Matthew Miller
2021年1月21日

2021年のクリエイティビティーを占う

今年、クリエイティビティーにとって重要なテーマは何か。そして、どのようなアプローチが必要なのか。APAC(アジア太平洋地域)で活躍する6人のクリエイティブが語る。

2021年のクリエイティビティーを占う

「誰もが2020年は試練の年になると考えていました。そして……その予想をはるかに上回る危機に直面したのです」。R/GAシンガポールのグループクリエイティブディレクター、シンシャン・チュー氏の言葉はすべての業界人の思いを代弁しているだろう。業績不振で一昨年からすでに大きなプレッシャーを受けていたエージェンシー各社は、コロナ禍という未曾有の大打撃を受けたのだ。

「我々は皆、譲歩を強いられました。しかし素晴らしいと感じたのは、この業界の迅速な適応能力です」。こう話すのはワンダーマン・トンプソン・ホンコンのアソシエイトクリエイティブディレクター、キーファー・マッケンジー氏。

2020年を経験したクリエイティブたちは、今年どのような事態にも順応していくだろう。「一昨年までなら、『今のパンデミックをよく考慮してアイデアを出してくれ』などと言われた途端、茫然としていたでしょう。でも、今やこうした考え方はどのブリーフでも当たり前。2021年を突き進む上で、忘れてはならないことです」(チュー氏)

グレイのアジア太平洋・中東・アフリカ担当チーフストラテジーオフィサー、マンス・テッシュ氏は、「多くの人々がコロナ禍によって意味のない古い尺度を捨て去り、企業は自社の実情を直視せざるを得なくなった。その結果、全く新しい戦略的思考を生み出したのです」と語る。

では、今年のAPACでクリエイティブワークの鍵となるテーマは何か。Campaignでは6人のクリエイティブに意見を求め、9つのテーマに要約した。出口の見えないコロナ禍への対応から、消費者のニーズ、そして成長分野まで −− 2021年のクリエイティブを探る。

コントリビューター:

(写真下)上段、左から

  • シンシャン・チュー(RGAシンガポール グループクリエイティブディレクター)
  • レスリー・ゴー(トライバルワールドワイド・シンガポール チーフオペレーティングオフィサー)
  • ベンソン・トー(同エグゼクティブクリエイティブディレクター)

下段、左から

  • キーファー・マッケンジー(ワンダーマン・トンプソン・ホンコン アソシエイトクリエイティブディレクター)
  • マンス・テッシュ(グレイ アジア太平洋・中東・アフリカ担当チーフストラテジーオフィサー)
  • フィルダウス・ユソフ(フォースマン&ボデンフォース・シンガポール クリエイティブ)


1. 困難の克服

チュー氏:

新型コロナウイルスのワクチンはどれほど効果があるのか。変異種はさらなるダメージを世界に与えるのか。不況はさらに続くのか……今年に関して確実に言えるのは、確かなことは何もないということです。ですから予測はあまり意味がない。我々がこの難局にどのように対処し、乗り切るかに尽きるでしょう。

現在のニューノーマルの世界で鍵となるのは、「迅速さ」です。我々の仕事に関して完璧さは今も重要な要素ですが、当面はそれを棚上げにして、素早くタイムリーに対処することが重要になる。何が起きてもおかしくない1年と向き合うには、これが唯一の解決法です。

いくつかの国では、今もロックダウンが続いています。私も多くのブランド同様、2021年に希望を抱いていますが、「楽観しつつ、決して用心は怠らない」と表現するのが精一杯です。私が間違っているといいのですが、今年は対面式のエクスペリエンス的イベントや海外での撮影、大規模な屋外キャンペーンはあまり実行できないでしょう。クリエイティブにとっては、「そんなことは無理だ」と多くのアイデアを否定される厳しい年になります。

良い面を挙げるならば、我々はそういう状況に慣れていることです。この仕事をしていれば、どこかで制約と向き合わねばならない。ゆえに、今はすべてが変わったけれども、実は何も変わっていないとも言えるのです。そして結果的には同じ課題が浮かび上がる。どうすればこうした制約をアドバンテージに変えられるか、ということです。もし良い答えを見つけられるのなら、前例のない時代に画期的な作品を生み出す結果につながるでしょう。

2. 賢明、かつ大胆に

マッケンジー氏:

こういう時代には、「大胆な作品こそ注目を浴びる」と主張する人もいるでしょう。でも、クライアントが本業の方で怖じ気づいていたらどうでしょう。皮肉っぽい見方かもしれませんが、いずれにせよ、今年はクリエイティブにとって昨年よりもタフな年になるはずです。昨年の異常な事態に我々は恐れおののき、今年は誰もが安定を求める。でもそれは、大胆さを諦めることではありません。クライアントと常に同じ認識を持つ必要があるのです。

重要なのは、何をするにしてもインサイトとデータに裏付けされていること。事実は嘘をつきません。誰もがドン・ドレーパー(60年代のニューヨークの広告界を描いた人気ドラマ『マッドメン』の主人公)になりたいと願ってはいますが、今年は業界のレトリックや役員室の意向が決してそれを許さないでしょう。大胆さの実行に必要なのは、エビデンスと効果性なのです。

3. テレヘルス(遠隔医療)の加速化

ゴー氏、トー氏:

医療制度を向上させる遠隔治療のプラットフォームが世界で重要性を増しています。今や遠隔で医師の診療を受け、処方箋をもらい、薬を自宅に届けてもらい、今後の治療計画を立ててもらえる時代なのです。

中でも重要なのが、テレヘルスを通じた慢性疾患のケアマネジメント。その1つが、ヘルスケア用のウェアラブルデバイスで患者の容態を常に監視し、データ収集を行う治療法です。こうしたプラットフォームが需要の高さを背景に急成長する一方、懸念されるのはデータプライバシー保護の問題。慎重に扱われるべきデータの交換が安心して行えるよう、データ暗号化の技術も既存のインフラストラクチャーの枠組みの中で進化していかねばなりません。

クリエイティブは、医療が身近なものであることを知らしめていく必要があります。生活を向上させる新時代の医療には、新しいクリエイティブ思考が必要です。テレヘルスが消費者にとってストレスのないものにするにはどうすればいいのか。ユーザーエクスペリエンスはユーザージャーニーの快適化に大きな役割を果たしていくでしょう。

4. 「グリーンウォッシング」の終焉

テッシュ氏:

一般の認識とは異なり、最近の調査からAPACに住む人々の80%が地球温暖化に大きな危惧を抱いていることがわかりました。環境問題に対する消費者の知識と関心は高まり、「2040年までに二酸化炭素の排出量をゼロにする」といったような空約束をするブランドは見捨てられてしまうでしょう。ブランドに求められるのは有言実行であり、新たな視点からこの問題を見つめ、サプライチェーン(供給連鎖)や生産体制の改善に資金を投じる姿勢です。

グリーンウォッシング(上辺だけ環境保護に配慮しているように見せること)や誤解を招く情報が長年蔓延したせいで、消費者は何が本当に地球温暖化を防止するのか理解できず、混乱しています。だからこそブランドには、企業活動が何を生み出すか真摯に伝えることで信用を勝ち取るチャンスがあるのです。

5. 「原点」回帰

ユソフ氏:

ブランドへの期待を表す消費者の行動規範は、確実に増えました。ブランドは常に監視され、世に送り出すメッセージは企業活動に裏付けられていなければなりません。また、改革を実行する際には軽率なイメージを与えてもいけません。とは言っても、人々を楽しませる広告を作る余地は常にあります。大切なのは、そのための正しいブリーフを理解しているかどうかです。

世界が急激な変化に直面した今、私は原点に戻ることが最善の手段だと考えます。それはブランドにとってブランドパーパスを意味します。ですからブランドは小手先の改革ではなく、理想とする改革に注力すべきです。

パンデミックの最中だろうが後だろうが、核心的なコンセプトに忠実であること −− それが私からの一番の忠告です。時にクリエイティブは的外れで派手なエグゼキューションを行い、目的を見失うことがある。我々は現在の情勢やコンテクスト(文脈)に合わせたエグゼキューションを導き出さねばならず、そうでないものに固執してはならないのです。

マッケンジー氏:

ご存知でしたか? パンデミックの間は、誰もラベンダーの香りがする石鹸は買いませんでした。それがきちんとしたメーカーのものであってもです。売れたのは、デトール(Dettol)やライフブイ(LifeBuoy)といった大手ブランドの殺菌作用がある石鹸。その理由は、安全で安心、そして長年変わらない製品だからです。広告はパワフルなツールですが、突き詰めれば決め手になるのは製品そのもの。本当に品質の良いものなのか、安全なのか、パッケージに書いてあることに嘘はないのか……。今年重要なのは「真実」です。消費者は景気が良い時でも騙されたくはありません。ましてや今は、頼るものが何もない時代です。

ですから、手がけるブリーフは絶対的な真実に基づいていなければなりません。クライアントや消費者にメッセージの核心を伝えることは、我々の義務なのです。製品の利点とメッセージを明確にすること。それ以外は、単なる「雑音」に過ぎません。

6. 人間性への欲求

チュー氏:

通常は3年かかるテクノロジーの導入が、昨年は半年で起きたと言われています。そして現在我々が依存するZoomやソーシャルメディアといったテクノロジーの普及が、よりパーソナルなもの、人間的なものへの欲求を生み出しました。だがそれは、決してテクノロジーの浸透を阻むものではありません。今日、我々は孤立しています。それゆえ、ナイキのように人間性を大胆に訴求するブランドが消費者との関係性を深めていると考えます。

クライアントにはこの難局をいかに乗り切るかだけでなく、世界に指針を示せる、敬意を集めるブランドになるようサポートしていきたい。希望のメッセージをどのように届ければいいか。1人ひとりの日常をどうすれば良いものにできるか。各消費者とどうつながれば、メッセージをきちんと受け止めてもらえるか。人間らしさが希薄になりつつある今日、ブランドが人間性を伝え、人間味あふれる未来を築けるよう手助けするのが我々の仕事 −− 義務と言ってもいいでしょう −− なのです。

ユソフ氏:

優れたクリエイティブアイデアは、人間的レベルで共感を得なければなりません。ですから消費者との強い絆を築くには、各市場の違いを熟知し、正しい手法でメッセージを送らねばなりません。現在、APAC各国のパンデミックの状況は異なり、それぞれの対応も異なっています。日本からシンガポールまで、日常生活上の規制は様々です。例えば、シンガポールにおける外出制限は東京では適用されません。こうした状況の違いは、メッセージのトーンからタッチポイントの選別まで、あらゆる面で反映されなければなりません。肝要なのは、コンセプトの核心を見落とさず、可能な限りオーディエンスに寄り添うことです。

コラボレーションはこれまで以上に重要になっています。優れたクリエイティブアイデアは、クライアントとの密接なコラボレーションから生まれる。我々クリエイティブはアイデアのスペシャリストですが、市場に精通し、どうすれば適切な対応ができるかサポートしてくれるのはクライアントなのです。

7. eコマースの重要性

テッシュ氏:

伝統あるブランドの多くは、いまだにeコマースを宇宙空間の事象か仮想現実のように捉えています。その一方、新興のブランドはそれを活用して発信力を高め、売上高を伸ばしている。今年マーケターに求められるのは、あらゆる取引のフォーマットをシームレスに一体化することでしょう。

ブランドやエージェンシーは考え方を変え、「1歩ずつ確実に」という古いアプローチを捨てるべきです。そして、すべてのブランドエクスペリエンスをいつでも消費者に提供できる態勢をつくらなければならない。カスタマージャーニーのそれぞれの段階をスペシャリストが担当すれば、説得力と効果は高まり、クリエイティビティーも活発になります。各段階が柔軟に変化し、クリエイティビティーと商業的要素がバランスよく共存しているのが魅力的なブランドストーリーなのです。

究極的には、クリエイティビティーがビジネス課題を解決しなければならない。クリエイティビティーはブランド、ビジネス双方の視点から身近な課題を特定し、深く掘り下げることができます。カスタマージャーニーの各段階の課題に新たなインサイトを見出せば、コンテンツからeコマースまでシームレスに進化させるクリエイティブソリューションにつながるのです。

8. 予算増は望めず

マッケンジー氏:

少なくとも、削減された予算がすぐに元通りになることはありません。もしあなたが今、社員の給与カットを埋め合わせようとするクライアントを思いとどまらせ、テレビCMに何百万ドルも使わせることができたのなら、間違いなくマジシャンと呼ばれるでしょう。2021年は「回復」の年です。しかしだからと言って、やり甲斐のある仕事を期待できないわけではありません。ブランドが業績を回復する過程では、常に優先順位があるのです。

結婚カウンセラーのように聞こえるのを承知で言いますが、鍵となるのはコミュニケーションです。クリエイティブはこれまで根本的に課題解決を担ってきました。ですから今こそ、我々の仕事に精を出すべきです。クライアントが直面する真の課題を突き止め、クリエイティブソリューションを提案する。実にシンプルに聞こえるでしょうが、相手への「共感」は強固な信頼関係を生み出すのです。

9. テクノロジーを活用したエクスペリエンス

ゴー氏、トー氏:

データネットワークへの依存度は急激に高まっています。5Gや最新のコンピューティングはデータ処理能力をより一層高め、さらなる時間の短縮を実現する。ユーザーのデジタルエクスペリエンスもかつてないほど進化します。HDコンテンツのライブ配信、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)など多感覚を応用したデジタルフォーマットの普及、AI分析やサイバーセキュリティ分析……。高速化と高度な処理能力が求められるこれらの技術は次々と限界を超え、より質の高いシームレスなエクスペリエンスを実現するでしょう。

クリエイティブは、より豊かなコンテンツ作りに挑戦していかねばなりません。音楽フェスティバルやコンサートの開催が難しいのなら、5Gを使って安全にエンターテインメントを提供する。インタラクティブなライブ配信によって視聴者は時間的制約を受けず、自宅にいながら、豊かで未来的なエクスペリエンスを楽しめるのです。ARやVRも、もちろんこうしたエクスペリエンスに活用されるでしょう。

ユソフ氏:

パンデミックによって、AIやAR、VRなどを活用した実験的アイデアが急速に受け入れられるようになりました。この傾向は強まっていくでしょう。消費者のライフスタイルは自宅が中心となり、ブランドはセーフディスタンスを守ったエクスペリエンスの提供に注力するからです。実験的な取り組みに挑戦できるクリエイティブにとっては、エキサイティングな時代と言えます。

(文:マシュー・ミラー 翻訳・編集:水野龍哉)

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