David Blecken
2016年6月30日

デザイン思考の新たな世界へ ~ ジャレド・ブレイタマン(マッキンゼー&カンパニー)

広告代理店は今、経営コンサルティング会社の躍進に戦々恐々としている。これには相応の理由があると言っていい。シリーズ「日本のクリエイティビティーを語る」、今回は「マッキンゼー&カンパニー」のジャレド・ブレイタマン氏に、同社のクリエイティビティーとデザイン分野への進出について尋ねる。

ジャレド・ブレイタマン氏
ジャレド・ブレイタマン氏

東京在住のジャレド・ブレイタマン氏は、マッキンゼー&カンパニーでアジア・パシフィック地域のエクスペリエンスデザインを担うヴァイス・プレジデントだ。
かつてはデザイン・リサーチ会社「ソーシャル・モデルズ」を自身で設立、日立製作所、フェイスブック、三井不動産、さらには東京の自然を研究する公的リサーチ・プロジェクト「東京グリーン・スペース」などと協業したキャリアを誇る。

また、同氏はスタンフォード大学の文化人類学博士号をもち、植生態にも強い関心を抱く。シリコンバレーで「ドットコム・バブル」を経験した後、都市の緑化問題を研究するため2009年に日立製作所のフェローとして来日した。

同氏のイメージは、典型的なコンサルタントからはかけ離れている。同様にマッキンゼーのデザイン・プラクティスも、コンサルティング会社のステレオタイプには当てはまらない。このプラクティスはまだ立ち上がって2年足らずだが、同社が数々の受賞歴を誇るシリコンバレーのデザイン会社「ルナー(Lunar)」を傘下に収めて以来、本格化した。
ブレイタマン氏が自らの事業をやめてまでマッキンゼーに加わったのは、ルナーのスタッフたちの「完璧なデザイン思考力」に感服し、「これこそ未来のデザイン・プラクティス・エージェンシー、と確信したから」という。

マッキンゼーは「広告代理店と競合するのか」と問われても、同氏は全く意に介さない。「経営コンサルティング会社はクリエイティビティーがないから大丈夫」と考えている代理店はまだ多いが、果たしてそうだろうか。マッキンゼーのような経営コンサルティング会社は、消費者の理解力とビジネスの洞察力を備えた「頭脳派集団」だ。従来型のマーケティング・サービスを繰り返してきた代理店に割り当てられた予算を、彼らが脅かすことはないと考える方が愚かではないだろうか。

デザイン思考の価値を真に理解している企業のトップはまだ少ない。だが、それを学びたいと考えている人々は確実に増えている。同氏はマッキンゼーの役割を、「オフライン産業の改革」と、「(クライアントを)スタートアップ企業に負けないようにすることの後押し」だと考える。

近年、コンサルティング会社がマーケティング戦略やデザインの分野に深く関わるようになりました。これはなぜでしょう?

マッキンゼーは今、新しく生まれ変わろうとしています。我々の強みはマーケティングの戦略・分析ですが、クライアントからはデザインに関するコンサルティングも求められます。
その背景にあるのは、企業のCEOがデザイン思考になったことでしょう。我々に仕事を依頼をしてくるのはCMO(最高マーケティング責任者)ではなく、CEOです。この点で、我々コンサルタント会社と広告代理店との大きな違いがあります。ですから我々は、広告代理店と競っているとは考えていません。

クライアントがデザインに興味をもち始めた理由は何でしょう?

これまでは、過去のデータに基づく明確な分析能力をもっていれば十分でした。しかし時代の変化が速くなるにつれ、消費者とのロジカルな繋がりだけではなく、「エモーショナル」な繋がりもとても重要になってきたのです。ビジネスをともに行う上で、消費者をより深く知らなければならなくなった。ですから我が社では今、人類学者まで雇用しているのです。

マッキンゼーは「ルナー(Lunar)」社を傘下に収めました。デザイナーにとって経営コンサルタント会社で働くメリットは何でしょう?

それは何と言っても、世の中に対する影響力です。企業のトップと仕事をすることで生まれる潜在的影響力は、計り知れませんから。ですから我々も、あらためて気を引き締めなければなりません。まだ世の多くの人々が、デザインとは単なる「飾り」と考えています。もちろん我々にはそうした認識はありませんが。

実際にはどのような仕事を行っていますか?

デザイン思考とサービス・デザインです。すべてを実地調査から始めます。トラック運転手でもオンライン・ショッピングの利用者でも、調査対象となるユーザーのタイプにかかわらず、彼らを取り巻く環境に入り込み、彼らの意思決定プロセスやモチベーション、興味が持続する理由などを探っていくのです。我々は、「価値あるもの」を(クライアントに)提供しなければなりませんから。その次に取り組むのはプロトタイプで、非常に速いスピードでプロトタイプの作成と学習を繰り返します。うまくいかなければ、そのプロトタイプは破棄します。ここでは失敗もプロセスの一部。マッキンゼーのような企業ではこれまで馴染みのなかったアプローチですが、「アイディオ(IDEO)」のような競合相手はこうしたやり方を取り入れています。

例えばある日本の大企業からは、それぞれの部門がバラバラなので、より社内を一体化したいという相談を受けました。調べてみると、実情は多分に「雰囲気」の問題だったのですが……。しかしこうした社内の空気は、往々にしてガバナンスの問題に直結します。
また、由緒ある企業のオンラインサービスは、その企業の体質をよく映していることが多い。ある銀行では部門ごとにウェブサイトが存在していて、なかなかログイン画面にたどりつけませんでした。競合会社の方が便利なシステムを導入しているのならば、クライアントに新しいサービスを取り入れるよう説得するのが我々の仕事です。

新しいビジネスの世界とはどのようなもので、デザインの立ち位置はどこにあるのでしょう?

それは、ビジネスの垣根が全くない世界です。今や銀行がフェイスブックやグーグルと競合していることが、その象徴でしょう。
例えば、「ウーバー」の登録ページを見てください。銀行のウェブサイトで口座を開設するのとは対照的で、実に簡潔でわかりやすい。皆、「なぜ銀行はウーバーのようにできないのだろう」「他のサイトのように面白くないのだろう」と思うわけです。
Airbnbは素晴らしいデザインで、他のサービスを圧倒しています。多くのオンラインサービスはまだまだ使いにくく、消費者は利便性を優先するということを企業は知らないのではないか、と思ってしまうほどです。これからは消費者が本当に求めているものを見つけ、そのニーズにどうやって応えるかということに、大きなビジネスチャンスが広がっていると思います。

日本でのエクスペリエンスデザインはどう変わってきていると思いますか?

以前は、日本ではこみ入ったデザインが好まれると我々は教えられてきました。混沌としたデザインこそが「文化」なのだ、と。
しかし、ミクシィがどうなったかを見ればわかります。楽天もアマゾンの挑戦を受けています。結局日本の消費者も、他の国々の消費者とそんなに変わらないのです。インターフェイスは使いやすい方がいいし、他のメジャーなオンラインサービスに匹敵するようなものでなければならない。
今、日本の企業はオンライン上でもグローバル化の脅威にさらされていると言えるでしょう。海外からの挑戦を受けて立つことは、最早避けて通れないのです。「ネットフリックス」やアマゾンが日本で番組配信サービスを始めたら、日本のテレビ局はどうなってしまうでしょう? どちらかの勝ち負けを賭けろと言われれば、私はテレビの方には賭けませんね。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

 

 

 

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