David Blecken
2016年5月10日

「製品」から「ブランド」へ ~ 日本発、グローバル思考

製品自体がその「力」でヒットすることは、まずないと言っていい。海外市場でのニーズに応えるため、日本企業は「生産者」としてではなく、「ブランド」としての意識を高める必要がある。

「製品」から「ブランド」へ ~ 日本発、グローバル思考

長年、日本を拠点とする多くの企業は、海外進出こそが成功への最善の道であると信じてきた。もちろん、生き残りのためにそれが必要と考えた企業もあったろう。だがその多くは、海外進出を断念せざるを得なかった。

それはなぜか。根強い伝統に縛られていたり、海外市場での経験が乏しい企業にとって、グローバル化はほとんど不可能に思えたのだ。言語や考え方の違いだけではなく、システムやアプローチ、ブランディング等々、数多くの面で障壁にぶつかると考えたのである。

今、日本は再び国際舞台で輝きを取り戻し始めている。そんな時期だからこそ、企業が真の変革や成長への取り組みを始めるには絶好だろう。その道のりは決して平坦ではないし、競争も一層激しさを増している。だが、自分たちに欠けているものを冷静に見極め、正しい方向に歩み出した企業もある。

ブランディングとは「後付け」にあらず

三井化学は昨年、米国のヘルスケア市場に初めて参入した。彼らは米国進出にあたって、日本の市場と同じアプローチではうまく行かないことをよく理解していた。

日本ではいまだに「製品第一」という考え方が主流で、往々にしてブランディングは「後付け」となる。もちろん米国でも製品は重要だが、明確なブランディングなしでその製品が日の目を見ることはほとんどない。三井化学は「ジェイ・ウォルター・トンプソン(JWT)」社と組み、2015年12月、肉体や五感に障害をもつ人々のためのヘルスケアサービス「Whole You」を発表した。

盲目の男性が撮った創造性溢れる写真とドキュメンタリー・フィルムをフィーチュアしたこのキャンペーンは、製品そのものについては必要最小限の情報の提示にとどめた。

米国と日本を行き来したブランドのチーフ・イノベーション・オフィサー(CIO)である稲垣裕美氏によれば、キャンペーンの狙いは「人生を最大限に楽しむ能力として、健康を再定義すること」であった。それまで誰も知らなかったブランドが発信した大胆なメッセージ。しかしそれは、必要なアプローチでもあった。

もちろんこのコンセプトは降って沸いたわけではなく、ブランドの根幹を見据え、何を伝えるべきなのか関係者が何度も議論を重ねた結果であった。消費者や医療関係者に会って直接意見を聞いたことも、その重要な裏付けとなった。

「日本では、ブランドはオーガニックであるという信仰が強いのです」と話すのは、JWTのグローバル コーポレート マーケティング ディレクターである森田尚子氏。
「クライアントは、製品こそがブランドであると考えています。しかし海外市場に参入する際には、製品とブランドの違いを正確に理解しておく必要があります」

稲垣氏は、「三井化学は消費者の視点に立った思考には、必ずしも長けていない」と認める。同社ではマーケティング業務が往々にして「営業部の仕事」と解釈され、「市場の動向をしっかり把握しているつもりでも、消費者の志向を理解するまでには至っていないでしょう」と告白する。

そんな企業にとって米国での挑戦は、抽象的とも言える全く新しいアプローチに違いなかった。彼女はその価値について社内の上層部を幾度となく説得、遂に「大きな決断」(稲垣氏)を勝ち取ったのである。

自社ブランドが消費者の目にどのように映るのか、そして人々の生活の中でどのような役割を果たせるのか ‐ このアプローチを契機に、こうした概念をあらためて考えてみようのが、会社の英断の理由だった。

「Whole You」ブランドをグローバルに展開するため、120人のスタッフが結集した。今後彼らの推進力になるのは、新しい価値観を見据えたリーダーシップに違いない。稲垣氏は言う。
「製品を売るだけではなく、人生の楽しみ方も発信する。日本人には今、こういう前向きなアプローチが求められているのだと思います」

企業価値を抽出する

三井化学とは全く異なる分野ながら、海外の消費者に向けて同じようなアプローチを試み、自社ブランドを再定義したのがシチズン時計だ。
依頼を受けた「ワイデン・アンド・ケネディ(以下、W+K)」社は、まずシチズンのあらゆる部署の社員に詳細な聞き取り調査を行った。「時計メーカーに勤める彼らの自意識を抽出するためでした」とW+K 東京のマネージングディレクターであるジョン・ロウ氏は語る。

このプロセスから始まった「BETTER STARTS NOW」というスローガンが、社の内外に示すシチズン・ブランドの骨格となった。創業からおよそ100年を経て、世界に向けたメッセージや情報をあらためて効率化する必要性をシチズンは認識したのである。
ロウ氏やW+K 東京のスタッフも、日本の企業にとって「ブランディングは最優先事項ではない」と認める。

W+K 東京のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター(ECD)の長谷川踏太氏は、「健全なポジショニングと、善良で一生懸命仕事をしているという印象の方が、強いビジョンをもつことよりも重要視される傾向があります」と話す。

確かに多くの企業にはマーケティング最高責任者(CMO)がおらず、またいたとしても、広告制作だけを担っている場合が多い。
こうしたやり方は国内でなら通用するかもしれない。だが、「欧米のブランドは競争力が高い。一歩外に足を踏み出せば、日本国内とは全く異なる『戦場』が広がっているのです」(ロウ氏)。
「海外では毎日のように、CMOが役員室で自社ブランドの役割について専決事項として決定をくだします。日本では、そういうことについて役員レベルで話されることが少ないのかもしれません。」

「日本」と「グローバル」の調和

もちろん、「日本発」は明らかに有利な点でもある。日本の製造分野における伝統や品質に対する信頼性はいまだに高く、その評価は一見揺るぎようがない。
だが、この点についても異なる意見がある。ロウ氏は、「人々があまり気にしない面を強調するのは簡単です」と言う。
「ドイツのブランドのように、安全性や精密さといった質を強調するのは理解できる。ただ、それも分野によっては異なってきますが」。

そんな中、日本らしさを前面に押し出しているのが家電メーカーのアクアだ。現在は中国のハイアールの傘下だが、東京に拠点を置く同社は三洋電機の生まれ変わりでもある。
昨年、アクアは映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』とタイアップをして、他の製品とともにR2-D2のレプリカである自走式冷蔵庫を開発した。

当時の最高経営責任者(CEO)であった伊藤嘉明氏は「キャンペーン」のインタビューの中で、「アクア・ブランドこそ日本の『覚醒』の象徴でありたい」と話した。日本が牽引する家電新時代の主役を担ってほしい、という期待を込めたのである。
ハイアール・アジアグループCMOで日本に駐在するアラン・エン氏は、「ブランドの構築は一朝一夕ではできません」と語る。

「それでも、日本で30~40年の間培われてきた高品質のものづくりの伝統は強い武器になります。家電市場では消費者が製品の生産国について非常に敏感ですから」
「日本ブランドのハロー効果には期待していますが、その点に依存し過ぎてしまってもいけない。未来に向かって進むには、我が社独自のバリューが必要不可欠です」

ベトナムなどアジアの国々では日本製の方が中国製よりも良い印象を与えるので、ブランド名はハイアールからアクアに切り替えた。他の地域ではアクアがどこの国のブランドだか消費者は知らず、その「出自」はアクアが取り組まなければならない課題だろう。エン氏は、「ブランドの一貫性は、新しいポジショニングによって守られると信じています」と述べる。

日産自動車やユニクロを経て、アシックス初のグローバルブランドマーケティング統括部長となったポール・マイルズ氏も、マーケティング事業により一貫性をもたせ、自社ブランドをより明確に定義する使命を担っている。

彼は、ブランドの国籍をはっきりと打ち出す戦略が重要だという確信をもっている。適切なアプローチによって、ブランド価値に対する認識は「消費者側から有機的に広がっていくでしょう」。

「それでも、マーケティング・キャンペーンでは直接的に日本を誇張するようなことはしません。ブランドのDNAは私たちが声高にアピールするより、消費者が自然に認識してくれる方が望ましいですから。

例えばアップルは、これまで特に米国の企業であることを強調してきたとは思いません。強いて形容するなら、「非常に革新的な企業」でした。こうした認識の広がリ方が理想的なシナリオです」

「2020年までにブランドの本質や価値観を人々にしっかりと認識してほしい、というのが我々の目標です。アシックスを愛してくださる方々に、我々のDNAは『日本』と創業者の鬼塚喜八郎から紡ぎ出されているというストーリーを理解していただければ、誠に素晴しい」

「外」を見てこその、ローカリゼーション

言うまでもなく、ブランドの価値を維持しつつも消費者へのメッセージや製品を市場に合わせて変化させていくことはとても重要だ。
東京に拠点を置くLINEは、インドネシア・タイ・台湾といった国々で大きな成長を遂げ、月間利用者数は世界で2億1,500万人にのぼる。
同社が重視する戦略が、「文化的ローカリゼーション」だ。
例えばイスラム教徒が多い国々に向けて、ラマダンの時季に独自のスタンプや断食のカレンダーなどが使えるアカウントを開発。最近は成長速度が緩やかになったため、米国市場を虎視眈々と狙っている。

「こうしたアカウントの開発事業は我が社のコアバリューに基づいていて、特定地域のユーザーのニーズに最大限応えるためのものです」と話すのは、同社マーケティングコミュニケーション室室長の矢嶋聡氏だ。

「我々がどこの国の企業かということより、お客様により満足できるユーザー体験を提供できているかということが大事なのです。もちろん、『メイド・イン・ジャパン』には高品質のイメージが浸透しています。だからと言って、日本で成功した製品やサービスをそのままの形で海外に持って行っても、それが好意的に受け入れられるという保証はないのです」

日本の企業に共通する問題点は、素晴しい製品やサービスをもっているにもかかわらず、大胆かつ明快なアプローチを掲げ、早期に海外市場に参入しようとしないことだろう。
「製品とマーケティングの間に概して大きな溝があるので、それを埋めることが重要です」とエン氏。

「マーケティング=テレビコマーシャルの制作、と考えているような企業は、ブランディングとは長い期間をかけて構築していくもの、という点を再認識する必要がありますね」
「ブランドとは、『人』のようなものです。一度会っただけではよくわからないが、長い付き合いを経るとその人の本質がよく見えてくる。

たくさんの広告を打つことがブランディングだという考え方は、消費者心理を全く理解していません。残念ながら、多くの企業でこの傾向が見られますが……。
スティーブ・ジョブスは製品の開発者でしたが、それだけにとどまらなかった。彼はブランドとは何かを熟知していたのです」

言い古されたことかもしれないが、日本企業のマーケターたちは国内での考え方や慣習にとらわれず、新しい目線をもつことが成功の秘訣であろう。
「世界で何が起きているかを体感してこそ、良い結果を得るための方策を考え出すことができます」とエン氏。

「視野が内向きの人は、ビジネスが好調なときには将来的な危機を予測できないでしょう。多くの人々がローカリゼーションの障壁は言語の違いだと考えていますが、そうではありません。どれだけ外を向いたオープンな視野をもっているかが、成功を大きく左右するのです」

(編集:水野龍哉)

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