3月12日、ミュージシャンで俳優のピエール瀧(本名・瀧正則)容疑者が関東信越厚生局麻薬取締部に逮捕された。数か月に及ぶ内偵捜査が行われ、薬物検査で陽性反応が出た上での結末だった。その後、同容疑者は20代からコカインを使用していたと自白。この事件が報道されると、各ブランドは迅速に処置を下した。
住宅大手設備LIXILは「許し難い行為」とし、瀧容疑者が出演しているCMの放映を即座に中止。他社もこれに続き、過去にさかのぼって同容疑者が出演する作品の販売・配信を停止した。
セガゲームス、ウォルト・ディズニー・ジャパン、NHKは瀧容疑者が出演しているコンテンツ(既存のもの、未発表のものを含めて)から同容疑者を「抹消」。セガはコンテンツの中の同容疑者の声を除去する徹底振りで、NHKは予定されていた番組の見送りを決めた。NHKは今月19日に「インディ・ジョーンズ / 最後の聖戦」の放映も取りやめたが、ある観測筋によると、この映画には麻薬の過剰摂取で死亡したリヴァー・フェニックスが出演しているからだという。
またソニー・ミュージックレーベルズは、瀧容疑者が所属するバンド「電気グルーヴ」関連の商品の自主回収とデジタル配信を停止。これに対し音楽家の坂本龍一氏は「音楽に罪はなく、ミュージシャンの型破りな行動とは区別されるべきだ」と痛切に批判した。瀧容疑者を「悪魔」のごとく扱うメディアに疑問を呈する声はほかにも多く、坂本氏に賛同して「アーティストが麻薬を使用したからといってその作品が非難されるべきではなく、麻薬中毒者を他の犯罪者と同等に扱うのは社会的観点から見て無益」と唱える。
警察のリソースはセレブリティーがオフの時間に何をしているか監視するよりも、もっと有用な目的に使われるべきだろう。だが瀧容疑者のような著名なキャラクターの逮捕は、「それ自体が警察のPRキャンペーンになる」というのは東京の匿名希望のPR業界観測筋。いわゆる「犯罪者」を捕まえることは警察が機能していることを証明し、その一方で薬物使用に強い警告を発するメッセージとなるからだ。
法律的観点とは別に、瀧容疑者がブランドやメディアから受けた扱いは妥当なのか。麻薬取締法違反はどちらかと言うと軽犯罪だ。これに対し複数の業界筋は、「答えはイエスであり、ノー」。「広告主はマーケティング投資のリスクを減らすため、当事者と関係を絶つ権利があります」というのはピュブリシス・ワンのチーフ・ストラテジー・オフィサー、安藤正弘氏。
「セレブリティーはブランドが反映するさまざまな価値観を具現化してくれるからこそ、ブランドは関係を結ぶ」というのはハバスの北アジア地域担当バイスチェアマンのスティーヴン・コックス氏。「そうした価値観は彼らの作品によっても表現されますが、ライフスタイルによっても表現される。瀧容疑者が認めた行為はどのようなブランドにとっても受け入れられるものではなく、ブランドは関係を断つべきでしょう」
「ブランドとして、犯罪者をサポートしているというイメージは決して好ましいものではありません」というのはマッキャン・ジャパンのエグゼクティブプランニングディレクター、松浦良高氏。
過去に麻薬を使用した海外のミュージシャンは今でも日本で人気が高いが、瀧容疑者に対する措置は麻薬が大目に見られていた時代が変わりつつあることを示す。「デジタルテクノロジーの時代である今、企業はコンプライアンス(法令遵守)をより厳格に守っていく必要がある」と松浦氏。「メディア環境が著しく変化し、ソーシャルメディアがブランドに大きな影響を与える今の時代、セレブリティーを取り巻く環境はビートルズ時代のそれよりも厳しいのです」。
それはセレブリティーにとって、違法行為イコール「抹殺」を意味するのだろうか。ある匿名希望の情報筋は、瀧容疑者に関連する過去のコンテンツを回収することは「行き過ぎ」という。だが反対に、古いコンテンツでもオンラインで見ることができれば「ブランドにとってネガティブなイメージを生む危険性がある」という意見も。「彼の人気を利用していたスポンサーが、ブランド名を冠して登場している彼のイメージを削除することは正しいでしょう。私がクライアントの立場でもそうします」と安藤氏。
だが、アーティストとしての既存の作品にまで同じ措置が必要だろうか。関係解消を図るメディアブランドには、異なるルールが求められるだろう。「彼をフィーチュアした曲を放送禁止にしたり、電気グルーヴのCDを販売中止にしたりするのは過剰反応。間違った対応です。ファンやオーディエンスは、彼らのコンテンツを楽しむ権利がありますから」と安藤氏。
その一方で、まだ未発表のコンテンツから瀧容疑者を抹消することは、「世間からの苦情を避ける上で理にかなっている」というのは匿名のPR業界観測筋。報道ではソニーの措置以降、電気グルーヴのCDはオークションで高値が付けられているという。また東映は、瀧容疑者が東京五輪組織委員会の元会長役で登場する映画「麻雀放浪記2020」を4月5日から公開する予定だ。同社は記者会見で、「個人の行為でこのプロジェクトに関わった全ての人々の努力を無駄にすることは間違っている。芸術作品は別物として考慮されなければならない」と言明。オーディエンスの意思を尊重し、既に前売券を購入していても映画を見たくない人には払い戻しに応じるとしている。
瀧容疑者個人のブランドには、傷がつかないのだろうか。完全復帰を果たすのは難しいだろうが、不可能ではないはずだ。「たとえ社会的地位を築いていたとしても、犯罪者と認知された人が社会的信用を取り戻すのは、日本では西洋に比べ非常に難しい」と松浦氏。麻薬犯罪は、社会復帰が比較的容易な「不倫などの不適切行為とはまったく異なる」とも。またPR業界観測筋は、「犯罪の種類による違いはほとんどないでしょう。法律を一度破ってしまった人は、過去のステータスを取り戻すのに非常に苦労します」という。
罪を犯した者が再び社会に受け入れられるには、「誠実さと率直さが大事」(安藤氏)。「一般的に、日本は犯罪者に対して過剰反応する傾向があります。しかし罪を認め、過ちを悔い、償いを誓った者に対しては寛容です」。
「瀧容疑者は必ず社会復帰できると思いますが、麻薬を拒絶する姿勢を長期にわたって示すことが重要でしょう。実直に自身を引き合いに出し、積極的に薬物乱用撲滅キャンペーンに参加するなどの行動が求められる」(コックス氏)。「そうすれば、勇気あるブランドがおそらくまた彼を起用するのでは」。
「前代未聞の措置」
麻薬に対する日本の厳格な姿勢は、同じように先進市場である米国などのそれとは幾分異なる。もし同様のケースが米国で起きたらどうなるのだろう。「全てのブランドとは言いませんが、いくつかはまったく異なる対応を取るでしょう」というのは、ワシントンDCでレピュテーションマネジメント(評判対策)を専門とするパープル・ストラテジーズ(Purple Strategies)社のマネージングディレクター、パトリック・パーマー氏。
「ディズニーのような同族経営の歴史が長い会社は同じような対応を取るでしょうが、他の企業であればすぐに関係を断つようなことはしないでしょう。薬物使用は犯罪行為ですが、多くの人々は完治が可能な病で、他の精神的疾患に近いと見ている。ですから麻薬で起訴されたセレブリティーと突然関係を断ったり、厳しい措置を取ったりするようなことは米国ではないと思います」
米国では薬物使用は非常に身近で、セレブリティーは「いつもリハビリを繰り返している。米国人は贖罪のストーリーが好きなのです」。その好例として挙げるのが、俳優のロバート・ダウニー・Jrやチャーリー・シーン。薬物依存症だったことは誰もが知っており、それを克服した後に両者とも成功を収めた。それゆえCD出荷やデジタル配信を停止したソニーの措置は「前代未聞で信じ難い。非常に多くのアーティストが薬物と関係していることは周知の事実ですから」。
それでは、ブランドにとっての最善策とは何か。「それはブランド次第でしょう。ブランドの価値観、ステークホルダー(利害関係者)の価値観、そしてこうした行為に対してどれだけ寛大でいられるかといった要素が問われます」。加えてこうした点も強調する。「麻薬中毒という窮地にある当事者をパッと切り捨てるような早急な措置は、逆に企業にとってリスクになる可能性がある」。
これとは対照的に、性的な不適切行為や人種差別的発言・行為に対しては「たとえ犯罪行為と見なされなくても、大概の場合ブランドはずっと寛大」と指摘する。
セレブリティーと協働することは「何かが起きる可能性がある、と理解しなければなりません。つまり、リスクに対する心構えが必要」。「携帯カメラの時代には、どんなセレブリティーでもブランドのイメージを傷つけるような行為が暴露される可能性があります。その一方で、毎日ニュースは目まぐるしく変わり、こうした事件もすぐに忘れられてしまう。諸刃の剣なのです」。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)