Shawn Lim
2023年11月30日

生成AIは、若手クリエイターのリスク回避志向を抑えられるか?

若手クリエイターに、より大胆で実験的なストーリーを制作させるにはどうすればいいのだろうか?もしかすると、生成AIが、彼らがコンフォートゾーンから抜け出すための答えになるかもしれない。Campaignの編集者ショーン・リムが私見を語った。

生成AIは、若手クリエイターのリスク回避志向を抑えられるか?

最近、ある有名なエージェンシーのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(COO)と話す機会があった。 

コーヒーを飲みながら、そのCCOは最近エージェンシーで見られる興味深い事象を話してくれた。それは、若手クリエイターの多くがクライアントの保守主義を恐れて、より安全な案を採用する傾向が強い一方で、実は、クライアント側はより大胆で革新的なアイデアを切望しているというのだ。 

面白いですね。 

このテーマは、先週シンガポールのDDBで行われた講演でも語られた。IPA(広告実務家協会)のエフェクティブネス・ディレクターであるローレンス・グリーン氏は、クリエイティブはブリーフに応じて書くのではなく、ブリーフから書く必要があるのだと強調した。 

この言葉は私の心に響いた。ありふれた広告の型を破るには、実験的な試みが必要なのだ。 

生成AIが、現代のクリエイティブシーンで、新たなストーリーを生み出す上で極めて重要な役割を果たすことは明らかだ。そしてそれは、人間の創造性に取って代わるものではなく、それを補強するものだ。知らないことを見つけ出し、もっと深いレベルで共感できるストーリーを創造し、これまでにないやり方で業界につながりを築く。 

例えば、パンデミックによる景気後退は、インドの中小企業に深刻なダメージを与えた。大きな広告予算を使って回復を図ることができる大手企業とは違い、地場の中小企業にはそんなリソースはない。 

このような困難な時期、中小店舗を支援するため、キャドバリーはオグルヴィの協力を得て、2022年に「Not A Cadbury Ad」キャンペーンを実施した。このキャンペーンでは、ボリウッド(インド版ハリウッド)の有名俳優のシャー・ルク・カーンを起用し、その映像をAIで加工し広告を制作できるツールを、何千もの地場の店舗に提供し、好きなキャドバリー商品を宣伝できるようにしたのだ。 

このキャンペーンは、2023年カンヌライオンズでクリエイティブ・エフェクティブネス部門のグランプリを受賞した。 

身近なところでは、私が最近参加した、シングテル、ピュブリシス・グループ、シンガポール経営大学(SMU)共催の、AIを使ったストーリーテリングのワークショップが挙げられる。ここでも、クリエイティブシンキングの新しい波が示されていた。 

このワークショップでは、学生たちはAIツールについて学ぶだけでなく、それを現実世界のシナリオに応用して、シングテルのために詐欺を回避することをテーマにしたビデオストーリーを作成したりするのだ。このワークショップは、単なるアカデミックの実習の場ではなく、若い頭脳がこれまでのストーリーテリングの枠を越えるための、一種のプラットフォームになっている。 

このワークショップに参加していたとき、私は革新的なアイデアの数々を目にすることになった。特に印象に残ったのは、海を漂流していたパンダが、奇跡的に5Gの電波を拾い、携帯電話でヘリコプターの救助を要請するというものだった。 

このユーモラスで既成概念にとらわれない発想は、シングテルの最終選考には残らなかったが、今業界がもっとも必要としている大胆な発想を体現していると感じた。私は受賞した4人の学生にも話を聞いた。こちらもそれぞれ、AIを活用したユニークなストーリー作りのアプローチ方法を語ってくれた。 

著作権の問題があるので、彼らの作品をフルで公開することができない点、ご了承いただきたい。 

フォン・ジー・イェンさんの提出作品

ビジネス専攻の3年生、フォン・ジー・イェンさんは、個人的な経験が彼女のプロジェクトに与えた影響について語った。彼女のストーリーは、インスタグラムで小さなビジネスを運営する彼女自身の課題に触発されおり、オンライン上で人々を保護する必要性について若い起業家たちを啓発することを目的としていた。 

彼女はPika LabsのようなAIツールを使って、水彩画風のコンセプトビデオを作成した。最初の失望から、AIツールを使って12時間かけて見栄えのする作品を作り上げるまでの長い工程は、若いクリエイターの回復力と適応力の証だった。 

同じく最終学年のベリンダ・リアウさんは、詐欺の危険性を訴えるためにホラーをテーマに選び、コメディと融合させてユニークな物語を作り上げた。彼女はアドビ・フォトショップのAIツールと、唇の動きを同期させるためにウェーブAIを活用し、AIがいかにクリエイティブなビジョンを実現できるかを示した。

ベリンダ・リアウさんの提出作品

ビジネス学科2年生のエルビス・ンくんは、チェスの経験と愛読しているSFからインスピレーションを得ていた。彼の映像作品は、詐欺をテーマにしたアイデアを、AIを使って魅力的な物語に仕立て上げており、AIのストーリーテリングの能力を存分にアピールしていた。 

ムハンマド・ガイズチャリー・プトラくんは、最近テイラー・スウィフトのコンサートのようなチケットの販売が急増し、詐欺が横行していることに触発され、インターネット上の取引の危険性についてファンタジーをモチーフに物語を創作した。 

彼は、アルパカ(Alpaca)やフォトショップ画像生成プラグイン、ミッドジャーニーなどのAIツールを使って、ストーリーボードを魅力的なビデオに変え、AIの効率性と創造的自由度の高さを実証した。 

ムハンマド・ガイズチャリー・プトラくんの提出作品

これらの学生たちと話をしていて、AIが、ストーリーテリングとクリエイティビティに変革をもたらしているという共通点が見えてきた。 

学生たちのプロジェクトは、テーマも実現方法も多様ではあるが、いずれも新しい領域を開拓し、異なるジャンルを融合させ、革新的な方法でAIを活用しようとする意欲を示していた。彼らは、AIが自分たちの居場所を奪うことを恐れて、AIの活用を躊躇したりはしない。むしろ、AIは彼らの創造性を高め、自己表現を輝かせるための、もうひとつの武器となっていた。 

これらの作品から思ったことは、生成AIは、若いクリエイターをリスク回避志向から解き放てるだろうか、ということだ。AIツールのセーフティネットは、より大胆で実験的なストーリーテリングのプラットフォームを支えられるだろうか?そして最も重要なのは、エージェンシーやブランドは、このようなクリエイティブな大胆さを育む環境をどうすれば育てられるのか、ということだ。 

AI主導のクリエイティビティの時代を深く掘り下げるにつれて、これらの疑問はますます関連性を帯びてきた。おそらく答えは、まだ語られていないストーリー、まだ受け入れられていない大胆なアイデア、そしてまだ取られていないリスクの中にある、ということだろう。

ショーン・リムは、Campaign Asiaのメディア&テクノロジーの編集者。 

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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