イノベーションにかけて実績のある中国のインターネット企業も、これまで日本での認知度は低いままだった。だがそれも過去の話になりつつある。この1年で市場における有数の人気無料アプリとなった、TikTok。今ではソーシャルメディアの最も積極的な広告主としても名をはせる。15秒という短時間の動画を扱うこのプラットフォームはなぜ差別化に成功したのか。そして、ブランドにとってどのような利点があるのだろう。
TikTok(中国名「抖音」)が日本に進出を果たしたのは昨年のこと。以来いくつかの企業の関心を呼び、この11月にはソフトバンク・ビジョン・ファンドがTikTokを所有するバイトダンス(Bytedance)に出資したことが明らかになった(出資額は非公開)。調査会社アプトピアによれば、TikTokの月間アクティブユーザー数は世界で1億3000万人。同社は日本におけるデータを公表しないが、8月の国内インターネット業界を分析したCLSAキャピタルパートナーズは、「TiKTokのサービスはブランド、ユーザー双方にとって高い収益性が期待できる」とした。バイトダンスの経営状態が安定しているため、TikTokにはその潜在性を高める時間的優位性があると言えよう。
その独自性とは
「TikTokが日本で成功した要因には、音楽ビデオの人気が高いことや特定のファンによる『アイドル崇拝文化』の存在が挙げられる」というのはAKQA Tokyoの戦略プランナー、オムリ・ライス氏。「このアプリで音楽を媒介としてファンたちが通じあえるようになった。更に重要なのは、これまで不可能だった方法でそれを視覚化したことです。世界中の音楽ファンたちが、同じ楽曲でどのような肉体的反応を起こすかをユーザーは見られる。口パクだけでなく、作りの精密さやパーソナル性、そして動画の短さも楽しめる要素です」。
R/GA東京オフィスのシニアストラテジスト川田貴和氏は、TikTokが日本における動画コンテンツや広告において「重要なプレイヤーになり得る」と話す。「今でも影響力が強いのはユーチューブで、他の動画プラットフォームも今後存続していくでしょう。その中で、TikTokは新たなエンターテインメントの形を提示した。極めて競争の激しい市場において、独自の地位を築いたのです」。
TikTokの魅力の1つは、まだ広告に侵食されていないことだ。「TikTokのCMコンテンツはユーザーとの共作が多く、『広告臭さ』がない」というのは電通メディアイノベーションラボ副主任研究員で、ソーシャルメディア共有の心理学に関する著書もある天野彬氏。
「中国発のサービスに対する拒絶感は過去にはありませんでした。どこの国のプラットフォームかなど、誰も気にしません」。消費者はひと握りの巨大なビッグプレイヤーに支配されていない「民主的な」音楽市場を求めていた −− そのタイミングで、適切なサービスを提供したのがTikTokだという。「音楽市場は、クリエイティビティーを高める新しいエキサイティングなチャンスをもたらします」(ライス氏)。
「TikTokはティーンエイジャーの女の子たちの間で最も人気がある。新しいソーシャルプラットフォームを最初に受け入れるのは、往々にして彼女たちです」とライス氏。川田氏は更に、「自分たちの好きなユーチューバーをフォローする20代の若者たちにも人気が出ている」という。
ソーシャルチャンネルとしての魅力は、動画制作とクリエイティビティーの具現化を迅速かつたやすくしたことだ。「フィルターやエフェクト、スティッカー、そして15秒という時間制限などが制作を容易にし、ユーザーが参加する際の心理的なバリアを低くしたのです」と川田氏。
ビジュアル編集のオプションの幅広さだけでなく、ユーザーが様々な音楽にアクセスできることもメリットだ。10月には日本最大のレコードレーベル、エイベックス・グループがバイトダンスとの提携を発表。アジア全域で2万5000曲の楽曲を提供する。
「極めて短時間の動画コンテンツは長い間トレンドでしたが、制作するには外の世界に出て、ある種の『経験』をすることが必要でした」と川田氏。「TikTokが他のプラットフォームと違う点は、オリジナルでクオリティーの高い、共有価値のあるコンテンツをいつでもどこでも作り出せるクリエイティブパワーを生み出したことです」。
質の高いコンテンツを生み出せる一方で、ユーザーは必ずしもそのためのトレーニングを必要としない。「TikTokがもともと提供していたのはダンスビデオです。メーキャップやヘアスタイルがめまぐるしく変わるもの、口パクものなどもまだ見ることができる」(川田氏)。だが誰もがパフォーマーではないため、「音楽に合わせて各々の生活のひとコマを見せるコンテンツが急増しています」と天野氏。「こうしたカジュアルさがユーザーを惹きつける要素になっている。彼らの多くは、インスタグラムに洗練された映像をアップロードしなければならないというプレッシャーを感じていますから」。インスタグラムのストーリーと比べると、TikTokは様々な編集ができる点がメリットだ。だがそのコンテンツの多くは基本的に似通っている。
ブランドにとっての有用性
ブランドにとって、TikTokが普段リーチしにくい若いオーディエンスへのアクセス手段となることは明らかだ。更に、若年層の興味の対象が垣間見えるショーウインドウの役割も果たすだろう。もちろんそれは、操作された情報が流布しやすい環境でもある。「日本のティーンエイジャーやミレニアル世代は世の中のことをよく知っている。『広告攻め』はされたくないと思っているし、コンテンツが有料広告だと分かればすぐに無視するでしょう」(川田氏)。
詰まるところ、「ブランドはTikTokを単なる動画プラットフォームではなく、『民主的コミュニティー』として捉えるべき」と同氏。そこに参加する手段の1つは、一般ユーザーのコンテンンツと比べて違和感のないオリジナル作品を提供することだ。だが更に良い方法は、クリエイティブ表現をサポートすることだろう。「TikTokをうまく活用すれば多くの人々と関係が築ける。ひいてはオフラインのイベントともつながります。外部サイトへのアクセスを促すもの、と見るべきではないのです」。
「ブランドはユーザーにガイドラインを示しつつ、興味深いテーマを提供するべきです。そうやって、コミュニティーのメンタリティーを尊重しながら働きかけていく必要があります」と天野氏。同氏はその一例として、キャンディーブランド「チュパチャプス(Chupa Chups)」が制作した愛らしいハロウィーン向け動画を挙げる。「楽しいと思えることはなかなか皆の意見が一致しない。それをあらゆる人々にやらせようというところがポイントです」。
ユーザーがテレビCMやドラマを模倣したコンテンツを作ることから、同氏はTikTokとテレビの関連性を指摘する。このプラットフォームを活用したはじめてのブランドがサントリーだ。当初はテレビCMとしてオンエアされた「ペプシJコーラ」(ブランドとしてはマイナー)。そのテーマソング「Japan & Joy」は、結果的に2万人のユーザーがダンスの再現に利用した。「テレビ局やブランドが作る長時間コンテンツのプロモーションや影響力をTikTokが強めることで、双方に恩恵を与えられます」。その鍵となるのは、ブランドやメディアの生み出すマテリアルを土台にユーザーが独自のコンテンツを作ることだ。
オンライン、オフライン双方へのリンクに成功した例として川田氏が強調するのは、タレントエージェンシーのサイバージャパン。多くの企業はプラットフォームのハッシュタグの効果的利用に苦労するが、サイバージャパンは同社の主催するダンスイベント「ウルトラジャパン」のプロモーションで5000回のシェア数を取得した。そのアプローチは3段階あった。はじめはダンスユニットをフィーチュアした動画を公開、次にオフィシャルイベントソングを使ったユーザーにチケットが当たるチャンスを与え、最後にユーザーが動画撮影できるTikTokのブースをイベント時に開設するというもの。
TikTokは飲食品ブランドにも効果的だ。「食品に関するコンテンツはインスタグラム同様、人気が続くでしょう」と天野氏。更に多くの分野の企業も、「これまでフェイスブック傘下のプラットフォームでは成し得なかった方法でビジネスを成長させることができる」。例えば、「スポーツは男性ユーザーを惹きつける成長分野です」とも。
一過性の流行にあらず?
CLSAは、「TikTokを一時的現象として片付けるのは賢明ではない」と付記する。先月、フェイスブックはこれと似たラッソ(Lasso)というサービスをスタートさせた。TikTokの直接の競合相手となるが、川田氏は「TikTokはユーザー体験とコンテンツのクオリティーの高さで非常に幸先の良いスタートを切り、長期的な潜在性を感じさせる」という。また天野氏は、「TikTokが短命に終わるかどうかは分かりませんが、短い動画でユーザーたちが自分たちの生活をシェアしたいという需要はずっと続いていくでしょう」。
バイン(Vine)や日本発の同様のアプリ、ミックスチャンネルは短時間のストーリーテリングでクリエイティブな作品を世に送り出したにもかかわらず、脇に追いやられてしまった。天野氏は、これらアプリの失敗の一因は「TikTokとは対照的に多くのインフルエンサーを惹きつけることができなかったため」という。「インフルエンサーたちはこうしたアプリの寿命を延ばしてくれるのです」。
最後に川田氏はこのように話す。「TikTokは今後しばらくの間、市場を牽引していくでしょう。ただしその地位を守るためには常に先手を打ち、独創的でロイヤリティーの高いコミュニティーを作り出す必要があるのです」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)