最近、ジェイ・ウォルター・トンプソンのグローバル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー(ちなみに広告業界のクリエイティブ畑出身者がたどり着けるのは、せいぜいこの役職まで)で友人のマット・イーストウッドが、インドのウェブ版ビジネス誌「ライブミント」のインタビューを受けました。インタビューの中で彼は、「今こそが、広告業界で仕事をする最高のタイミング」と強調し、その理由を「(単なる広告にとどまらず)新しいプロダクトを発明できる時代になったから」と語っています。
彼は基本的に、今日の広告はかつてよりも幅が広がり、広告会社で面白い仕事ができるときが来たと言っているわけです。確かにそうかもしれませんが、広告会社が生み出すアイデアは概して、マーケティング「バズ」を起こすことを唯一の目的にしています。マーケター主導のアイデアが、消費者や企業の抱える課題を本質的に解決することは、ほとんどないでしょう。
しかし、マットに失礼なのを承知で言ってしまえば、私はむしろ逆だと考えています。何かを作り上げたい、何かを本気で変えたいと思うならば、取るべき選択肢は広告業界ではありません。特に、大学を卒業してこれから社会へ出る若い方々にとっては、違うでしょう。いずれにしても、マットのインタビューは、私がなぜ広告から離れて、他のことに注力することを決意したのかを振り返る良い機会になりました。
私は「元・広告マン」です。マットのように大手広告会社のネットワークでグローバルクリエイティブを統括した経験はありませんが、シドニー、シンガポール、オスロ、上海で、大手のグローバルエージェンシーのクリエイティブ部門を率いてきました。世界最大級のブランドの仕事もいくつか手掛けました。かつては私もマットのように、自分たちは何でも「発明」できて、世の中に真の変化をもたらす力があるのだと思っていました。でも今はそう思いません。
実は、人々に企業やブランドを話題にしてもらうための取り組みは、そもそもの動機が間違っているのです。課題の解決策は合っていることもあるでしょうが、たいていの場合は外れています。本質的な課題の解決は、バズやソーシャルメディア上での存在感、ましてや名声からもたらされるものではないのです。広告は正にこの、本質に切り込まないことばかりをしています。広告は、プロダクトに関心を持ってもらうための方法です。それにもかかわらず、いかにして人々の話題になるか、どのように人々に受け止めてもらうか次第でブランドが定義づけられるという、古い考え方を蔓延させているに過ぎません。
今や(そして今後はますます)、「何を言うか」でなく「何をするか」が問われる時代です。ブランディングはもはや、ロゴやパッケージ、広告、PRで体現するものではないのです。ブランディングとは、ブランドがこの世界でどのように振る舞うかであり、ブランドとのあらゆる接点において消費者が何を体験するかなのです。
ですから、クリエイティブな人々がより良いキャリアを築くためには、新しいカスタマーサービスの体験をデザインし、新しいサービスやプロダクトを開発し、サービスやプロダクトの新しい使い方、課題解決のためのテクノロジーの新しい活用法、私たちが生きる社会を刺激する新しいアプローチを考え出すことが肝要です。これらは必ずしも「善行」として、つまりチャリティーとして行う必要はありません。ほとんどの企業は、人々にとって使いやすい、望まれるプロダクトを作っているのですから。そして、企業はこれからも人々に求められるものを世に出し続けるべきであり、その過程では当然、現に存在する世界的な課題の解決に役立つテクノロジーや、今日のデジタル文化への深い理解も欠かせません。
企業のマーケティング部門が、これまで述べてきたような変化を起こす役割を果たすことは、ごく稀にしかありません。それは何も、マーケティング部門に所属している人たちに問題があるからではないのです。彼らの多くは、知識も豊富で仕事熱心です。しかし、彼らに課された職務はマーケティング活動であり、彼らはそれに注力しているのです。予算は「マーケティング」に割り当てられ、従って彼らも「マーケティング」に予算を使います。進歩的なマーケターはこうした枠組みの中であっても、プロダクト、サービス、新しい顧客体験を生み出すことができることを知っていますが、前述したように、そもそもの動機が誤っていることが多いのです。
もし、企業に真の変革をもたらしたいのであれば、経営トップとの対話が欠かせません。経営トップは通常、事業の拡大、より良い戦略の導入、未来に向けて自社のあり方を調整あるいは再構築する方法の検討にエネルギーを注いでいます。この中でマーケティングが担える役割は限定的です。それ以外のことは、プロダクト、サービス、カスタマーサービス、物流などが担う役割なのです。
こうした背景があるために、広告会社が経営トップとの直接対話にこぎ着けるのは至難の業なのです。仮にできたとしても、ほぼ例外なく、話題はマーケティングの枠を出ることはありません。正にこれこそが、私が広告業界を離れ、戦略、イノベーション、テクノロジー、そしてもちろんクリエイティビティを駆使し、企業が未来に向けて発展するための支援をしようと、焦点を絞った理由です。
広告が近い将来に無くなってしまうことはありません。しかし、広告業界こそが今最高にダイナミックなフィールドだと喧伝することは、とんでもない誤解を招きかねません。私は広告業界で20年以上の経験を積み、広告は世界で最も保守的な業界の一つだと認識するに至りました。まだ従来型の広告と「新しい」デジタルの世界とを完全に統合する方法を見出すことすらできていないのですから(デジタルの台頭からすでに20年以上が経っているので、「新しい」とわざわざ括弧付きにしました)。いまだに「従来型」の広告会社と「デジタル」の広告会社が別々に存在しているありさまです。ごく近い将来に、広告業界を破壊するプレーヤーがきっと現れるでしょう。
(エリック・イングフォルシュタット 翻訳:鎌田文子 編集:田崎亮子)
エリック・イングフォルシュタット氏は、シンガポールに拠点を置くデジタル・イノベーション・コンサルティング会社「アコースティック・グループ」の創業者兼CEO。