ケーススタディ:大企業を救った「ハッシュタグ」

100年の歴史を誇る豪州の老舗果物加工会社、SPC。輸入品に押されて会社存続の危機に直面したものの、ソーシャル・メディアを有効活用、起死回生の「大逆転劇」を生んだ。

(SPC)
(SPC)

キャンペーンに関して
ブランドを所有する会社:SPCアードモナ
ブランド:SPC
広告代理店:レオ・バーネット・メルボルン
国:豪州
業種:コンビニエンスストア、食品、果物、野菜
使用されたチャネル:PR、ソーシャル・メディア、口コミ

キャンペーンの趣旨

SPCは、何千人という従業員を擁する豪州最大の果物加工会社だ。このケーススタディーは、状況に応じた柔軟なプランニングが市場や小売業者、大企業、政府などにもたらす絶大な効果を実証している。
2014年初頭まで、この豪州を象徴するブランドとそこに勤務する何千人もの従業員、その家族たちは、非常に深刻な事態に直面していた。国内の消費者は豪州産であるSPC製品に見向きをせず、安価な輸入品を選んでいたため、同社の売上は3年連続で減少。財政支援が必要な状況にまで陥っていた。
このキャンペーンのプランニングは、通常のアプローチとは全く異なっていた。プランナーには時間も予算も与えられず、クライアントからのブリーフも一切なかった。分かっていたのは、SPCが危機的な境遇に置かれているということだけ。そんなとき、ごく普通の母親がたまたまツイートした文が、一気呵成でソーシャル・キャンペーンを畳みかけるきっかけとなった。
「#SPCSunday」が訴えかけた「自国文化の危機」は、国民の多くの支持を集める突破口となり、結果としてSPCを救済することになったのである。

背景

豪州の産業は危機に直面していた。安価で生産された輸入製品が豪州産品の何分の1という値段で市場に溢れ、その脅威は多くの国内製造業者を資金のやり繰りもままならないような状況に追いやった。大手自動車会社を含む複数の企業は操業停止もやむなしと発表し、国内製造業は壊滅寸前かという様相を呈していた。
国内の缶詰市場におけるSPCのシェアも縮小していた。競争の激化に加え、ごくありふれた日用品である缶詰を他の製品と差別化するのは至難の業だった。
このキャンペーンで成し遂げなければならない目標は、操業停止が数ヶ月先に迫っていた同社の救済だった。同社にとって生き残りのための最善策は政府からの財政支援を仰ぐことだったが、そのためにはまず救済措置に値する企業であることを示さなければならない。そのためのメディア予算は、わずか2,000豪ドルに満たない額だった。

「思い」を「運動」へ

定性調査やデータ、ソーシャル・リスニングなどは全て、豪州人がSPCブランドに強い親近感を抱いていることを示していた。だが、豪州産品が良いと答える一方、人々が安価な輸入品を買い続けていたことも事実だった。SPCには値下げの余地はなく、人々の購買行動を変えるような説得材料が必要だった。
豪州のメディアやソーシャル・ネットワークでは、SPCの窮状が盛んに報じられていた。SPCブランドに対する人々の長年の愛着心を思えば、ソーシャル・メディアが基盤となってそれを結集し、力に変えていけることは明白だった。豪州人は大手企業から発信されたメッセージには懐疑的だが、弱い者は熱く応援する。SPCは、同社のいずれかの製品を購入してブランドへの支持を表明してほしい、と全国に訴えかける戦術をとった。

キャンペーンの実行

ソーシャル・メディアへの書き込みが増えていく中、1人の平凡なオーストラリア人が立ち上がった。ニューキャッスル在住の母親であるリンダ・ドラモンドさんが、#SPCSundayというハッシュタグを立ち上げ、毎日曜にSPC製品を食べて同社をサポートしようと友人たちに呼びかけたのだ。
リンダさんのツイートは、SPCに愛着を抱く人々の力を束ねる絶好の機会だったが、残された時間は数日しかなかった。そこで広告代理店は、リンダさんのハッシュタグを全国キャンペーンへと転換した。これを成功させるには多くの人々の心を瞬く間に捉え、取り組み自体を活性化しなければならない。大海の一滴である一人の声を、何千人もの声として速やかに広める必要があった。

真実味のある「声」

リンダさんは、SPCを愛するごく普通のオーストラリア人を代表するスポークスパーソンになった。成功のカギは、草の根運動として心に響くような、真実味のある「トーン」だった。
対応は96時間、ノンストップで続いた。リアルタイムのソーシャル・メディア対応チームが状況に応じたプランニングで、#SPCSundayへの投稿やSPCブランドのコンテンツ制作を手がけた。さらにツイッターやダイレクト・メッセージ、フェイスブックも駆使し、中心的なステークホルダーを取り込んでいった。個々のメッセージは大衆の声を集約し、看過できないほどの大きな力にした。セレブや政治家もこの話題を取り上げるようになり、メディアも放っておけない事態になったのである。

ビジネス的・社会的効果

#SPCSundayは4日間のうちに国内の半分に浸透し、数百万ドルの価値に相当するアーンド・メディアとなった。さらに特筆すべきは、人々の行動にも変化をもたらしたことだった。このキャンペーンによってSPCは過去2年間で最長・最高の連続的成長を遂げ、同社の歴史的低迷は一転、史上最高の売上を記録するまでに至った。市場のシェアも2010年の水準にまで戻したのである。
この「大逆転劇」と人々の声の力は、政府の立場をも変えてしまった。SPCの支援はしないと公言していた政府が、一転して1億豪ドルの資金援助を決定したのである。

その教訓

#SPCSundayの成功は、新しいプランニングの可能性に光を当てた。すなわちそれは、リアルタイムにソーシャル・メディアを活用する、状況に応じた柔軟な戦略的アプローチである。このキャンペーンを手がけたチームが戦略的な機会を掴みとり、即時の反応を結集したスピードの速さこそ、成功のカギとなった。
#SPCSundayは、ソーシャル・メディアを明確な目的をもって戦略的に活用すれば、リサーチやメディア、制作に大きな予算をかけなくても強烈なインパクトを生み出せることを証明したのである。

(文:イローナ・ジャナシヴィリ、アレクサンドラ・キャロル 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

このケーススタディは、ロンドンに拠点を置くマーケティング・インテリジェンス・サービス会社WARCのご厚意により、キャンペーン・ジャパンに提供されました。

提供:
Campaign Japan

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