※記事内のリンクは、英語サイトも含みます。
スパイクスアジア2019で講演した電通の田辺俊彦氏によると、カンヌでグランプリを受賞した21作品のうち、16作品がコーズ(社会的大義)に関連したキャンペーンであったという。スパイクスアジアのグランプリ受賞作品にも、社会的な課題を扱ったものが多く見られる。
また、過去受賞作品から続くシリーズもあれば、画期的なアイデア、日本に暮らす人々には想像しえないような視点を提供するものもあった。以下にスパイクスアジア2019のグランプリ受賞作品を、簡単な説明とともにご紹介する。
【Brand Experience & Activation部門】
The Millennium School/The Open Door Project(FCB India、デリー)
インド国内で私立学校を運営するThe Millennium Schoolが、経済的に恵まれない子どもたちにも門戸を開き、教育の機会を提供するプロジェクト。14時に下校する生徒を乗せたスクールバスが、スラム街の子どもたちを乗せて学校に戻り、15~17時に授業を行う。また同校のネットワークだけで完結するのではなく、他の学校経営者やボランティア、NGO団体にも協力を呼び掛けている。
【Creative eCommerce部門】
Flipkart Internet/Flipkart's The Big Billion Days「Hagglebot」(Dentsu Webchutney)
インドでの買い物の醍醐味は、値切り交渉にあるという。だが便利なECサイトが登場したことによって、買い物の楽しみが少々物足りないものに変化した。そこでECサイト「Flipkart」は、値切り交渉に対応するアプリを制作し、セールの直前に発表。Googleアシスタントを相手に音声で交渉し、成立すれば値引き価格で購入が可能となる。
【Creative Effectiveness部門】
ジョンソン&ジョンソン/Stayfree「Project Free Period」(DDB Mudra)
生理用品ブランド「Stayfree」が、性産業で働く女性たちに職業訓練を提供するプロジェクト。多くの女性にとって生理の期間は憂鬱なものだが、性産業で働く女性たちにとっては仕事を休める日なのだという。そこでStayfreeはこのような女性たちに対し、仕事が休みの生理期間を利用して、美容やヘナデザイン、キャンドルづくりなどの職業訓練を3日間提供。また、彼女たちにスキルを訓練できるボランティアを募っている。
【Design部門、Outdoor部門】
オーストラリア・ニュージーランド銀行/Signs Of Love(Revolver/Will O'Rourke、TBWA Melbourne)
シドニーのオックスフォード通りを中心に、3月に3週間にわたって開催される「シドニー・ゲイ・アンド・レズビアン・マルディグラ」は、世界最大規模のLGBTQパレード。だが郊外では今も、周囲の偏見や差別に苦しむLGBTQが多いのが現状だ。そこで、マルディグラのスポンサーでもあるオーストラリア・ニュージーランド銀行は、同国の合計123本におよぶ「オックスフォード通り」の道路標識を、マルディグラ仕様の華やかなものに変更。シドニーから離れているLGBTQたちもマルディグラに参加できるようにという心遣いだ。またグーグルの協力のもと、標識の設置場所の写真をストリートビューで公開した。
【Digital部門、Integrated部門】
マイヤー/Naughty Or Nice Bauble(Clemenger BBDO Melbourne)
サンタクロースは良い子のところにプレゼントを持ってくるといわれており、クリスマスが近づくと子どもたちは、プレゼントをもらえるのかと、そわそわし始める。そんな気分を盛り上げるクリスマスツリー用のオーナメントを、マイヤー(豪州最大の百貨店チェーン)が発売した。いい子にしていたならば緑、そうでなかったら赤に色を変えるこのオーナメントは、親のスマートフォンに入れたアプリから操作が可能。位置情報と、緑色と赤色の割合は30分ごとにアップデートされ、屋外看板やソーシャルチャネルで確認できる。約20豪ドルのオーナメントは、11日間で完売。オーナメント購入者の4割は新規顧客で、店舗への来店促進や商品購入額にも大きな効果が見られた。売上低迷が10年続いた同社にとっても、最高のクリスマスプレゼントとなった。
【Digital Craft部門】
東京ストラディバリウスフェスティバル2018実行委員会、日本ヴァイオリン/ストラディヴァリウス 300年のキセキ展(電通)
誕生から300年経った今もなお愛され続ける、「生きた楽器」ストラディバリウスを主役にした展示。億単位の価格である貴重な楽器が21挺も都内に集結し、300年間さまざまな形のホールの中で、その音色がどのように伝搬していったのかを体験できる。演奏を無響室で録音し、コンピューターの3次元モデルで再現したものをヘッドホンで聞くことができ、まさに時空を超えた音楽体験を楽しむことができる。
【Direct部門】
ユナイテッド・コマーシャル銀行(UCB)/UCASH「UCB AgroBanking」(Grey Bangladesh)
銀行口座を持たず、苦しい生活を余儀なくされているバングラデシュの農民を対象に、マイクロセービング(小口貯蓄)をユナイテッド・コマーシャル銀行(UCB)が提供した。小規模な農家の多くは、地元の市場で売れるよりも多くの農作物を作ることが多く、売れ残った農作物は廃棄されるか、見合わないほどの低価格で売られてしまう。そこでUCBはこれらの農作物が適正な価格で買い取られるよう、Shwapno(バングラデシュの大手小売チェーン)の協力を得た。農家はUCBでマイクロセービングの口座を開設でき、そこに買取金額が振り込まれる。一方のShwapno側も、新鮮な農作物を店頭で販売できるとあって、Win-Winな取り組みだ。
【Entertainment部門】
Julie's/Cream Biscuits「The Translator」(GOVT Singapore)
短尺の動画が台頭する時代にあって、マレーシアのクリームサンドビスケット「Julie's」の動画は15分超という長さだ。主人公は、通訳者のジョナサン。2者が言い争うような場面を落ち着けるような通訳の仕事では、あらゆる感情を排除する必要があるが、彼はプライベートでも感情を表現するのが苦手だ。街中で幼児に微笑まれたり、美しい女性を紹介された際にうまく交流できず苦悩するが、心の優しい青年である。そんな男性が、「The Good In The Middle(良いものは真ん中にある)」というビスケットのコンセプトを体現している。
【Film部門、Film craft部門】
タクティー/JMS「連続10秒ドラマ『愛の停止線』」(博報堂ケトル、博報堂)
カー用品の専門店「ジェームス」による、10秒のメロドラマシリーズ。恋多き主人公男性が、部下や謎の美女と恋に落ち、そこに元妻も登場して泥沼の展開になっていく。ドロドロの愛憎劇だが、どこか笑ってしまうストーリー構成になっている。それぞれのエピソードには車が登場し、関連するカー用品が紹介される。
【Glass: The Award For Change部門】
P&G India/Ariel Matic「Sons #sharetheload」(BBDO India)
Arielは2015年から一貫して「洗濯は女性だけの仕事なのか?」と問いかけ続けてきた。今回は、母親と息子にフォーカスした動画がグランプリを受賞。共働きの娘から母親にかかってきた電話によると、娘は仕事と家事の両立が困難なため仕事を辞めるという。夫は家事ができないから、というのだ。電話の最中に目に入るのは、家事を母親任せにする息子の姿。電話を切った母親は、息子に洗濯の仕方を教える。最後の「我々は娘たちに教えてきたことを、息子たちにも教えてきただろうか?」というフレーズが、次の世代のロールモデルになれているのかという疑問を、大人世代に突きつける。
【Grand Prix For Good部門】
UN Women/Stop Dowry-Mongering(BBDO Pakistan)
花嫁が莫大な結婚持参金を負担する慣習が、今も残るパキスタン。花婿側が望む持参金を用意できないと、花嫁への暴力に発展したり、最悪の場合は殺害されることもあるという。そこで同国の有名な俳優を起用して、結婚の噂を流し、花嫁をテレビ番組内で公開すると予告。だが登場したのは、持参金として一般的に用意される家電の数々という仕掛けであった。
また同番組内で、手のスタンプのアクションも呼び掛けた。パキスタンでは結婚式の前にヘナ(植物の染料)で手に模様を描く習慣があるが、そのデザインをスタンプにしてセレブリティーに配り、手に押してSNSに投稿してもらうことで、持参金反対のメッセージを広く伝えた(ウェブサイトからダウンロードも可能)。
【Healthcare部門】
HDFC銀行/Parivartan「#Stopmithani」(Leo Burnett India)
血液の不足はインドでも深刻な問題だが、具体的に誰かのことが心配なときでもないと、献血しようという気にならないもの。HDFC銀行は過去数年間にわたり献血の啓発活動を行ってきたが、結果は芳しくなかった。そこで献血のしすぎでドクターストップがかかった男性をフィーチャー。過去30年間で151回も献血してきたミザニ氏は65歳になり、「これ以上の献血は命に危険」と医師から止められているが、まだ献血をやめる気はない。そんな同氏や、彼を心配する家族や医師がメディアに登場し、人気が集まったタイミングで「10万人が献血しない限り、私は献血をやめない」とSNS上で宣言。ミザニ氏の自宅前には、献血した人数が表示される看板が設置された。すると、わずか1日で35万人が献血したという。「誰かを助けたい」という気持ちが、大きなアクションへとつながった。
【Innovation部門】
HomePro/7:1 Furniture Collection(BBDO Bangkok)
視覚に何らかの障害を抱えている人は、世界中で13億人を超えるといわれている。このような人々にとって、輪郭がぼやけて見えてしまう家具は、視力を矯正しなければ使いにくい。そこでタイのホームセンター「HomePro」は見やすさの基準である「レベルAAA」を満たす、コントラスト比が7:1の家具を発表した。これらの家具は色彩だけでなく、形も認識しやすいよう工夫が施されている。
【Media部門】
Uber/Uber Eats Australian Open Ambush(Special Group)
豪州オープンに、完璧なまでに似せたCMシリーズ。試合中の選手のもとに、Uber Eatsが食事を配達するという内容のCMを14種類制作した。CMが終わって再び試合を観戦していると視聴者が勘違いするよう、テニス選手や解説者、背後に移りこむスポンサーのロゴまで、すべて本物にこだわって制作されている。
【Mobile部門】
NRMA/Safety Hub(CHE Proximity)
保険は通常、災害が発生してからその損害に応じて支払われるもの。だが、災害が起こる前に、それを防ぐことにお金を使えるように変えたのが、保険会社NRMAのアプリ「Safety Hub」だ。同社の90年以上にわたるデータをもとに、どのようなリスクが高いのかを列挙し、それに対処すると金額が振り込まれるという仕組み。
【Music部門】
DB Breweries/I’m Drinking It For You(Colenso BBDO)
ニュージーランドのビール醸造所「DB Breweries」の、バレンタインデー用のCM。4分弱におよぶミュージックビデオに仕上がっている。カップルがビール瓶を片手に、食事を準備したり、友人をもてなしたり、楽器を演奏したりと、実にさまざまなことを次々とこなす。そして、相手を抱きしめるにも、何をするにも「両手は必要ではない」と歌い上げている。
【PR部門】
騰訊(Tencent、 中国人体器官捐献管理中心/臓器移植啓発「A Team of One」(Loong)
バスケットボールが大好きな少年、叶沙(Ye Sha)は16歳で亡くなった。彼の臓器は両親によって7名に提供され、そのうちの5名が「Ye Sha」というチームウェアをまとってバスケットボール会場に登場。プロのバスケットボールコートでプレーしたいというドナーの夢を、臓器のレシピエントたちが叶えた。このキャンペーンにより、15万人超が臓器提供ドナーとして登録した(2017年の400%増)。
【Print & Outdoor Craft部門】
Foxtel/Game Of Thrones「Grave Of Thrones」(Revolver/Will O'Rourke、DDB Sydney)
4月、シドニーのセンテニアルパーク内に約2000平方メートルもの広大な「墓地」が3日間限定で現れた。これは、Foxtelの人気ドラマシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」の作中で、命を落としてきた登場人物のお墓。最終シーズン公開を控えた時期に、架空のキャラクターのお墓をリアルに作り出すことで、より感情に強く訴求する「アンビエント広告」だ。公式サイトには地図やギャラリー、音声ガイドも用意され、期間中には3万人超が訪れた。
【Print & Publishing部門】
Neurogen/One Mindful Mind(TBWA India)
インドの13~15歳の4人に1人は、鬱や不安、気分障害、行為障害に悩んでいるという。子どもたちのカウンセリングを助けるツール「One Mindful Mind」は、心理学者やカウンセラー、保護者、教師などと開発したもの。子どもが感情を整理することに役立つ鮮やかなカードやシール、記録用紙などの一式が箱に納められている。ウェブサイトから購入するか、ダウンロードもできる。
【Radio & Audio部門】
福島民報社、ラジオ福島/夜の避難訓練(電通)
日本に長く暮らすと、職場や学校で避難訓練を経験する人は多いだろう。だがそれらの多くは日中に行われる。もしも夜に大地震が発生したらどのようにして避難するのか? 4分弱のラジオ番組を聴きながら、「安全の確保」「被害情報の確認」「外への避難」のステップを追って避難訓練を実施できるプログラムが、今年の3月11日に放送された(9月30日には第2回目を実施)。
(文:田崎亮子)