小売事業者とブランドの交渉では、これまでは、どの商品を仕入れるか、商品をどこの棚に置くか、そしてどのくらい商品プロモーションを行うかを決定する際は、小売業者の方が常に強い立場にあった。
長年、こうした交渉は続いてきたが、ブランドが小売業者に自社の商品をより多く仕入れてもらいたいと望む一方で、小売業者もブランドに、自社の店舗やオンラインメディアの広告スペースをもっと買い付けてもらいたいと望むようになった。リテールメディアブームがこうした状況に拍車をかけ、交渉の場で、ブランドをより強い立場に押し上げ始めている。
専門家はこうした動きを、変化が遅い業界にとって待望の進化だと唱えている。しかし変化には付きものではあるが、こうした状況が小売業者とブランドの間に新たな緊張感を生んでいる。
「従来のやり方と、現在の、デジタル観点での物事の進め方との衝突なのだ」と、パフォーマンスマーケティング会社Tinuitiのコマース戦略サービスの副社長を務めるエリザベス・マーステン氏は述べた。
古いやり方と新しいやり方の対立
かつてのブランドと小売業者の交渉は、ブランドにとって決して有利なものではなかった。
例えば、小売業者には、どのブランドの商品を、どこの棚やどこの面に配置するかを決定する棚割の権限があり、またブランドが商品のプロモーションにどのくらいの予算を投じるかを、ブランドと小売業者で合意する棚取り交渉もある。
ブランドが、合意した予算を使い切れなかった場合には、いくらかの違約金を小売業者に支払わなければならないケースもある、とマーステン氏は説明した。
「それは、カテゴリーやブランドの規模によって変わる。その小売業者とどのくらいの取引歴があったかなども考慮される」彼女はこのように付け加えた。「交渉には微妙な手口が多い。非常に古いやり方なのだ。」
現在、小売業者は、リテールメディアのサービスを拡充し、測定ツールにもコストをかけているため、スポンサープレースメントを確保するためにブランドが支払う費用も増加傾向だ。
リサーチ企業ガートナーのシニアディレクターアナリストであるグレッグ・カルルッチ氏によれば、リテールメディアのバイイングと計測が、小売業者ごとにプロセスが異なることに対しても、ブランドは不満を抱いているという。
「仮に10社の小売業者と取引している場合、広告費をどの予算から拠出し、小売業者側がそれをどう扱うのか、10の異なるプロセスと分類が発生する」と彼は述べ、「それを内部でどのように評価し、カウントすべきかについて、ブランドはまだ模索している途中だ」と付け加えた。
ネゴシエーション2.0
とは言え、リテールメディアは、競争環境を均一にするのに貢献している。
パフォーマンス・マーケティング・エージェンシー、リプライズ・デジタルのコマースソリューション兼リテールメディア副社長を務めるザック・ワインバーグ氏は、これを長きにわたるブランドと小売業者間の交渉における商慣習の進化だと述べ、この新しい現状を「2.0への進化」と表現した。
「ブランドは常に、小売業者に自分たちの商品をより多く仕入れてもらいたい。一方、小売業者は、ブランドが棚のスペースや陳列面のカバレッジを高め、店内プロモーションの掲出を行うために、より多くのインセンティブを投資してくれることを望んでいる」という。
従来ブランドは、これらの投資の見返りに売上増加率などのごく基本的なデータを受け取っていた。
しかし、リテールメディアを活用した2.0の交渉では、ブランドはクリック数、インプレッション数、店内販売数などとともに、より優れた顧客属性データも受け取れるようになるため、ブランドのリテールパートナーに対する期待は高まっている。
「小売業者は依然、昔の棚割と似たような権限を持っていて、ブランドに一定金額の資金を投資することを求めている」とワインバーグ氏は語った。「しかし、ブランドはその投資で何を得られるのかを、より強力にコントロールしようとしている」
ブランドが求めていることはシンプルだ。つまり増分の計測だ。
「彼らは、リテールメディアへ投資した予算が、もともと購入する意思を持っていた人々を獲得するだけでなく、新たな需要を増加させているという証拠が欲しいのだ。」とワインバーグ氏は説明した。
広告プロダクトの実証
また、小売業者が新しいメディアネットワークの機能を試して、その効果を評価するにはブランドの出稿が必要だ。そのため今は、ブランドがやや優位な立場に立っている。それは、広告サービスやレポート機能で巨大リテール企業に遅れを取っていた、小規模な小売業者も同様だ。
「(小規模な小売業者が)ブランドに『〇〇ドルを投資してほしい』と言うとき、その投資は、彼らが広告機能を構築し、プロダクトの能力を伸ばし続けるために、ほんとうに必要なのだ」とワインバーグ氏は言う。
結局のところ、マーステン氏はこの権力の移行に楽観的だ。彼女は小売業界のことを「遅れた業界」と呼び、小売業界には、黎明期以来、主要なアップグレードとしては決済オプションの進化しかなかったと述べた。
デジタルの属性データにアクセスできるようになり、ブランドは店舗パフォーマンスに関する大量の情報を、これまでより遥かに迅速に入手できるようになった。マーステン氏は、この状況を「起こり得る最大の革新の1つ」と表現した。
「昔はどのように分析を行っていたのか?おそらく山積みの紙の情報をスプレッドシートに転記して行っていたのだろう」と彼女は言い、「今では、数日または数時間でできる作業だ」と述べた。
より均等な競技場
マーステン氏は、詳細な属性データへのリアルタイムなアクセスを、あらゆる規模のブランドの「均等化要因」と呼んだ。
以前は、大手ブランドだけが店舗バイヤーと直接対面することができた。今では小規模なブランドでも、小売業者のセルフサービスオプションを利用して、自社商品の宣伝を行い、交渉でも優位な立場に立てる可能性がある。
「変わらざるを得ないのは小売業者の方だ」マーステン氏は次のように付け加えた。「ブランドは、ますます多くのものを求め続けるだろう」
そして、アマゾン、ウォルマート、ターゲット、クローガーなどの大手小売業者がセルフサービス機能を含め、機能をますます進化させ続ける一方で、小規模なリテールメディアネットワークに対する期待も高まってくるはずだ。
「それによって、リテールメディアネットワークの競争で大きな広告シェアを獲得する小売業者と、それほど多くを獲得できない小売業者に分かれてくるだろう。これまでは実店舗の数や広さで優劣が分かれていたが、それと同じことだ」とワインバーグ氏は語った。