東京に本社を置くAOI Pro.(アオイプロ)は、テレビCMの制作会社として知られている。故に、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」を制作したと聞けば、驚く方は少なくないだろう。
これまでパルムドールを獲得した日本映画は5本。今回の受賞は21年振りのことだった。AOI Pro.にとっては長編映画による初の受賞。同社は20年にわたり長編映画制作に関わってきたが、これまで目立った成功は収めてこなかった。
「うまくいかないことの方が多く、多くの失敗を経験しました」と話す中江康人社長。8年前にはエンターテイメントコンテンツ事業をあきらめる寸前までいったという。だが今や、コンテンツ制作は同社のビジネスで重要な地位を占めている。
同氏は社長就任以前から、エンターテインメントコンテンツを事業として確立させようと取り組んできた。ビジネスとして採算がとれるようになったのは、「やっと昨年辺り」という。エンターテインメント分野への参入は極めてハードルが高かったが、「会社の将来のためには必要な挑戦でした」。
「広告ビジネスは以前ほど盤石ではありません。一方で広告コンテンツはますます純粋なエンターテインメントになっていくでしょう」。よって優れたコマーシャルコンテンツを生み続けるには、「長編映画の制作に必要なスキルを養っていかなければならない」。
「広告映像制作者が今後もクライアントの良きパートナーでいたいのなら、よりクリエイティブに思考することが必要です。残念ながら日本のように15秒の広告映像がメインの国では、十分なスキルを持った人材はまだ少ない」。
「シナリオを開発し、長尺で楽しませるエンターテインメントを作る職人技と、15秒広告を作るそれとは似ているようでまったく違います」。それでも、広告映像制作とエンターテインメントコンテンツの境界線は「いずれ曖昧になるでしょう」。
「我々が数年後もリーディングカンパニーであり続けるには、エンターテインメントコンテンツ事業のスキルは不可欠」。日本のCMプロデューサーはラインプロデュース(各制作工程の管理)とプロジェクトマネジメント力には極めて優れているが、「様々なビジネスモデルやリソースを活用し、事業をプロデュースする力ではかなり遅れをとっている」。故に、「これまでのエンターテインメントコンテンツ事業で試行錯誤した経験を受け渡すことで、業界の発展を支えていきたい」とも。
「これまでは広告のビジネスモデルが盤石でした。ですから今までのような仕事の進め方でも良かったのですが、様々なチャンスがあふれる時代にそれでは、もったいない。チャンスと巡りあうことが多いテレビCMプロデューサーにコンテンツビジネスのスキルがあれば、事業拡大の可能性は無限大です」
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:岡田藤郎 編集:水野龍哉)