、決して友好的なものばかりではなかったが、これまでは実現できなかった対話であり、戦争をめぐる真実をどう解釈するかが話題の中心となった。
「国境なき記者団」とオムニコム傘下のDDBドイツ法人は、ツイッターを巧みにハックして「The Truth Wins(真実は勝つ)」プロジェクトを立ち上げた。その特徴は、国が発行し公開している宝くじの当選番号を利用していることだ。ロシア、トルコ、ブラジルのツイッター利用者が(定期的に更新される)宝くじの当選番号を検索バーに入力すると、未検閲のニュースが表示される仕組みだ。それにはロシアによるウクライナ侵攻のニュースも含まれる。ツイッターアカウントがブロックされた場合、ジャーナリストはブロックチェーンドメインのニュースサイトのリンクをメールで送信する。こちらも宝くじの当選番号を入力すると閲覧できる。
ロシアの国有メディアを直接ハックする勇敢な行為もあった。ロシア国営テレビ「チャンネル・ワン」のニュースの生放送中、キャスターの背後で、局のプロデューサーが「NO WAR(戦争反対)」と書いたプラカードを掲げて写り込んだ。ロシア発のメッセージアプリ「テレグラム(Telegram)」もハックされ、同国政府のプロパガンダに対する無数のファクトチェックの結果が拡散された。テレグラムではまた、捕虜となったロシア人兵士の親たちに、彼らが存命であることを伝える、特殊な利用方法も広がった。
厳密にはメディアではないが、最後に付け加えたいのが、Airbnb(エアビーアンドビー)を使った、ウクライナの人々を金銭的に支 支援する独創的なハックだ。世界中の人々が、実際には訪問する予定はないのにウクライナの各都市の宿泊先を予約し、ウクライナへの支援を表明したのだ。実にクリエイティブで創意に富む方法であり、将来的にAirbnbは、戦禍に見舞われたすべての国々にメッセージを送り支援するメディアに変わるかもしれない。これらはいずれも、抜群にクリエイティブで、望ましいバイラル性もあり、時代を象徴しているといえる。社会的な大義のためにメディアをクリエイティブに利用する行為は、斬新な変化といえるだろう。
これまで私たちは、嘘、誤情報、デマが、真実を装って「ニュースフィード」に現れ、容易に拡散される状況に晒されてきた。ある大手ソーシャルメディアのアルゴリズムは、怒りを煽る投稿が他の投稿より拡散されやすくなるアルゴリズムを備えていたことも明らかになった。そんなソーシャルメディアの恐ろしい力によって、私たちは、まるでメディアが武器ように思える憂鬱な時代を生きていると感じてきた。
だが、最もクリエイティブなメディアプランナーたちは、決して無力感に打ちひしがれることなく反撃している。彼らは、「中立の」プラットフォームに真実の居場所を作り、私たちは皆、コンピューターオタクが構築した広大な社会実験場のモルモットなんかではなく、人々のニーズに合わせて技術を改変することもできる存在なのだと感じさせてくれている。
メディアハックは、今もいたるところで起きており、より大きく、より創造的になっている。それはメディアを、正義の力へと変え、クリエイティビティの源と為し、世界のすべての人々をより良い未来へと導く希望だ。人類は今、メディアの中で反撃している。皆で注目し、祝福しよう。この呼び掛けはきっと、6月に開催されるカンヌライオンズメディア部門の審査の場でも繰り返されるはずだ。
ダリル・リー氏は、IPGメディアブランズ(IPG Mediabrands)のCEO。カンヌライオンズ2022ではメディア部門審査員長を務める。