David Blecken
2019年1月31日

大坂なおみ選手の、日清食品にとっての価値

ハイチ系アメリカ人の父親と日本人の母親を持つテニスのスター選手を「白人化」して描いたとして騒動が勃発したが、スポンサーにとって重要な資産であることに変わりはない。とはいえ、スポンサーシップの強化のために、もっとできることはあるはずだ。

全豪オープンの優勝トロフィーを掲げる大坂なおみ選手(Jewel SAMAD / AFP)
全豪オープンの優勝トロフィーを掲げる大坂なおみ選手(Jewel SAMAD / AFP)

現在世界ランキング1位の女性テニスプレーヤー、大坂なおみ選手のスポンサーとなった数々の企業の中で、最も関心を集めたのは日清食品だろう。インスタントラーメンとテニスには何の関連性もない。だがカップヌードルの製造元である日清食品は、他のスポンサー(全日空、日産自動車、シチズン時計など)とは異なり、スポンサーシップにおいて想像力を発揮した。

大坂選手の全豪オープンでの優勝(1月26日)に先立って「白人化」論争が起きるまでは、日清食品には追い風が吹いていた。同社は、大坂選手がこれほど早いペースで世界の頂点に立つと予想する人がほとんどいなかった2016年11月に、スポンサー契約を締結。大坂選手の「世界の頂点を目指し、トッププレーヤーたちと熱戦を繰り広げる姿勢」には、同社のハングリー精神やグローバルで戦う方針と共通するものがあったため、スポンサーとなることを決定したのだと広報担当者は語る。

「日清食品は、賭けに大当たりしたようなもの」と表現するのは、ユナイテッド テンターテイメント グループのマネージングディレクター、文原徹氏だ。大坂選手のポテンシャルを徹底的に分析した上での、計算された賭けであったと推測している。

日清食品はその後、「HUNGRY TO WIN」をテーマに、遊び心を持った施策を展開。最近の作品には、大坂選手と錦織圭選手がテニスラケットの代わりに羽子板で戦う新年のCM、グランドスラム優勝をたたえた色鮮やかな記念パッケージ、ライバルが大坂選手の強さを嘆くパロディーCM、そして今回の騒動の発端となったアニメCM(1月23日に公開停止)がある。件のアニメCMで悪い印象を与えてしまった日清食品は、人々の関心が大坂選手の全豪オープン優勝にシフトした後も、そのチャンスを有効活用できなかった。

日清食品はスポンサーシップを比較的うまく活用しているが、もっと多くのことができるはず、というのが複数のオブザーバーの見方だ。文原氏は、ブランドに「大きな価値」がもたらされたとみており、特に昨年の記念パッケージには感銘を受けた。重要なのは商品との直接的な関連性よりも、スポンサーシップの背景にあるスピリットだという。

だが「日清食品の施策はこれまでのところ、マス広告、ウェアへのロゴ掲出、そしてパッケージでの展開に留まっているようだ」と指摘するのは、CSMスポーツ&エンターテインメントのリージョナルディレクター、ホリー・ミルワード氏だ。日清食品はスポンサーとしての立場を活用し、自分たち自身についてもっと興味深い方法で語ることができるというのだ。例えば、人々が共有する価値(因習を打破しようという姿勢など)にフォーカスしてもいいし、健康的な食生活の提案や、後世に残すべき日本の良さ、あるいは大坂選手と日清食品の共通性でもいいだろう。「我々が知りたいのは、そのような側面なのです」とミルワード氏。「結局のところ、自問しなくてはならないのは『視聴者はなぜこのことに関心を示すのか?』という点です」

大坂選手のスポンサーにとって、重要な鍵となるのは「楽しさとユーモア」だ。大坂選手は「これらの素質をすべて兼ね備えており、今後はそれがますます発揮されていく」とミルワード氏はみている。

また、「そもそもオリンピックを目前に控えたこの時期に、(2020年東京大会のオフィシャルパートナーでもある)日清食品のような日本のブランドが、日本のスポーツの発展に寄与し、レガシーを作ることに貢献するのは素晴らしいこと」とも。創業者・安藤百福が1983年、子どもの健やかな育成にスポーツが重要な役割を果たすと考えて「安藤スポーツ・食文化振興財団」を設立した史実とも、何らかの関連性をもたせて発信することが可能なのではないか、と示唆する。

大坂選手の先週末の全豪オープン優勝に関連して、今から何か仕掛けるのは時機を逸しているかもしれないが、今のような時期は千載一遇のチャンスだとミルワード氏は考えている。「エンゲージメントの波に乗ってインパクトを与えるため、ブランドは迅速に動く必要がある」というのだ。「ファンが何に関心を示すのか、ブランドはアンテナを高く張り、無理やりでない自然なメッセージとして受け取れるよう適切なトーンで語りかける必要があります」。その傑作として、PGAツアーで5年ぶりの復活優勝を遂げたタイガー・ウッズ選手(ゴルフ)をたたえたナイキの広告を例に挙げる。

好機こそ逃したかもしれないが、「白人化」騒動はもっと大事になっていた可能性もある。日清食品の広報担当者によると、大坂選手の肌を白く描こうといった意図は無かったという。また『Aera dot.(アエラドット)』の記事の中で宮崎哲朗氏(写真家)は、「日本人アーティストは黒人の肌の色のつけ方をわかっていない。黒さへの『感覚』がない」と指摘しており、「このスキルを『学ぶ』必要があります」とコメントしている。

確かに日清食品は、この難を運よく逃れることができた。ダイバーシティ(多様性)は今、人々が関心を寄せるテーマであり、大坂選手はそのテーマを強く喚起するアンバサダー的な存在。だが、大坂選手は今回の議論に巻き込まれることを避けつつも、最終的にはスポンサーを擁護したとミルワード氏は指摘する。「日清食品は、騒動の火消しに積極的に動いたわけではありませんでしたが、今後数カ月をかけて体勢を立て直し、2020年東京五輪の開幕へとつなげるだけの猶予があります」

今回の騒動から学べる教訓とは何だろうか? 誤解を招くようなリスクを避けるため、公開に先立ち「これまで以上に慎重に検討していく」と日清食品の広報担当者はコメントする。

アスリートのスポンサーは、自分たちが何らかの問題を起こす可能性も含め、あらゆるシナリオを想定しておく必要があると文原氏は述べる。「これは回避できたかもしれない出来事。今までに積み重ねてきたポジティブな行いも、たった一つのネガティブな出来事によって、いとも簡単に忘れ去られてしまうものです」

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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