グッチのハンドバッグを買うつもりがない人も、グッチのハンバーガーならどうだろう?高級ファッションブランドのグッチは、2018年から世界各国にレストランを展開している。4番目に開業した韓国ソウルの「グッチ・オステリア」では、ハンバーガーが2万7000ウォン(約2800円)で、フルコースは12万~17万ウォン(約1万2500~1万7800円)だ。
果たしてそれだけの価値があるのだろうか?しかし、消費者はそう思っているようだ。今年、ソウルにオープンしたグッチ・オステリアは、オープンから4分で予約が埋まった。
パンデミックによる規制が世界的に緩和され、消費者は外出したくてたまらない。そうした状況の中、飲食業は、高級ファッションブランドにとって新たなセグメントのひとつになりつつあるようだ。ブランドのロゴが入ったカフェが、毎週のように登場している。
グローバルデータのアパレル担当アナリスト、ピッパ・スティーブンズ氏は、「ファッションブランドがフードサービスを始めることで、パンデミック後に加速している、購買から体験へという消費スタイルの変化に乗じることができる」と分析する。
特に、インフレや景気減速、大量解雇の影響を受け始めた若い消費者のあいだでは、高級ファッションアパレルよりも、手頃な価格で楽しめる飲食体験の方が人気を博しているようだ。
シンクレアでAPAC(アジア太平洋地域)のクライアント戦略担当ディレクターを務めるサイ・ロシニ・ダスワニ氏は、「マンハッタンにあるザ・ポロ・バー(ニューヨーク5番街にラルフ ローレンが開いたレストラン)を、誰もが予約できるわけではない」としたうえで、「しかし、街角にあるラルフズ・コーヒーでラテを飲むだけでも、ラルフ ローレンが理想とするアメリカン・シックを手に入れることができる」と説明している。
高級ラテは、人々を実店舗に呼び戻す秘策か?
近年、コーヒー文化がブームになっている中国では、ブランドカフェの出店ラッシュが続いている。この1年だけでも、ラルフ ローレンが成都にAPAC初のラルフズ・バーをオープンし、6月には、そのすぐそばで、メゾン・マルジェラがブランド初のカフェをオープンした。上海と深センではポップアップショップも展開している。
グスト・ラグゼ(Gusto Luxe)の創業パートナー兼CEOクロエ・ロイター氏は、「中国では5年ほど前から、カフェ文化やハイティー(食事付きの夜のティータイム)が流行している」と話す。「コーヒーショップやレストランをつくることで、ブランドは、将来、顧客になる可能性のある高級ブランド初心者たちと関わることができる。私は、ブランドアドボカシーを生み出すための強力な一手だと考えている」
シャネルのロゴが描かれた高級ラテを飲んだり、ルイ・ヴィトンのモノグラムで装飾されたカップケーキを食べたりすることは、ソーシャルメディア上で驚くほどの人気を生み、絶え間ない投稿を生み出している。フードサービスを提供することで、普段は店を訪れない消費者にも来店を促すことができる。高級ラテを5ドル、ケーキを10ドルで販売することは、実店舗に客を呼び戻す効果的な手段なのだ。
中国のダーシュエ・コンサルティング(Daxue Consulting)で中国市場のアナリストを務めるユーワン・フー氏は、「パンデミックやeコマースの発達により、消費者をオフラインに引き戻し、実店舗で買い物してもらうことがますます難しくなっている」と話す。「ブランドは今、これまでよりも創造的かつ革新的な方法でオーディエンスとつながることが求められている。この一年以内に、ブランドが提供するフードサービスやアートギャラリー、展覧会などがもっと登場してくるかもしれない」
成功の秘訣か、それとも、一時的な流行か?
高級ブランドは、ブランド拡張の達人だ。ホテルやホームウェア、美容、アクティブウェアなど多くの分野で、さまざまなレベルの成功を収めてきた。しかし飲食業は、高級ファッションの次なる進出先として成功をもたらすものなのだろうか?
カルチャー・グループの創業者兼プレジデント、マイケル・パテント氏は、「ほとんどの高級ブランドは、常にニーズが供給を上回っているため、ブランドを他業種への拡げ続ける可能性は高いだろう」と話す。「不動産は、ブランドを拡げる自然な流れのひとつであり、ホテルをキャンバスにして、ブランドの創造性を描き上げるには最適だった。ブルガリ、バカラ、アルマーニ等がホテル業界で行っていることを見ればわかる。飲食業は、さらにアプローチしやすいブランド拡張の手段であり、ブランドがすでに取引している、高級モールの開発企業とも結び付いている」
このように飲食業は、高級ファッションブランドにとっては自然なブランド拡張に見えるが、アジリティー・リサーチのマネージングディレクター、アムリタ・バンタ氏は、ほとんどの高級ブランドにとって、これは小規模かつ付属的なトレンドにすぎないと考えている。
「飲食業は、競争が激しいダイナミックな分野だ。トレンドが目まぐるしく変わるなかで、レストランは、絶え間なく変化する需要やニーズに適応する必要がある」とバンタ氏は指摘する。「高級ブランドは、アパレルや時計、宝飾品など、特定の分野ではそのような対応を得意としているが、飲食業の経験は少ない。そのような仕組みを社内で構築するには多大な労力と時間が必要であり、長期的にそうした努力を正当化できるとは思えない」
ブランドの希薄化
グッチのハンバーガーやラルフ ローレンのラテは、ソーシャルメディアでも話題になり、高級ブランド体験の障壁を低くするかもしれない。しかし、高級ブランドがブランドを希薄化したり、消費者を混乱させたりすることなく事業を多角化することに、限界はないのだろうか?
バンタ氏は、限界はあると考えており、多くのファッションブランドが1980年代に手痛い教訓を得たはずだと指摘している。当時もライセンス契約が次々と結ばれたが、過剰な事業拡大の結果、破綻に追い込まれるブランドもあった。
「ブランド拡張に関しては、高級ブランドは当時よりはるかに賢くなっている。単独で事業を展開するのではなく、その分野で高評価を得ている他のブランドと提携するケースも増えてきている」とバンタ氏は話す。「共同ブランディングは、適切な組み合わせで正しく行えば、ブランドが経験のない分野で、事前にテスト販売をおこなうための、非常に効率的で安全な方法のひとつだと思う」
一方、シンクレアのダスワニ氏は、ファッションブランドが飲食業で成功するとすれば、これまで名声を築き上げてきた高い品質や、一定の独自性をしっかり維持しながら、ブランドの基本精神にも忠実であり続けることができた場合だけだ、と信じている。
「このようなブランド拡張は、あくまでブランドの主力製品を補完するものでなければならず、主力製品の影が薄くなってしまっては意味がない」とダスワニ氏は述べる。「結局のところ、スターバックスのようにすべての街角にグッチ・オステリアがあれば、消費者はうんざりして、だんだん無関心になっていく。たとえそれが銀の皿に乗せられていたとしても、何の魅力も感じなくなるだろう」