電通イージス・ネットワークのメディアエージェンシーであるDentsu Xにとって、2019年は激動の1年であったが、スーパーヒーローに救われた形となった。4月に同社はウォルト・ディズニー社と共に、映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』公開に合わせ、クアラルンプールの空にアベンジャーズのアイコンやキャラクターを、300基のドローンで描いた。
このイベントは口コミとソーシャルメディアによって広まった。予算投下なしにも関わらず、リアクション8,400件、シェア2,300件を生み出し、映画と登場キャラクターへの口コミを高い費用対効果で起こすことに成功した。
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Dentsu Xは、価格に対するクライアントからの圧力と、2018年の収益減少という2つの課題に立ち向かうため、独創的なテコ入れによる復活劇が期待されていた。そして2019年、同社のリーダーシップはたびたび変わることとなる。
電通イージス・ネットワーク(DAN)は2019 年1月に再編され、Dentsu X、カラ(Carat)、ビジウム(Vizeum)などは「ワン・シンガポール・メディア・グループ」に統合、ジョナサン・チャドウィック氏(カラ)が代表を務め、フィル・エイドリアン氏(Dentsu X ジェネラルマネージャー)がサポートしていくこととなった。数カ月後にチャドウィック氏が退くこととなり、エイドリアン氏の上司としてオードリー・クア氏が就任。DANのメディア事業をアジア太平洋地域で牽引していく人選としてクア氏は適任だったが、エイドリアン氏の役割は、Dentsu Xの育成から、DANのメディア&パフォーマンス事業全体のマネジメント、DANのクリエイティブ部門を率いることへと変わっていった。今年1月にクア氏が退くと、プレルナ・メロトラ氏が後任に就いた。
B+:Dentsu Xのビジョンは、エクスペリエンス主導の統合型エージェンシーになること。2019年の成果は、厳しい環境下においてこのビジョンを、根気よく実現してきた証だと考えています。 |
それでも、エイドリアン氏はDentsu Xのブランドや、その浮き沈みを最もよく知る人物だ。同社は2018年、離職率が高くなり、主要顧客を失うなど下降線をたどった。そのため2019年は、厳しい環境下において安定した事業基盤を取り戻すことが命題であった。同社は差別化のため、DAN内とコラボレートしながら、データ分析力にフォーカスしている。
Dentsu Xはアジア(アップフィールド、ゼネラリ保険)
タイ(フリースランド・カンピナ)、豪州(オーストラリア労働党)などでクライアントを獲得し、新規事業の収益成長は横ばいを続ける。同社によると、顧客の9割以上を維持しているという。だが、離反していったクライアントの中には、豪州のグッドガイズ(家電小売)や、シンガポールでiPhone XSの購入のために並ぶ人たちに仕掛けたマーケティングが話題となったファーウェイ(通信機器メーカー)も含まれる。
2019年も引き続き光彩を放つのが、レキットベンキーザー、Oppo、ホンダなどのクライアントを抱えるインドだ。さらにマルチ・スズキからも、3000万米ドルもの契約をコンペ無しで獲得。ディヴィヤ・カラニ氏が率いるインド事業は、過去5年で5倍に拡大した。
前述したクアラルンプールでのアベンジャーズのキャンペーンや、iPhone XS発表日にシンガポールで実施したファーウェイのキャンペーンのような、エッジの効いたクリエイティブがDentsu Xの強みだ。親会社からクリエイティブの人材を集め、斬新なアイデアを提案に盛り込んでいる(下記枠内を参照)。
ファーウェイの企画はニューヨークフェスティバルで高く評価されたものの、他のメディアエージェンシーと比較すると受賞数は見劣りする。だが、これはあくまでも作品が評価されたから受賞したのであって、同社は賞獲得そのものを戦略にしていない、とエイドリアン氏は主張する。
エッジの効いたクリエイティブに加え、若手クリエイターのためのスキル向上トレーニングプログラムも用意されている。かつての日本の寺子屋のような形式でラテラルシンキングを学ぶプログラムもあり、その名称はコミック/映画のタイトルをもじった「Mutant dX Men」なのだとか。
イノベーティブなキャンペーンとして2019年に注目を集めたのは、台湾で人気のピザハットとケンタッキーフライドチキンが初めてコラボレートした、メンバーシップカードのアプリ。消費者は前払いやカードを使わなくとも、両社の店舗で特典を活用できるというものだ。
グーグルのカスタマーマッチを使ったこの企画によって、モバイル向けの動画や音声コンテンツのコストは最適化され、露出量は3倍に増えた。Dentsu Xによると、クリック率(CTR)は最大で430%向上、ブランドへの好意度も80%向上したという。
しかしながら2019年は、Dentsu Xが新しい強みを導入したというよりは、既存のリソースを発展させた年といえよう。その例が50市場で40万人ものパネルデータを持つ消費者リサーチツール「M1」、消費者を中心に据えたプランニングフレームワーク「MAP」、オフィス横断型のプランニングを支援するメソッド「X5」などだ。
スタッフの離職率は全体で26%と横ばいだ(リーダー層が相次いで退職したにもかかわらず)。だが同社は社内のエンゲージメント向上のため、一連のワークショップを開始し、企業風土、ネットワーク内での連携、作業プロセスなどにおいてアイデアやイニシアチブを活性化していく。これらのワークショップから生まれたアイデアは、同社の経営委員会においてプレゼンされる。
社員の声を反映していくことには大賛成だが、女性やメンターシッププログラム以外には、ダイバーシティ関連のイニシアチブにさほど重点が置かれていないように見受けられる。
デザインによるインテグレーション
トヨタ
(Dentsu Xは主要クライアント10社を公表していない。Campaignは公的情報源をもとにリストを作成した) 中国での事業拡大
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(文:Campaign Asia-Pacific編集部、翻訳・編集:田崎亮子)