資生堂が新たなブランド「WASO」を世界中で展開している。ターゲットはミレニアル世代で、必要最小限の自然素材を生かす和食の哲学を取り入れたスキンケアラインだ。
ブランドのポジショニングは「日本発」ではなく、「グローバル」。7月にアジアの一部の国々と米国で発売を開始、日本では現在申込者がサンプルを入手できる。これまでのプロモーションではショートフィルムや写真、インスタグラム、国内外向けウェブサイトなどを活用。発売時に公開されたフィルムでは自然とテクノロジーの融和を描き出し、「自然から生まれるものは全てが美しい」というコンセプトを全面で表現している。9月には、よりアーティスティックな2本のフィルムが公開される予定。
ミレニアル世代に商品を売ることは、文句なしに至難の技だ。WASOは明確な「美」の定義を掲げず、「繊細さ」を打ち出して認知度アップを狙う。ブランドの開発に携わったワイデンアンドケネディ東京のクリエイティブディレクター、アズサ・ウエスト氏は「ミレニアム世代の定義はしません。彼ら自身が彼らを定義づけますので」と語る。この発想から生まれたクリエイティブは、多様な美と個性の賛歌となった。
「ミレニアル世代に対して威圧的に接すると、皆逃げてしまいます」と語るのは同社マネージングディレクター、ジョン・ロウ氏。「ターゲットオーディエンスを厳密に設定しすぎるのが、多くのマーケターたちが犯す過ち。その方が自分の仕事に安心できるからです」。
WASOのプロモーション作品は、資生堂のクリエイティブスタッフと写真家のヴィヴィアン・サッセン、映画監督チーム「Dvein(ディーベイン)」、そしてマルチメディアアーティストのジュリアン・クリンスウィックスが共同で手がけた。発売に際しては小売店も重要な要素となり、早期の段階からフランスのコスメ用品チェーン「Sephora(セフォラ)」とコンセプトを協議したことで、「販売に有利なスペースを確保することができた」とロウ氏。
作品に登場するモデルたち(ジェニー・チョイ、トレイン・フューチュラム、ロッテ・ヴァン・ノート、アマリー・ローズ、エリオット・ジェイ・ブラウン)は皆、人種や民族、生い立ちがバラバラ。それぞれがスケートボードや音楽、ファッション、トランスジェンダー活動といった分野で活躍する。こうした顔触れは、豪州・リーバイスが先頃展開したキャンペーンの対極になるだろう。同社は豪州音楽界の草分けとして白人男性のみ12人をフィーチュアしたフィルムを発表し、強い非難を浴びた。多様性を表現するのは資生堂にとって新しい試みだが、「『民主的であれ』とか『あらゆる人々を認めよ』といったことを、我々は声高に叫んでいるわけではありません。言葉で主張するのではなく、ただ(多様性を)見せているだけ。判断は視聴者に任せています。ただしその方が、メッセージ性は強いでしょう」(ウエスト氏)。
更に、持ち運びに便利なパッケージデザイン、使用する人参やキクラゲ、豆腐といった自然素材など製品の特性を細々と説明していない点も特色だ。「ミレニアル世代は説明過剰の商品を求めませんので」(同氏)。
その代わりフィルムや写真では、素材や製品を明確に伝えられるよう色彩を多用した。日本の剥き出しの自然の風景に加味された、モデルたちの現代的な美。特にまだ発表されていない「On the Road(路上)」篇では、他の化粧品メーカーではなかなか見ることのできない優雅さを演出している。
「資生堂は信頼性の高いブランドですが、特定の顧客層とだけ結び付いている印象が強い」とウエスト氏。「ですから今の殻を脱皮して、若く新しい顧客層にアピールしたかった。それでもイメージづくりには、現実味や信頼性、気品や優雅さといった要素は外せませんでした」
ウエスト氏は更に続ける。「コスメ業界の常識にミレニアル世代が不満を持っていることは『障壁』かもしれません。でも資生堂は、それを業界の現状にチャレンジするチャンスと捉えたのです」。「個性というのは素晴らしいもので、我々はそれを大いに讃えたい。トランスジェンダーだろうが顔中にそばかすがあろうが、男の子のようだろうが韓国人だろうがフランス人だろうが、スケートボードをやっていようが数学を勉強していようが、我々は誰をも受け入れます。我々が選んだモデルたちは、美をこのように再定義したい、という我々の意志を表しているのです」。
こうしたコンセプトは、世界市場での展開をスムーズにした。「どのブランドにとっても、事業計画のグローバルプラットフォームをつくることは簡単ではありません。しかし今回のアイデアは、美とは様々な形や色で表現されるもの、としているのが素晴らしい点。我々は、映像を制作してくれたクリエイターたちも含め、世界中の多種多様な人々に魅せられました。制作に入る前には各市場のニーズを考え、建設的なディスカッションも行いました」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)