メディアに対する監査という概念は、まだ日本では一般的ではない。ましてやデジタルメディアとなれば、なおさらだ。だが最近の一連の出来事 −− 電通の不正請求問題から、オンライン上のブランドの安全性に対する世界的脅威まで −− を受け、大手広告主はメディア支出がどのように使われたのか、その内訳により高い透明性を求めるようになった。
例えば、業績の著しい改善を果たしたソニー。昨年、同社は初めてテレビメディアに対する監査を実施。今年は全面的なデジタルメディアマーケティングの監査を行った。対象となったのは銀行や保険、更に注目度の高いエレクトロニクス部門まで、12のグループ企業に及ぶ。
デジタル分野の監査を専門とするSPIインタラクティブの土井貴博CEOは、「こうした動きの要因は単一ではなく、むしろ世界的な時流に合わせたものではないか」と語る。ソニーはこの件に関し、Campaignの取材にはまだ応えていない。「ソニーのメディアマネージメントへのアプローチは、日本ではまだ独特です」と同氏。
メディア監査はいまだにニッチなビジネスだ。その理由に、手数料が比較的少ないことや日本のメディア市場の構造の特異性などが挙げられる。SPIの子会社であるSPIインタラクティブも、マーケティングコミュニケーションの最適化を専門とするコンサルティング企業としてこの6月に設立されたばかり。
通常、デジタルメディアの監査はコストとプロセス、そして制作物のクオリティーを対象とする。すなわち、費用対効果の検証だ。電通の過剰請求問題で露見したように、契約と照らし合わせて広告代理店の請求額が妥当か否かというチェックも含め、消費者への効果性も審査対象となる。
日本の大手広告代理店とクライアントとの関係は、「信頼」という礎の上にほぼ成り立っている。よってほとんどの場合、代理店はクライアントに詳細な数字を開陳する義務はなく、マーケターは彼らが正しいことを行なっていると信用するしかない。「ほとんどの人々が、細部をチェックせずに丸投げすることが代理店との仕事のやり方だと考えています」と土井氏。「もちろんどの代理店も、『我々は透明性が低い』などとは言いません。しかし、それを検証する手立てはないのです」。
「大手代理店はテレビ広告のバイイングの不透明なやり方を、原則的にデジタルにも導入しました」。ネスレやP&Gのような国際的企業は、100%の透明性を約束する代理店とのみ契約することで知られる。だが日本の広告主が、両社ほど厳格であることは滅多にない。「国際的な規範に従うよう要求する外資系のクライアントに対しては、代理店は透明性を約束する。二重基準の企業文化があるのです」。
この考えに対し、電通の広報は「クライアントにはおしなべて同レベルの透明性を提供している」と反論する。「特定のクライアントに関する情報は提供できない」としながら、「多くのクライアントとは長期にわたる関係性を築き、提供するサービスの請求に関して明快な説明を行っています」。
土井氏は、国内の広告主は代理店により高い透明性を求めるだけでなく、安全性の低いインターネット環境で自衛のため用いるDSP(デマンドサイドプラットフォーム)の数を減らすべきだと唱える。それは必ずしも、デジタル広告への支出を急激に減らして世界的な先例となったP&Gに追随することではない。きちんと信頼の置けるDSPを能動的に見つけ、それに予算を費やすことなのだ。
国内の広告代理店は、あらゆるデジタルメディア関連の取引で大きな役割を果たしている。ビューアビリティなどに責任を持つべき、と論ずることは理にかなっているだろう。だが土井氏は、こうした問題を解決するためには全てのステークホルダー(利害関係者)に果たすべき役割があるという。
「グーグルは自分たちの担うべき責任に対し、積極的役割を果たしました。ですからブランドは代理店に責任を果たすことを求め、その代わり代理店はDSPにそれを求めるべきなのです。こうしたプロセスを確立させれば、信頼の置けるプラットフォームの数は非常に限られてきます」。
日本におけるデジタル広告への支出は、過去5年で着実に伸びている。今年2月、電通はその額が1兆円(170億米ドル)を突破したと発表した。だがテレビと比較すると、デジタル広告は代理店にとって極めて利益が少ない。土井氏は、こうした状況が不正を誘発するという。「それゆえブランドは、代理店がしていることを自ら学ばなければならないのです。丸投げをして、代理店が誠実に対応しているなどと期待するべきではありません」。
広告主は自らの課題に、自ら責任を負わなければならないのだ。「極めて無知なブランドは、プランニングやバイイングからクリエイティブの作業、データやテクノロジー管理まで全てを代理店に発注します。そして彼らにコミッションを下げろと要求する」。それが非現実的であり、代理店にとって過度な負担となることは明らかだ。そして代理店は −− まさしく日本の文化を象徴するがごとく −− こうした要求に抵抗することはまずないだろう。
このような状況をよりコントロールするために、必ずしも監査役を雇う必要はない。社内でプログラマティックバイイングを行うことも、この段階ではほとんどのマーケターにとって適切ではないだろう。だが作業の見直しを行い、例えばバイイングプロセスでより積極的な役割を果たすことは1つの解決策になる。現在の仕組みを変えるために代理店に“宿題”を課すこともできるが、それは彼らに時間を浪費させるだけだ。「報告書の作成に代理店が費やす時間は膨大なものになってしまう。ブランドは自ら明確な数字を把握できるように、“ダッシュボード”を作ることにお金をかけるべきです」。
「ブランドがプロセスの改善により時間を費やせば、代理店はプランニングやクリエイティブワークといった本来の業務に専念できる。その方がずっと生産的です。多くのブランドは代理店にデータを保有させたままにしているので、ツールを使って自らデータを集めるべきでしょう」
データ管理の上でグーグルやダブルクリックといった企業と直接契約を交わすことも、代理店に発破をかける意味でブランドにとっては1つの選択肢だ。実際、そういう企業が今後増えるのではなかろうか。
土井氏は、長期的見通しについては楽観的だ。この1〜2年のうちに、インタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー(IAB)が設定した国際基準が日本でも効力を発揮するだろうと予測。デジタルメディアを改善しようと苦戦しているのは、決して日本だけではない。P&Gはデジタルメディアに厳しい視線を向けているにもかかわらず、全世界のメディア予算の約3分の1をデジタルに割り当てている。だがマーク・プリチャードCBO(最高ブランド責任者)は、実際に消費者にリーチするのはその4分の1ほどと見積もる。とにかく今は、日本のマーケターがデジタルへの関心をより強め、その改善に大きな役割を果たすべきときなのだ。土井氏が指摘するように、「デジタルの試用期間はずっと前に終わっている」のだから。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)