「呪われたオリンピック」。昨年3月、麻生太郎副総理兼財務相は参院財政金融委員会でこのように発言した。1940年、日本は夏季・冬季両五輪の開催を返上。80年モスクワ大会は参加をボイコット。2020年大会は延期となり、「40年ごとに問題が起きた」経緯をこのように表現したのだ。
多くの五輪スポンサーも、決して公に発言しないまでも同じように感じていたことだろう。大会は1年延期となったものの、「ダモクレスの剣」のごとく中止という最悪の事態の可能性は常につきまとい、スポンサー(その多くは日本企業)は当初の計画どころか、修正案すら満足に実行できなかった。トヨタを初めとする最上位スポンサーは健康へのリスクを危惧する国内の世論を重んじ、大会期間中のテレビ広告をすべて中止。国家的危機の最中に利益を追求する姿勢は、消費者に受け入れられないという判断だった。
「トヨタは世間の様々な声に応えて、賢明に行動しました。五輪でテレビCMを流していれば、営利主義の印象を与えたはず」と話すのはエッセンス社日本事業統括責任者の村上公太氏。同社はスポンサーとしての戦略を変更、選手村での移動用に自動運転の電気自動車を提供するなど、「日本発のモビリティイノベーションを披露して公約を果たした」
パラリンピックの期間中、自動運転車が柔道の日本代表選手と接触事故を起こすという不運もあったが、「日本の消費者はトヨタの活動と方針を好意的に受け取りました」。事故直後、豊田章男社長はオウンドメディア「トヨタイムズ」を通してすぐに陳謝、具体的な再発防止策を公約した。「オウンドメディアの効果的活用法を世に示した」と村上氏。
東京五輪は結果的に、従来型広告からの転換という価値あるレッスンをスポンサーに提供したのかもしれない。グレイワールドワイド代表取締役兼CEOの落合由紀子氏はこのように述べる。「今大会は、企業が五輪に対する戦略を再考するきっかけになるのでは。五輪は今後、より無駄のないシンプルなイベントになっていく。スポーツの美徳と選手・国家間の友好や敬意を通してより良い世界をつくり上げるという、五輪当初の理念に戻る契機になるはずです。ですから大会スポンサーの取り組みも、直接的にそうした理念をうたったり、企業活動の正当性や全人類にとっての利益をアピールしたりして、信頼性や互助といった精神を反映するものになっていくでしょう」
電通のチーフブランディングディレクター、緒方玲子氏も同様の見方をする。五輪の開催に反対する声は当初少なくなかったが、次第に国内、特に東京のインフラストラクチャーやアクセシビリティーの改善の契機になるという捉え方が人々の間に広まったという。
「五輪のおかげで、今のデジタル社会のニーズを満たす環境にアップグレードすることができた。ICT(情報伝達技術)インフラストラクチャーは確実に改善しました。東京では様々な層の人々のアクセシビリティーを改善するユニバーサルデザインが増え、異文化や多様性、障がい者について学ぶ五輪向け教育プログラムは人々に新たな視点を与えた。こうした進化を世界に向けて発信する機会は失われたかもしれませんが、我々の生活の中にはしっかりと根付いた」
トヨタもこうしたアクセシビリティーの向上に貢献し、「五輪との関わり方で正しいアプローチを取った」と同氏。その典型例が、五輪に合わせて開発された「ジャパンタクシー 」だという。ユニバーサルデザインを導入し、高齢者や障がい者の乗り降りは容易に。車両が高額のため一部のタクシー会社は導入に消極的だったが、大会に先駆けて国の補助金制度も成立。ハイブリッド車ゆえに環境にも優しく、今では東京の全タクシーの3分の1以上を占めるまでになった。
「こうした五輪スポンサーはすべて、消費者が敬意を抱く一流ブランドです。五輪を利用して認知度を高める必要はなく、目指したのは企業の社会的責任を示すこと。企業ロゴを露出するためではなく、社会を変革し、企業市民として奉仕する機会として五輪を捉えたのです」(緒方氏)
(文:ロバート・サワツキー 翻訳・編集:水野龍哉)