事の起こりは、お笑いコンビ「Aマッソ」が9月22日の東京でのイベントで話した内容だ。大坂選手は「漂白剤が必要」「日焼けし過ぎ」 −− この発言に対しSNSでは即座に批判の声が上がり、24日にはコンビの所属会社ワタナベエンターテイメントが謝罪文を発表。本人たちの自筆コメントも同社サイトに掲載された。
「弊社所属のお笑いコンビAマッソが(中略)特定の方のお名前を挙げて、ダイバーシティーについて配慮に欠く発言を行った件につきまして(中略)深くお詫び申し上げます」(同社サイトより)
また本人たちも「笑いと履き違えた最低の発言であったと今更ながら後悔しています」「勘違いをしていました。考えればわかるはずなのに、多くの人を傷つける発言をしてしまいました」などと謝罪した。
だがこれらの声明には「特定の方」「ご本人様」とあるだけで、大坂選手の名は明記されていない。一見、心から反省しているようにみえるが、不可思議で腑に落ちない文章であることは否めない。
これに対し、大坂選手は29日に自身のツイッターを更新。「日焼けし過ぎですって(笑)。資生堂アネッサパーフェクトUVの日焼け止めをつけていれば絶対に日焼けしないことを彼女たちは分かっていないわ」。この投稿には、「なおみ流の素晴らしい切り返し」「すごくスマートな回答」といった賞賛の声が数千以上寄せられた。記者会見などで常に飄々と、時にリポーターたちを手玉に取る答えで愛嬌をみせる大坂選手。確かに、さりげなくスポンサーの商品に言及して笑い飛ばすところは相手より一枚も二枚も上手と言える。
この一件を、資生堂はどう捉えているのか。芸人の発言、また大坂選手の反応について広報部に問うと「弊社は回答する立場にありません」。また、グローバルなブランドアンバサダーとして大坂選手と契約した理由については、「常にベストを尽くし、世界のトップ選手に果敢に挑む彼女の姿は『世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニー』を目指す弊社と共通する」との答えだった。
また時を同じくして、吉本興業所属のお笑いコンビ「金属バット」が「猿とエッチしたらエイズになる。黒人も」「黒人の触ったもの座れるか」といった信じ難い発言を過去に舞台でしていたことが分かった。Aマッソよりも更に陰湿な悪意を感じさせるが、この件に関し吉本興業は今のところ一切声明を出していない。
そもそも、この20年ほどで雨後の筍のように増えた「お笑い芸人」というジャンルに属する者らが発するギャグはほとんどがひどく稚拙で、日本の正当な「笑い」と言える古典落語などが持つ奥行きあるおかしみや人情味などとは対極にある。こうした無知に基づく発言が彼らにとっての笑いの感覚であるところに、そのレベルの低さが象徴されていることは言うまでもない。そして彼らを支持する層(主に若年層)が少なくないのは極めて憂うべき事態だが、そうした空気は今の腑抜けた日本社会には皆無だ。
それにしても、こうした芸人に限らず政治家を含め、公の立場にいる者らの失言が昨今あまりにも常習化してしまい、我々は怒りに疲れ、「またか」という諦めの感覚を持つようになってしまった。この数年の自民党の政治家たちの失言はまさに「シームレス」で、その一つひとつを追求する間もない。大手メディアも失言を報じるのが精一杯で、その責任をまっとうさせる使命を忘れてしまったかのようだ。就任以来、無数のフェイクニュースを垂れ流し続けるトランプ米大統領に米国民が極めて鈍感になっている状況に共通するものがあると言えよう。
今回の芸人たちの失言に関し、大手広告代理店で長年クリエイティブを担ってきたある観測筋はこのように話す。「彼らは明らかに、『公』と『私』の境目が理解できなくなっている。SNSの悪影響であることは間違いありません。どんな舞台に立とうが、自分たちのファンだけの小さな空間で喋っている感覚なのです。だから何を言っても受け入れられると思っているのでしょう」。
「話題づくりのために『炎上狙い』をする、確信犯的なケースもあると思います。これはもっとタチが悪いですが」
ブランドは広告への起用などで、芸能人と関わり合いを持つことが少なくない。失言や醜聞を引き起こした芸能人とどう付き合うべきかは、火を見るよりも明らかだ。今はインターネットで過去の記録がいくらでも掘り起こせる時代。たとえ当事者が真摯な謝罪をしたとしても、キャラクターとしての登用はマイナスイメージを生むことさえあれ、プラスの作用にはまったくならない。
「一度でも失言をすれば、その時点でブランドにとってはアウトとするのが当然。こうしたことでリスクを抱えるのは、ブランドにとってはまったく無意味なことですから」(同観測筋)
こうした芸能人が所属する会社の責任はどうなのだろうか。「敢えて追及しなくとも、当事者の仕事がなくなれば会社は必然的に損害を被る。自然と社会的制裁を受ける形になります」(同)。
失言に対しては「一発退場」。ブランドが守るべきこうした姿勢を国民がしっかりと共有して国政選挙にのぞめば、排除すべき無知な国会議員もかなり淘汰できるのだが。
(文:水野龍哉)