東京 – 魚谷氏の講演は、アドバタイジングウィークの中でも特に印象深いものだった。
コカ・コーラで実績を積んだ後、144年の歴史を誇る資生堂社長に転身した同氏。その経緯を紹介しつつ、自身の経験を踏まえ、日本企業はブランディングを営業の延長線上としてではなく、長期的戦略として位置付けるべきだと述べた。
資生堂が魚谷氏を社長に迎えたのは、大手外資系ブランドでの経験を買ってのこと。それを生かしつつも、同氏は資生堂を「日本らしい」グローバル企業にしていくと明言している。
資生堂の社長に就任した際には、政・財界人や友人たちから700通を超えるメッセージを受け取った。
「皆さんからは、『資生堂は日本を象徴する企業なので是非がんばってほしい』とか、『このブランドを元気にすることは日本を元気にすること』といった言葉をいただいた。これは思っていたより責任重大だと、あらためて痛感しました」と魚谷氏。
言うまでもなく、資生堂はブランドとしてすでに揺るぎない地位を確立している。魚谷氏曰く、ブランディングという概念が登場するはるか昔から、創業者の福原有信氏は国際的なブランド作りを優先課題の一つに掲げていた。
同社は今年、キャンペーン誌の選ぶ「アジアのトップブランド1000」で前回より4つ順位を上げて、32位になった。
それでも資生堂は、もっとグローバルに幅広い成功を収める可能性を秘めている。魚谷氏は、ブランド価値と業績を評価するインターブランド社の「グローバル・ブランドランキング」に日本企業がひと握りしか入っていないことに遺憾の意を表し、問題点はマーケティングに対する考え方だと指摘する。
「大手消費財メーカーであっても、マーケティングは販売活動のほんの一部でしかない。戦略的マーケティングこそが重要なのです。消費者を事業の中心に考え、あらゆる部署が力を合わせてブランド価値の向上を目指さなければなりません。すなわち、会社の損益に(全部署が)責任をもつということ。ブランド作りとは、経営そのものです。社長自らが取り組むべき案件なのです」
米国の経済誌「フォーチュン」が選ぶ「フォーチュン・グローバル500」に入る企業の65%にCMO(最高マーケティング責任者)がいるのに対し、日本企業では推定で10%程度しかCMOを置いていない、と魚谷氏は指摘する。
「マーケティングをより戦略的に実践していくためには、その点から変えていかなければなりません」
「資生堂はマーケティングと商品開発に注力し、この二つを組み合わせることで再び成長軌道に乗ることができた」
魚谷氏は先頃、向こう3年間で10億ドルのマーケティング投資を行うことを発表、そうすることで必ず業績が伸びると述べている。
人材育成の一環としては、6地域本社体制を敷き、各地域に「ビジネス・パートナー」として6人の社長を配した。それぞれの地域に権限を委譲して、上からの細かい管理はやめ、各市場への理解を深めることが目的だ。
「グローバル企業としては当然の策だと思われるでしょう。確かにその通り。しかし、日本企業にとっては大きなチャレンジなのです」
国籍や年齢、性別といった多様性にも重点を置く。同社は2020年までにマネージャーの男女比率を50対50にすることを目標に掲げている。会社の「見栄え」をよくするためではなく、実際にその方が成果につながるという信念からだ。
様々な国の要素を取り込み、型にとらわれないマーケティングを駆使して生み出された商品例として、魚谷氏はリニューアルした資生堂の最高級サブ・ブランド、「クレ・ド・ポーボーテ」を挙げた。
また、注目を集めた「High School Girl? メーク女子高生のヒミツ」(広告代理店を介さず制作したオンライン・ビデオ)に関しては、若い世代に向けた独自性と訴求力に溢れるアピール方法を模索した結果である、という。
魚谷氏は、経営者としての信念とも言えるマーケティングの重要性を強調して、講演を締めくくった。
「先行きが見通せないときだからこそ、積極的なマーケティングが必要になるのです。利益を確保するために販促のコストを削ることは簡単ですが、それでは先細りになってしまいます」
(編集:水野龍哉)