Shawn Lim
2022年7月29日

APACブランド、eスポーツ戦略の課題

世界のゲーマーの半数を抱えるアジア太平洋地域(APAC)。だがeスポーツ活用を図るブランドは、データの扱いやレポーティングが適切でないと専門家は指摘する。

APACブランド、eスポーツ戦略の課題

大手プロバイダー「ライムライト・ネットワークス」によると、世界の消費者は昨年、週平均で8時間27分をビデオゲームに費やした。これは前年比14%増だという。

もはやゲーミングは、ブランドのオーディエンスエンゲージメント構築に欠かせないものとなった。だが多くのブランドはアプローチの手法と、その意義を明確に見出せていない。

これまで多くのAPACブランドと関わってきたユー・ノウ・メディア(You Know Media)の設立者で、マネージングパートナーのライアン・カニンガム氏は「ブランドにとっての課題はまずゲーミングのエコシステムを理解すること」と指摘する。それによって初めて「効果的な、型にはまらないソリューションを見出せるのです」

「ゲーミングの可能性は多岐にわたる。ゲーミングは様々な回路と機会を包含する、新世代のエンゲージメントなのです。ですからブランドはどう予算を使えば成果を得られるか、きちんとした戦略を描く必要がある」

「最近はゲーミングの流行に便乗するだけのブランドが増え、信頼性が失われつつある。こうしたブランドはメッセージの質にこだわらない。大きな課題です」

ワンEスポーツ(One Esports)社のカルロス・アリムランCEOは、eスポーツに参入しようとするブランドにとって最大の課題は、もはや信頼性ではないという。「3〜5年前まではそうでしたが、今では信頼性は絶対条件です」

「eスポーツ界がブランドに求めているのはコミットメント(責任・誓約)。eスポーツをイングランドのプレミアリーグ(サッカー)やオリンピック、米国のNFL(アメリカンフットボール)のような世界的スポーツイベントにしようという、大きな夢を持つブランドの参入を望んでいます」

「そうしたコミットメントを示す最善の手段は、ファンのあらゆるエクスペリエンスに参加すること。イベントやチーム、ソーシャルメディアのコンテンツに関与し、内容豊かで一貫性あるメッセージを幅広く発信する。eスポーツのコミュニティーと関係性を築くためには、こうした手法が今後数年の定石になるでしょう」

ゲーミングとeスポーツの世界では、チャンスと課題が併存する。ゲーマーが増え、その存在がメジャーになりつつあることは大きな可能性の1つだ。さらなる発展のためには、一般のスポーツ界ともっと交流を深め、エンゲージメントを高めることも不可欠だろう。

ゲーマーだけでなく、オーディエンスの数も確実に増えている。その証が、「先頃フィリピンで行われた世界的人気ゲーム『モバイルレジェンド:バンバン』のプロリーグ。40万人がライブで視聴しました」と話すのはeスポーツ会社アンプバースのチャーリー・ベイリーCSO(チーフストラテジーオフィサー)だ。

「eスポーツ市場との関係性を深めるため、こうしたイベントを活用することはブランドにとって素晴らしい機会です。一方、資金やサポートの不足、eスポーツに対する認識の低さといった課題は明白で、業界の枠組みにギャップや矛盾点を生み出しています」

インパクト・ドット・コム社の東南アジア担当ゼネラルマネージャー、アントワーヌ・グロス氏も「eスポーツ界は持続的成長を遂げており、ブランドが自社製品やサービスを浸透させる機会はたくさんある」と話す。「特にモバイル分野が、収益全体で非常に大きな割合を占めています」

だがこうした成長機会に反し、ブランドが懸念するのは「iOSのプライバシー機能強化とプログラマティック広告戦略への影響」とも。またサードパーティクッキー廃止の流れもマーケターにとっては頭痛の種で、「コミュニティーの構築やデータ収集で新たな手法を見つけねばなりません」

「さらにゲームコミュニティーを語る上で避けて通れないのが、『中毒性』と『いじめ』の問題。ゲームが果たして適正なチャネルなのか、コンテンツのプレースメント は適切に行われるのかといった懸念がブランドに生じ、参入を躊躇してしまう。ゲーム会社側は中毒性やハラスメントへの対策をまったく講じていない、というネガティブキャンペーンも業界のイメージを傷つけています。こうしたキャンペーンは、特にブランドの経営層に影響する。ゲームへの偏見をますます強めてしまいます」

eスポーツの可能性

多くのゲームチャネルは前年比で大きな成長を遂げているが、業界の全体像を描くにはまだ不十分だ。そうしたデータはまだほんのひと握りでしかない。マーケターの間ではeスポーツに対する誤解が根強く、広告のROI(投資利益率)からブランド好感度まで、あらゆる要素で失敗を犯しかねない。

マーケティング予算をどう使えばいいか答えを見出せないブランドにとって、eスポーツの「4本柱」 −− ゲームパブリッシャー、eスポーツチーム、メディアチャネル(ドットeスポーツ、デクセルト、ツイッチなど)、サードパーティーのブロードキャスター −− を理解することがまず肝要だ。

「つい最近、メディア分析やコンサルティングに携わるいくつかの企業が数少ないサンプルや偏った事例に基づいて調査報告書を発表した。これは大きな間違いでした」とカニンガム氏。「ただしこれらは意図的なものではなく、彼らが公平に調査する技術を持ち合わせていなかったのです」

ゲーミングのデータは「従来のメディアと異なり、実に多岐にわたる」と同氏はいう。それらを管理するのはゲームパブリッシャーであり、eスポーツチームやメディア、ブロードキャスターは二次使用だ。

「ゲーミングパブリッシャーは無数のデータを所持していますが、それらをシェアすることはほとんどない。だからこそ我々は彼らと信頼関係を築き、ゲーマーに関する様々なデータを活用すべきなのです。データは目の前にあるのに、ゲーム界で信用のない企業は入手できない。ゲーマーとのエンゲージメントを模索するブランドは、すでに実証されている効果に目を向けるべきです。彼らのパートナー企業のケーススタディはその裏付けであり、協働するブランドとともに成長していることを示している」(カニンガム氏)

コロナ禍で消費者が2年間の巣ごもりを強いられたなか、ゲームは追い風の吹いた数少ない業界の1つだ。それゆえ、「ブランドのマーケティング支出は今後シフトするでしょう」とグロス氏。

それでも株式市場はいまだ不透明感が高く、暗号資産の破綻や景気後退も懸念される。「マーケターのアプローチは慎重になる。具体的に言うなら、購買プロセスのボトム・オブ・ファネル(購買に非常に近い段階)の部分に多くの予算を使うでしょう」と同氏。つまりeスポーツチームのブランディングやマーチャンダイジング、イベントへのスポンサーシップではなく、ROI重視や企業買収を念頭に置いたキャンペーンに注力するというのだ。

「ゲーミングの文脈ならば、ユーチューブやツイッチといったゲームに関するニュースサイト、ディスコード(Discord)のようなゲームに特化したコミュニケーションアプリのコンテンツパートナーシップに影響が出る。そうなれば、これらパブリッシャーやコミュニティー管理者の説明責任がより求められます」

「すでに我々のパートナー企業はハイブリッドの料金体系を実施している。有利な場所のプレイスメント料金を下げ、パフォーマンス優先で会員制的なコミッションのシステムに変更しています。そうなるとブランドは、新しいユーザーを獲得する価値を改めて見直すことになる。ファネルをよりオープンにして、健全な成長を優先していくでしょう」

結局、「eスポーツはまだ発展途上のメディアチャネルだということをマーケターは理解しなければならない」(ベイリー氏)。アンプバースではクライアントとのギャップを埋めるため、eスポーツのエコシステムや成功の数値化をテーマにしたレクチャーを開いているという。

「今はサードパーティー計測ツールの開発にも力を注いでいます。透明性を高め、ブランドの意思決定にさらに役立ててもらうためです」

データポリシー

どの国の消費者にとっても、データプライバシーは大きな懸念材料だ。これまでの経験から、オーディエンスは意義がきちんと理解できなければデータ提供に極めて慎重になる。

モバイル広告分析会社アップスフライヤーの調査結果では、オーストラリアとニュージーランドではゲームアプリの80%がアップル社の「アップル・トラッキング・トランスペアレンシー(ATT)」(ユーザーの許可なしでは行動のトラッキングが禁止されるポリシー)を採用していた。ユーザーでオプトインの意思表示をした人は37%に過ぎなかった。

「データ収集の意味をオーディエンスに理解してもらうことは、ゲームパブリッシャーにとっての責務。それが機会創出につながるのです」とカニンガム氏。

例えば、ゲームが位置情報やステータスを追跡することでより良いサービスを提供できるなら、消費者は積極的にオプトインするだろう。多くのプレーヤーが参加するゲームで対戦相手を探すマッチメイキングや、パフォーマンス向上のためのサーバのプレファレンス設定、地域に即したサービス(例えば、位置情報に基づいたプロモーション)などがこれに相当する。

「しかし、全てのゲームパブリッシャーが同様にデータ収集をするわけではありません。この点をブランドはリサーチし、適切なオーディエンスを見つけなければならない。ブランド戦略を立てる我々にとって、限られた時間でオーディエンスの適性を見定める作業は極めて重要です」

一方、グロス氏は東南アジアにおけるモバイルiOSの普及率が豪州・ニュージーランドに比べて格段に低いことを指摘する。例えばシンガポールやマレーシアは30%、インドネシアに至っては10%だ。したがってATTの効力も小さく、消費者がどのように自己データを管理し、ブランドが責任を持つのかに注目が集まる。

ITサービスマネジメント会社オクタ(Okta )は違法行為によるブランドのデータ悪用・漏洩の状況を調査した。その結果、例えばマレーシアでは40%の人がブランドのサービスを利用しないと回答。こうした状況を受け、ブランドはサイバーセキュリティー対策の強化に乗り出した。

「マーケターがサードパーティデータを活用できるチャンスは今後しばらくない。したがって、企業にはファーストパーティデータを適切に管理し、活用する責任が求められるのです」(グロス氏)

Campaign主催のカンファレンス「ゲームチェンジャーズ」が今年11月、シンガポールで対面形式で行われます。 今回は大きなトレンドであるゲーミングにスポットを当て、パネルディスカッションやケーススタディの紹介、キーパーソンへのインタビューなどを通して業界の現状に迫ります。

(文:ショーン・リム 翻訳・編集:水野龍哉)

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