現代の消費者はオンライン、オフラインにかかわらず、無限に情報があふれる社会を生きる。そんな中、企業はどのように差別化を実現し、的確なオーディエンスを獲得できるのか。その答えは、消費者との関係性構築にほかならない。
ニールセンの「アニュアルマーケティングレポート2022 〜 協調の時代」では、世界の様々な業界 −− 金融サービス、テクノロジー、ヘルスケア、旅行・観光、リテール等々 −− に従事する1943人のブランドマーケターを対象に調査を実施。米国国外のアジア太平洋地域(APAC)、欧州・中東・アフリカ(EMEA)、北中米アメリカで同社が調査を試みるのは初めてのことだ。対象者は全員がマネージャー以上の地位にあり、年間100万米ドル(約1億3000万円)以上のマーケティング予算を管轄する。
結論から先に述べるなら、2つに要約できるだろう。今日のマーケターが最優先しなければならないのは、ブランド認知の向上とブランドプロミスの厳守だ。
「消費者は自分たちのことをブランドに理解してもらいたいと願っている。ブランドにとって難しい課題ですが、解決できないことではありません」
ニールセン チーフ・マーケティング・アンド・コミュニケーション・オフィサー、ジェイミー・モルダフスキー氏
己を知り、他者を知る:消費者との関係性の構築
企業にとって、ブランド認知は継続的課題だ。それもオーディエンスに確実にリーチするだけではなく、適切かつ有意義な関係性を持続させていかねばならない。今回のレポートでは、世界中のマーケターにとって最重要課題の1つがブランド認知であることがわかった。特にAPACのマーケターは顧客離れ防止を優先課題とし、ブランド認知の次のステップとしてブランドロイヤルティの維持を重視していた。
ブランド認知の向上は極めて優先度が高い。リーチの最大化とエンゲージメントの向上を実現するため、今後はあらゆるチャネルを通したマーケティング支出増が見込まれる。デジタルプラットフォーム上における消費者行動を理解するために欠かせないのは、リアルタイムのデータ分析だ。これによってマーケティング戦略と広告支出の最適化及び効率化が可能となり、ブランドは高いROI(投資利益率)を実現できる。今回の報告書からは、広告予算の半分以上がソーシャルメディアに使われていることがわかった。さらに、世界のマーケターは今後数年間にわたりソーシャルメディアへの支出を増やしていく予定で、今後1年間では53%の増加が見込まれる。
ブランド認知をおろそかにすると、多くの顧客を抱える大手企業でさえ人気凋落の憂き目にあう。その実例が中国最大のダウンジャケットメーカー「ボシデン(Bosiden)」だ。2012年にはロンドンの店舗拡大に4600万米ドルを投資する余裕があったが、ブランド認知を怠り、英国の消費者へのリーチに失敗した。
ブランド認知の向上と消費者に信頼されるブランドストーリーの構築は、多くの国際的企業が得意とするマーケティング活動だろう。これらの企業が世界市場拡大を図る際に得た学びは、国内市場の売上高とディストリビューションチャネルに頼る企業にとっても大いに参考になるはずだ。
コロナ禍のブランドエクイティ
パンデミックの間、マーケターは「デジタルチャネルを使わない従来型のマーケティングの効果には自信を持てないでいた」とレポートは記す。世界の国々が国境を閉ざしたため、ブランドはオンライン上で存在感を高め、デジタル空間で自社のブランドエクイティを広めようと奮闘。無限の広がりを持つオンライン上でいかに認知度を高めるかが、ライバルブランドを凌ぐカギとなった。
大手コンサルティング企業ベインによると、APACにおけるオンラインセールスの成長率は2014年に9%だったのが、2019年には19%に。世界平均の2014年6%、2019年11%と比べると伸び率は倍だった。またベインとグーグル、投資会社テマセロによる2020年の調査では、パンデミックが始まった当初、厳格なロックダウン措置を取った東南アジアでは初めてオンラインショッピングをした人が4000万人を数えたという。APACの「デジタル成熟度」はさらなる成果を出した。企業と消費者の目はオンラインに集中、eコマースの売上高は桁外れの伸びを示したのだ。2020年5月にはシンガポールの対面式販売の売上高が52.1%減だったのに対し、同年6月のオンラインセールスは151.2%増を記録した。
新規の顧客獲得については、ブランドは「我慢」が必要だとニールセンは指摘する。同社の調査「コムスポイントジャーニー(Commspoint Journey)」によれば、消費者は「親しみやすさ」を好むことが明確に示され、85%の回答者は「以前に購入経験がある気に入ったブランドの製品を選ぶ」と答えた。
前述のボシデンは戦略の失敗から学びを得、再び消費者から注目を浴びる取り組みに注力。ブランド認知向上のため国際的に名高いデザイナーと提携し、世界各地でファッションショーを開催した。さらに欧米のセレブリティともコラボレーションを行い、彼らのサポートを得て世界にデザイン力をアピール。今では同ブランドはロンドンに旗艦店を構え、イタリアでは350以上の店舗を展開している。
パーパスとプロミスが生む「利」
現代の消費者に訴えかけるには、ブランド認知だけでは不十分だ。消費者は苦労して得たお金をむやみに使うようなことはせず、自分たちと価値観を共有できるブランドに出費する。実際、今回の調査によると、米国の消費者の52.3%が「自分にとって大切な理念・大義をサポートしているか否か」という判断基準でブランドを選ぶという。一方、こうした意識はAPACの消費者の間では薄い。パーパスの確立は消費者との間にブリッジを築き、買い手に同じ理念を共有し、購買によってそれに賛同するという意識を植え付ける。結果として、ブランドストーリーやその裏に潜むパーパスが差別化を生み、消費者へのアピールにつながるのだ。
エデルマン社がグローバル規模で行う調査「トラストバロメーター」(28カ国、3万6000人以上が対象)の最新版では、ブランドにとって社会的課題への積極的な取り組みが欠かせないことがわかった。調査対象者の多くは気候変動や経済格差、労働者の再教育、信頼できる情報の提供といった社会問題に「ブランドは十分取り組んでいない」と回答。こうした問題に明確な姿勢を取るよう、消費者の要求はより強まっている。
それを端的に表すのは、「スーパーアプリ」を自称するグラブ(Grab)の事例だ。グラブは東南アジア諸国に6億7000万人のユーザーを持ち、フードデリバリーや配車サービス、キャッシュレス決済といったサービスを1つのモバイルプラットフォームで提供している。パンデミックが蔓延を始め、ロックダウンで多くの中小企業やその経営者たちが窮地に陥ったとき、グラブはマレーシアで「Local Heroes」と銘打ったキャンペーンを開始。「Charging forward together(共に前に進もう)」というスローガンの下、様々なサービスの浸透を図り、「Everyday Everything」というアプリでロックダウン期間中の消費者の生活を守るブランドプロミスに取り組んだ。
同社はデジタル経済推進のため、広範なユーザーがいる自社プラットフォームを活用し、従来型のオフラインでのみ操業する企業のデジタル化をサポート。またアプリ上に無料の広告スペースを提供し、「中小企業500社の認知度をグラブのプラットフォームで高め、そのビジネスをサポート」した。さらにユーザーには、気に入った企業のブランドストーリーをシェアするよう奨励した。
「これは中小企業が具体的な成果が出せる、タイムリーで有意義な取り組みでした」と語るのはPR会社ヴォックス・ユーリカのマネージングディレクター、ジョナサン・タン氏。「このキャンペーンは社会を結束させただけでなく、グラブが自社の利益を犠牲にしたことがカギだった。消費者にとっては、ブランドがただ同情や共感を示すだけでなく、有言実行したことが決定的なインパクトになりました」
グラブは、パーパスを優先することの重要性を改めて認識した。その力強いメッセージと信頼に値するパーパスは大きな成果を上げた。同社の報告によれば、このキャンペーンに加わった企業は売上高が43%増加。ユーザーと協調したことで、ロックダウンの下、同社が切望していた様々なコミュニティとの関係性も構築できた。窮地に立った中小企業を継続的にサポートし、消費者とのプロミスを実現することで、グラブはパーパスを適切に実行する意義を明白に証明。この「Local Heroes」キャンペーンは大成功を収め、2021年にも再度実施された。
2017年から20年にかけてフランスで実施された15のMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)に関する調査では、パーパス主導によるキャンペーンのうち30%が短期売上高を50%増加させたことがわかった。
香港・金融大手AIAグループのグループCMO、スチュアート・A・スペンサー氏はこのように語る。「社会に対する役割と広義の責任を認識したパーパス主導の企業は、今後ますます消費者との関係性を深めていく。こうした課題と真摯に取り組むマーケターは、必ず成功を収めるでしょう」
「パーパスウォッシング」という課題
ブランドプロミスを心掛けつつ、企業は様々なパーパス主導の取り組みを注意深く実行していかねばならない。信頼性とパーパスを重視しても、周到な準備を怠ったキャンペーンは逆効果を招き、消費者の信頼を失ってしまう。ブランドプロミスの信用性を消費者に納得させることは想像以上に難しいのだ。今回の報告書では、55%の消費者が「ブランドはパーパスの実現に真剣に取り組んでいない」と回答した。
「製品を市場に出す際、重要な差別化要素となるのはブランドパーパスと優れたカスタマーエクスペリエンスです。特に若いオーディエンスはそれらを重視する。消費者は、我々人類とこの地球の環境がどれだけ回復し、『健康』になっているかを知りたいのです」(大手生命保険マニュライフアジア CMO兼チーフエクスペリエンスデザインオフィサー、ジュリー・ネスター氏)
デジタルエージェンシー「レイザーフィッシュ」とヴァイスメディアの共同調査では、「ブランドが公約した責任を果たせるか、あるいは果たそうとしているか疑問」と考える消費者が増えていることがわかった。消費者は確実に賢明になり、物事を冷静に識別する。売上を伸ばすため、流行に乗じて「パーパスウォッシング(パーパスの実行を装うこと)」に勤しむブランドはすぐに切り捨てられてしまうのだ。製品を選択する際に「ブランドの価値を考慮する」と答えた消費者は62%だった一方、「ブランドは公言したパーパスを実行している」と答えた者は43%に過ぎなかった。
パーパスウォッシングが増えれば、自分たちの声をきちんと聞いてほしいと考える消費者も増える。ブランドのボイコットは、今や消費者にとって意思表示の日常的手段となった。インターネットで自分の意見を表明したり、消費する価値があるブランドを厳選することは、ごく自然な行動なのだ。
最近ではメルセデス・ベンツやグッチ、クリスチャン・ディオールといったブランドのキャンペーンが中国で強い非難を浴びた。ディオールの場合は、2012年のエキシビションでの表現が中国人蔑視にあたるとネチズン(ネット市民)から批判を受けた。過去の出来事を長い間記録するインターネットの特性がアダになったかたちだ。
2018年にファッション界を揺るがせたドルチェ&ガッバーナ(D
&B)のキャンペーンも記憶に新しい。ソーシャルメディアで公開されたプロモーションビデオが人種差別にあたるとして、強い非難を浴びた。
それから4年余り、同ブランドは消費者からの信用を取り戻そうと様々な取り組みを行っているが、いまだにそのイメージを中国で回復したとは言い難い。
たとえ意図的でないにしろ、消費者のボイコットは起こり得る。昨年、新曲のプロモーションビデオでD&Gの衣装を身に纏った香港のポップスター、カレン・モクは中国のネチズンから批判を浴び、ビデオは配信中止に追い込まれた。
善意に基づく広告キャンペーンであっても、意に反して長期にわたるボイコットを受けることがある。ブランドはキャンペーンに活用するプラットフォームやチャネルをよく見極め、自らの立場を適切に反映しているかどうか判断しなければならない。ニールセンのレポートによれば、中国を新型コロナウイルスの震源地として直接的に非難する声が2020年前半に急増。その後ブランドはプラットフォームを変えずに広告を続けたため、中国へのヘイトスピーチと並行して掲載されてしまい、それに同調するかのような「意図せぬリスク」が発生した。こうした問題は決して起こしてはならず、マーケターの責任はますます重大になっている。
今日の消費者はお金の使い方やブランドの好みに関して判断力が鋭敏になり、サポートする製品と確かな関係性を構築したいと望んでいる。現在の関係性をより深化させるため、ブランドは消費者とともに進化し、彼らが興味を抱く問題 −− 環境問題や社会問題、メンタルヘルスなど −− と向き合わねばならない。マーケティング支出増に伴い、消費者を刺激する高いブランド認知の維持だけでなく、さらにその上を行く戦略が重要となる。自ブランドと自社製品に消費者を惹きつけるため、明確なパーパスを打ち出したストーリーと、消費者との関係性を確立する正真正銘のアイデンティティの普及に努めることが肝要なのだ。
ブランド認知を高め、コミュニティーと消費者に貢献する信頼性の高いパーパスを掲げ、社会への責任を常に意識する −− こうした取り組みが、企業を将来の成功に導くと言えよう。
ニールセンの「2022アニュアルマーケティングレポート 〜 協調の時代」全文はこちらから
(翻訳・編集:水野龍哉)