マーク・リードCEOの下、新たなビジョンと明確なブランドプロポジションを打ち出す −− その戦略の一環として、WPPがイズィキル氏を新たなCMO兼CGOとして任命したのは1年前のことだった。
ピュブリシスグループで16年間、グローバル・クライアント・リーダーとしてビジネス変革を牽引したイズィキル氏。今度はWPPのクリエイティブ変革の担い手として、グローバル・マーケティング・プランに着手した。
当然ながら、就任以来の主題はグローバルなビジネス成長戦略。メディアとコミュニケーション、ブランドエクスペリエンス、テクノロジー、コマースといった分野でクライアントへの提案を簡素化することだ。
だがあまり知られていないのが、WPPの将来的なビジネス成長とサステナビリティとを結びつけてきたことだ。
「(サステナビリティは)私にとってもマネジメントチームにとっても身近な問題。強い情熱を持って取り組んでいます」と同氏。
学生だった1990年代には、ロンドン大学キングスカレッジで地理学の学士号、同大東洋アフリカ学院ではサステナブルデベロップメント(持続可能な開発)の修士号を取得。この際の論文のテーマは、インド北部のウッタル・プラデーシュ州におけるサステナブルな村の建設だった。今でもこの手の会話には、つい熱がこもる。
WPPに加わった際には、気候変動問題に対応するサステナブルな目標がはっきりと掲げられていたことに「感銘を受けました」。
2018年のWPPのサステナビリティレポートは、以下のような目標を立てている。
- 2030年までに、従業員一人当たりの二酸化炭素排出量を0.41トンとする。これは2017年比で50%減
- 2030年までに、消費電力の50%を再生可能エネルギーでまかなう
- 航空機が排出する二酸化炭素の100%を、炭素クレジットで相殺する
- 2020年までに、社屋の総面積の25%を先進的なグリーンビルディング(環境配慮型建物)の基準に適応させる
サステナブルな目標を掲げることは、大企業にとってもはや目新しいことではない。全ての企業がそうしており、正確な比較は容易ではないものの、いくつかの誓約は共通する。2018年、WPPは消費電力の30%を再生可能エネルギーでまかなったと発表。同様にピュブリシスやオムニコムも、それぞれ33.5%、10.6%と発表した。最終目標の達成にまだ多くの努力が必要という点では、どの企業も一致する。
WPPの施策のいくつかは、実際に進展しているようだ。例えば、グリーンビルディングに適合する社屋の総面積は2018年に21%だったが、新たな目標ではさらにその比率を増やした。
社屋の計画はこれまで全て予定通り実現したわけではないが、今後に関しても極めて意欲的だ。今年はサンフランシスコ、デトロイト、デュッセルドルフ、パリ、マンチェスター、マドリード、ムンバイ、グルグラム(インド)などで建設・着工予定があり、そのほとんどに屋上庭園や緑のスペースが設置される。どれもがLEED(米国グリーンビルディング評議会の環境性能評価システム)やBREEAM(イギリス建築研究所建築物性能評価制度)の高評価を狙う、野心的なサステナブルビルディングだ。
「2021年までに世界中で働く従業員の数は6万4000人になり、オフィスの数は増え続ける。新しい社屋は全てグリーンビルディングになるので、環境面での効果は大きい」
クライアントとのサステナブルな目標
こうした環境保全への様々な取り組み −− 例えばほかに、世界3000 カ所のオフィスで使い捨てプラスティックの使用を2020年までに禁 止することなど −− を世界にしっかりと伝えていくのは、もちろん イズィキル氏の仕事だ。
だが理想は、WPPのサステナビリティとクライアントのビジネス成 長の目標とが合致すること。これこそ、同氏が最も熱心に力を入れ ている部分だ。
「我々のクライアントの80%は、取引先とサステナビリティに関す る議論を積極的に行っている。そのうちの約半数は、その結果を実 際にブリーフやキャンペーンに反映させていると思います。この点は、我々のクライアントの大きな特徴です」
WPPによれば、現在のクライアントとの業務の10〜13%がサステナビリティ関連で、その数字は増えていくと予想する。
「新たなクライアントとは必ずサステナビリティに関して議論を交わし、それをピッチに反映させるべきです。これは非常に重要なこと。サステナビリティを後付けにするのではなく、議論のスタート地点にしなければならないのです」
こうした概念を具現化したのが傘下のメディアエージェンシー、マインドシェアだ。昨年11月には、社会への還元を考えた「#ChangeThe Brief」という取り組みを実施。ユニリーバのような現在のクライアントに向けて、従来的なマーケティング戦略ではなく、サステナブルなブリーフを提案していこうというものだ。
一つのシナリオでは、クライアントに「現在のブリーフ」と「未来のブリーフ」とを用意する。後者では、長期的視点に立ったアイデア −− 例えば、簡単に冷凍化したり、食品ロスを減らしたりできる環境に配慮した食品包装 −− をブランドに提案する。
こうした取り組みは1日だけでも価値があるが、より制度化されたアプローチにすれば、エージェンシーは通常のブリーフ以上のクリエイティブソリューションを提案できる。よりサステナブルなアイデアをブリーフに織り込むことができるのだ。
では、WPPは今後このようなやり方をしていくのだろうか。
「それが私の目標。こうしたソリューションを常に意識していきます。この手のブリーフは規範的になりすぎるきらいもありますが、きちんと理解してくれるクライアントはいるはずです」。
最近のクライアントで環境への取り組みを後退させたり、顧客への奨励を怠ったりするようなブランドは稀だ。サステナビリティを大規模に実現することは大衆行動の変革を意味し、マーケティング・コミュニケーション業界はそれを何十年もかけて「科学」に仕立て上げてきた。
「我々は世界に向けてメッセージを発信し始めたばかり。私は世界を救うため、サステナビリティの修士号を取りました。そしてこの世界に入った。この業界は、世界を変える力があると思います。そして、環境問題で強い影響力を発揮できると信じています」
(文:ロバート・サワツキー 翻訳・編集:水野龍哉)