人々が新たな誓いを立てる年始は、ライザップのような企業にとって大きな意味を持つ。海外での知名度はまだ低いものの、この数年で同社は目覚ましい成長を遂げた。太めの体型の人はほっそりと、痩せた人は逞しく −− 消費者の様々な「変わりたい」という願望に応えてきた結果だ。
2012年のスタート以来、ライザップの総収益はほぼ400%に達した。昨年と比較しても170%の伸びを記録。2018年度3月期の営業利益は130億円、総収益は1500億円を見込む。2014年度はそれぞれ11億円、229億円だった。
ブランド的観点から見ても、その立ち上げから現在までの経緯には目を見張るものがある。グループマーケティング推進室長の松岡洋平氏(昨年6月にスマートニュースから転職)によると、最近の聞き取り調査で消費者の90%がライザップの名前を知っていると答えたという。その原動力は今も展開する、単純ながらインパクトの極めて強い広告キャンペーンだ。最新のバージョンでは歌舞伎役者の市川九團次をフィーチュアしている。
このシリーズは、決してクリエイティブが優れているというわけではない。だが非常に明快で、見る者に強い印象を残す。ヘルスケア・ウェルネス業界がしばしば用いる「使用前」「使用後」の手法(その多くがうさん臭い)を効果的に取り入れ、信頼性のアピールに成功しているのだ。典型的なCFでは、初めに冴えないスポーツウェアに身を包んだ、意気消沈した女性が登場。バックには陰鬱な音楽が流れる。そして突如アップテンポの曲になり、すっかり体型が変わって日焼けした女性が、ビキニ姿で自信と明るさを発散させるというもの。
言葉で表現すると陳腐だが、「自分は生まれ変われる」という大多数の人々の本音を楽しく描いているからこそ、この作品は効果を発揮する。そして何よりも重要なのは、真実味を演出していることだ。「我々の本質的な価値は、結果が保証されていることです」と松岡氏。
基本的プログラムにかかる約35万円(3100ドル)という費用は、一般の消費者にとっては大きな「投資」となる。トレーニングは一人ひとりに見合った厳格なもので、専属トレーナーとマンツーマン。30日間全額返金保証やコース終了後のアフターケアを行う「ライフサポートコース」、元の体型に戻ってしまった場合に再度プログラムを受けられる「リバウンド保険」といったサービスも含まれる。だがこのプログラムが物議を醸したこともあった。2015年、消費者グループが「返金制度は同社の承認が必要で、極めて客観性に欠ける」と批判の声を上げたのだ(その後、利用者が結果に納得しない場合、プログラム開始から30日間であればいかなる理由でも返金を認める規約を明確化)。それでも松岡氏によれば、これまで94000人がプログラムを利用したという。
「好調なスタートを切りましたが、我々のサービスをもっと広く知っていただくためにやるべきことがたくさんあります」。今もブランドに対する人々の認識は根幹であるフィットネスが主で、とりわけダイエットのメソッド。しかし同社が目指すのは、短期間で各自が様々な才能を伸ばせる総合的な「自己投資」ブランドだ。「一人ひとりが究極的に成し遂げたいと思っていることは何か。ダイエットだけをしたいのか、それとも何かスポーツもうまくなりたいのか −− そうした各自の要望をじっくりと理解していくことがカギになります」。だが今のところ、そうしたメッセージを消費者に伝える取り組みはほとんど行われていない。
多くの人々はまだ知らないが、ライザップはゴルフや英語、料理などのクラスも主宰する。またダイエットに成功した顧客をターゲットに、カジュアルウェアの小売りチェーン「ジーンズメイト」を昨年買収したこともしかりだ。最近では、極端な減量をせずにシェイプアップしたい女性に向けたプログラムもスタート。更に会社員の健康コンサルティングを掲げ、各企業へのアプローチも始めた。「我々のターゲットは変わりたいと願う全ての人々です」。
「今年ライザップが優先的に取り組まなければならない課題の1つは、ダイエットのブランドから健康全般を司るブランドに消費者の認識を変えること」。そのためのアプローチは2段構えという。1つは新たな方向性の広告を打ち出すことであり、もう1つは地方自治体と連携して健康プログラムを推進すること。ライザップ社長で創立者でもある39歳の瀬戸健氏は、「2020年までに1000万の人々を健康にする」という具体的な目標を掲げている。
更なる課題は、「異なる事業をつなぎ合わせる統合的なマーケティング戦略」。それらの事業とは、トレーニングサポートを新たにデジタル化して提供することや、他社とのコラボレーションの促進。例えば、低炭水化物食品関連の分野でファミリーマートや、既にライザップのプログラムを採用しピザ愛好者のための「安心メニュー」を提供するピザハットとの協働だ。そして外すことができないのが、グローバル化。
ライザップは日本と中国・香港・台湾・シンガポールに計121のスタジオを有する。現時点での海外市場進出のターゲットはアジア。「米国には既に同じようなサービスがたくさんあるので、競争は難しい」。中国で健康志向が強まっていることは大きなビジネスチャンスだが、日本での代名詞となった広告スタイルは中国ではあまり効果がないという。
「草の根レベルでブランディングを推進する有効な手段を見つけ出さねばなりません。グローバル化を迅速に進める手段を編み出すことも必要」。そのために、例えば各国のセレブリティと契約するのも1つのやり方だろう。だが松岡氏は、訪日客に照準を定めた戦略も効果的という。日本で広告を見た多くの観光客が、帰国後にライザップに加入しているからだ。それでも、日本とは必ずしも一致しない消費者のモチベーションを十分に理解する必要はあるだろう。
ジオメトリー・グローバルのワールドワイド・チーフ・クリエイティブオフィサーを務めるジョン・ハム氏は、ライザップが「消費者のためにどのような問題を解決できるのか、はっきりと伝える必要がある」と外部オブザーバーの立場で進言する。「一般的に多くのブランドが、自分たちの存在意義や方向性を語ることに熱中するあまり、受け入れてもらう消費者にとっての価値を忘れてしまう。消費者の価値やメリット、それらを提供するためにすべきことを行動科学的視点からきちんと把握すれば、こうしたブランドは非常にユニークなポジショニングを築けると思います」。
今ほど人々が、自分に対するこだわりを持つ時代はかつてなかっただろう。そんな風潮も追い風となって、ライザップは順風満帆に映る。今後の成長の鍵は、メッセージをシンプルにすること、そして何よりも「約束」を確実に実行することだろう。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)