世界最大級のブランドやエージェンシーが参画するこの団体は、今後7年以内にCO2排出量のネットゼロを達成するという目標を掲げている。しかしその成功は、協働と合意形成に向けた業界の意志次第だ。
ここ数週間、Campaign USが取材した広告業界のリーダーたちは一様に、サステナビリティ標準の制定に向けた動きの鈍さに不満を述べていた。
CO2排出量のベンチマークと測定のための共通フレームワークが確立しなければ、CO2削減に向けた取り組みを進めることができないからだ。
アドネットゼロ(Ad Net Zero)は、広告業界で発生するCO2排出量の削減に取り組み、持続可能なビジネスの推進を目指す業界団体であり、業界標準の制定に向けて動いている。しかし、同団体の米国部門ディレクターを務めるジョン・オズボーン氏は、業界全体で排出量測定フレームワークを確立するまでには、まだ「膨大な仕事が残っている」と認める。
「我々は前進している。いるべき場所には、まだ到達できていないが、スタート地点に立っているわけでもなく、その途中のどこかにいる」と、同氏は述べる。
オズボーン氏は、Campaign USが主催するイベント「テックトークス」に登壇し、デジタル広告事業におけるCO2排出量削減の障壁について語った(イベントの様子はオンデマンドで視聴可)。
Campaign USの編集者アリソン・ワイスブロットがモデレーターを務めたパネルディスカッションに、オズボーン氏と共に参加したエージェンシーや業界団体のリーダーたちは、サステナビリティへの取り組みは、アドネットゼロのガイダンスと認証制度にかかっていると述べた。
IABテックラボのアンソニー・カットスールCEOは、「我々は、アドネットゼロが業界をまとめあげ、標準の要件を定めてくれるのを待っている。まず測定しなくては、管理もできない。基本的なことから始めなくてはならないのだ」と述べた。
2022年6月、アドネットゼロと提携して国際的なコンソーシアムが設立された。このコンソーシアムでは、プログラマティック・サプライパスの効率性を測定するためにどんなメタデータが必要か、アドネットゼロの指針を待っているところだと、カットスール氏は話す。同氏は、今年中にはベースとなるデータセットを、業界に提供したいと考えている。
「今年は、少なくとも、サプライパスに関する正確で効果的なデータを手に入れるべきだろう。サプライパスの効率化は、比較的ハードルが低く、エコシステム内のCO2排出量を即座に低減することにつながるからだ」と、カットスール氏は言う。
スタグウェル(Stagwell)傘下のアセンブリー(Assembly)でインパクト担当グローバル責任者を務めるギャビー・セシ氏は次のように語る。メディアエージェンシー各社は、脱炭素化に向けた広告プロダクトの開発のため、アドネットゼロが標準的測定手法の指針を示してくれることを期待している。
「(測定基準に)一貫性があり、業界の大多数が支持していることが重要だ」と、セシ氏は言う。アセンブリーは、アドネットゼロの米国支部が2月上旬に正式発足した時点から、参加企業に名を連ねている。
一方、アドネットゼロ側の言い分は、業界標準を制定するには、まずは十分に幅広く参加企業を募らなくてはならないということだ。
「基準となる信頼性の高いデータを得るためには、我々のメンバー企業が現時点で保有しているデータをさらに多様化する必要がある」と、オズボーン氏は言う。
オズボーン氏によれば、現在のアドネットゼロの参加企業は、テック領域とメディア広告関連の「比率が大きい」が、業界基準の確立を「今年中に」達成するには、クリエイティブやプロダクション分野からの関与がもっと必要だという。
政治的ハードル
元オムニコム幹部であるオズボーン氏はまた、政治的な駆け引きの存在を匂わせた。アドネットゼロにとっては、広告会社と業界団体の協働こそが重要だと述べている。
「我々は業界標準の確立をリードするために、ここにいる。多くの企業やグループが興味深い取り組みを行っているが、今はまだカオスな状態にあり、グローバルスタンダードと呼べるようなものは、まだないのだ」と、オズボーン氏は述べた。
業界団体は合意形成に苦労している。とりわけ、化石燃料関連のクライアントやそのエージェンシーに対して、サステナビリティ・ワーキンググループやイニシアチブへの参加を認めるかどうかなど、意見の分かれる問題が山積している。
広告業界内の環境活動グループであるクリーン・クリエイティブズ(Clean Creatives)は、アドネットゼロの参加企業が化石燃料関連クライアントと仕事をしているとして、アドネットゼロ米国支部の発足当日に、ソーシャルメディア上で批判を展開した。クリーン・クリエイティブズのディレクター、ダンカン・マイセル氏は、「気候危機を引き起こした張本人の企業と仕事をしながら、気候危機に効果的に対処することなど不可能」であるとの意見を表明している。
オズボーン氏は、アドネットゼロはクリーン・クリエイティブズとは「異なるミッションを持っているが、同じ目標に向かっている」と述べた。
「さまざまな団体があるが、我々はみな共通の関心をもっている。つまるところ、地球をよりクリーンな、より良い場所にしたいのだ。ただし、目標を実現する方法は異なる。アドネットゼロとしては、できるだけ多くの企業を招き入れることがミッションの鍵だと考えている」と、同氏は語った。
「完璧な解決策はない」
オズボーン氏は、サステナビリティには「魔法のような完璧な解決策はない」と自身の考えを語り、コンセンサスはどうしても「混沌としたものにならざるをえないだろう」と述べた。
「アドネットゼロの本質には、働き方や、制作物、運用プロセスを根本的に変革することが含まれている。混乱はあるだろうし、完璧な指針は難しいだろう。それでも、成果をあげられるかどうかは、グループ内でどれだけ支持を得られるかに、全面的に依存している」と、オズボーン氏は言う。
「完璧主義を目指すあまり、実質的な進歩を妨げることがあってはならない」と、同氏は付け加えた。
協働と競争
広告業界のリーダーたちが合意できることが1つあるとすれば、排出量測定基準は競争以前に策定されるべきだという点だろう。
「我々は、測定手法の標準を確立する必要があると100%確信している。それがなければ、いつまでもリンゴとみかんを比べ続けることになるからだ」と、アセンブリーのセシ氏は言う。
公平・公正な環境が整ったなら、それをベースに収益化の機会も見いだせるようになるだろう。「排出削減を推進する取り組みやプロダクトの開発、推奨事項の作成には、イノベーションの潜在機会が眠っている」と、セシ氏は言う。
セシ氏の考えでは、排出削減をめぐる競争は、ポジティブなものにもなりうるという。それが「業界全体への要求水準を引き上げる」からだ。
IABテックラボのカットスール氏も同意見で、企業は「グリーンを目指して競い合う」べきだと語る。
カットスール氏はこう述べた。「ある企業が、競合他社よりもよりグリーンだと言う理由で、ビジネス上の成功を収めたとしたら、それは、環境配慮への意識を高めるモチベーションになるはずだ」