APACで強い影響力を放つ50人のマーケターを選ぶパワーリストは、2018年からスタートした。現在はツイッター社との共同企画だ。
この1年、新型コロナウイルスのパンデミックで消費者行動は目まぐるしく変わり、マーケターは迅速な対応が求められた。ブランドに求められたのは、より高度なサービスとデジタルエクスペリエンスの提供だ。チーフマーケティングオフィサー(CMO)は、消費者とのエンゲージメントの再構築にかつてないほど注力。そんななか、確固たる方針を掲げ、ブランドを牽引したのがこの50人だ。
「APACの優れたマーケターを選出する我々のプログラム『#LeadersForGood』を、再びCampaign Asia-Pacificと協働できたことは実に喜ばしい。先行きが不透明だったこの1年間、これらのマーケターはリーダーシップを発揮してインパクトの強い戦略を実行し、ブランドに優位性を生み出した。困難な年に、積極性と明確な目標で業界や消費者にインスピレーションを与えたのです。50人の皆さん、おめでとうございます。皆さんがさらなる創造性を発揮し、活躍されることを期待します」(ツイッター東南アジア担当マネージングディレクター、アービンダー・グジュラル氏)
今回選ばれたマーケターたちは、単なるブランドの「守護者」ではない。消費者と真摯なコミュニケーションを図り、独自の戦略でエンゲージメントを高めることに成功した。彼らには今後、APACのトップCMOとしての立場から、自社内のDEI(多様性、公平性、包摂性)の向上にも一層励んでいただきたい。
50人のうち、約半数は今年初めて選ばれた面々だ。そして、女性は24人を占めた。APACの13市場、食品から通信、ビューティーから銀行まで幅広い業種から選ばれたマーケターの全リストは、こちらから。
では、そこに名を連ねた日本人マーケター3名をご紹介しよう。
足立光
ファミリーマート エグゼクティブディレクター、CMO
今回初めてベストマーケター50に選出された足立氏は、2015年から18年まで日本マクドナルドのCMOを務めた。この時期に打ち出した数々のキャンペーンで実績を上げ、昨年10月、ファミリーマートの初代CMOに就任した。
同氏の活動は多彩だ。ブロガーであり、本を著し、マーケティングを語り合うサロンを主宰する。キャリアをスタートさせたのはプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)。その後コンサルティング会社などを経て、ドイツの化学・消費財メーカー、ヘンケルジャパンへ。同社では約10年間勤務し、グローバル・バイスプレジデント(VP)にまで昇りつめた。
だが何と言っても、業界で名を馳せたのは日本マクドナルド時代だろう。当時、同社は異物混入問題やインストアエクスペリエンスの質の低さで業績不振に陥っていた。それを短期間のうちにV字回復させたのが足立氏だ。
成功の秘訣の1つに挙げるのは、「楽しむこと」。ブランドとして初の「ポケモンGO」とのコラボレーションは、ちょっとした社会現象になった。新商品の名を初めて公募し、期間限定で販売したのが「北海道産ほくほくポテトとチェダーチーズに焦がし醤油風味の特製オニオンソースが効いたジューシービーフバーガー(仮称)」。生姜焼きバーガー「ヤッキー」を発売した際には、『スタートレック』のパロディー版4D映画『ヤッキー・ザ・ムービー』を公開した。
ブランドエクスペリエンスも同様に重視する。「楽しさをマーケティングで打ち出せば、消費者は店に行こうと思ってくれるでしょう。でも店が清潔でなければ、その消費者はネガティブな印象を受けるだけ。ビジネスにはプラスになりません」。
マーケターの役割として挙げるのは3点。1つは、消費者の心をつかむアジテーター。2つめは、企業のビジネスを活性化させるプロデューサー。そして3つめが、成功を持続させるメカニズムを生むマネージャー。「持続的な取り組みなしでは、企業は成長できません」。
日本マクドナルドを退社後、ポケモンGOなどのゲームを開発したナイアンティック社のAPACプロダクトマーケティングシニアディレクターに就任。だが、2年足らずで離職した。その理由は、「パンデミックで自分が携わる予定だった大規模プロジェクトが延期となり、報酬に見合う貢献が会社にできないから」。
「これまでの実績にあぐらをかくつもりは毛頭ありません。ファミリーマートに魅力を感じた理由の1つは、新たな挑戦ができると考えたから。常に自分自身をアップデートして新たな知識や経験を身に付けないと、これまでの実績も劣化してしまいます」
「これまでファミリーマートのような大きな企業(アジアの8市場で2万5000店舗を展開)で仕事をした経験がないので、今回の転職は大失敗に終わるかもしれない」と冗談交じりに話すが、そうならないよう入社早々にリクエストしたのが店舗での実習だった。「小売の現場を理解して、どのような戦略が機能するかを見極めるためです」。
河野奈保
楽天 常務執行役員、CMO
日本最大のeコマースプラットフォーム・楽天で着実に実績を積み重ねてきた河野氏は、昨年に続きベストマーケター50に選ばれた。同社在籍は18年。2013年に36歳で最年少女性役員に就任、2017年にはeコマース事業のトップとなった。創業者の三木谷浩史氏以外がeコマースの指揮権を執るのは社内で初めてのことだった。
2019年にはモバイル事業の開始に先駆け、楽天モバイルのCMOに就任。楽天は2014年からバーチャルプリペイドカード事業に携わるが、河野氏は昨年11月、フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューに応え、「モバイルネットワークの構築はショッピングやコンテンツ、オンラインバンキングといった楽天の他のサービスとの相乗効果がある。セットでの商品販売が可能になり、広告事業のデータ強化にもつながる」と語っている。
だが、その課題は顧客拡大。楽天は2020年第3四半期だけで楽天モバイルに918億円を投資しており、その成否は河野氏の双肩にかかる。
モバイル事業の躍進をこれまで支えてきた同氏。データ量無制限・単一料金といったシンプルかつ手頃なプランで消費者から支持を獲得し、昨年10月にはクラウドベースの5Gサービスを日本の主要都市で展開すると発表。適切なデバイスを持つユーザーなら追加コストがかからない仕組みだ。さらに今年4月、新規顧客獲得の目玉策としてiPhone12の販売を発表。「国内で最もリーズナブルな料金に設定する」とうたう。
また、既存の顧客にモバイル以外のサービスを推奨する(逆に、モバイル以外のサービスを利用する顧客にはモバイルを勧める)「横断型プロモーション」も牽引。楽天モバイルの利用者になると、楽天カードや楽天銀行もシームレスに利用できるサービスだ。楽天市場が行った昨年12月のスーパーセールでは、楽天モバイルの顧客に多くのポイントを与えるキャンペーンを実施。2020年度第4四半期決算説明会では、「楽天のサービスを2種類以上利用する顧客の比率は前年より増加した」と発表した。
楽天モバイルの累計契約申込数は、5月1日時点で400万契約を突破している。
舛田淳
LINE 取締役、チーフストラテジーアンドマーケティングオフィサー
日本とタイで最も人気のあるソーシャルネットワーク、LINE(ライン)。そのLINEで出澤剛CEO、シン・ジュンホ共同CEOとともに「三頭政治」の一角を担うのが戦略・マーケティング責任者の舛田氏だ。同社でのシニアエグゼクティブとしてのキャリアは13年近くに及び、今回初めてベストマーケター50に選ばれた。
ソフトバンクグループと韓国のネイバー(Naver)を親会社に持つLINEにとって、今年は重要な節目の年になった。3月、ソフトバンクグループ傘下でヤフージャパンの持株会社であるZホールディングスとの経営統合を発表。ネイバーは年次報告書の中で、「この統合でLINEとヤフージャパンのユーザーの大幅拡大が見込める」とうたった。それを促すため、ソフトバンクは5000億円の投資と5000人のAI技術者を雇用し、「世界市場での競争力を高める」と発表。Zホールディングスの取締役・専務執行役員に就任した舛田氏は、その中心的役割を担っていく。同氏はLINEに入社する前、検索エンジンサービスのバイドゥ(百度)でプロダクトとマーケティングの責任者を務めていた。ヤフージャパンとの合併で、再びその経験が生きることだろう。
LINEは舛田氏の入社以来、著しい成長を遂げた。メッセージアプリとして日本でスタートしたのは2011年。今や日本の人口の68%に相当する8600万人のユーザーを擁し、国内最大のソーシャルプラットフォームになった。その主因は、中国のウィーチャット(WeChat、微信)や韓国のカカオトーク同様、ニュースや銀行取引、ヘルスケアといった総合的な「万能アプリ」に進化したこと。年次カンファレンスでは、舛田氏は子会社のLINEベンチャーズやLINEミュージック、LINEチケットのディレクターとしての責務も全うした。
国外での成長も目覚ましい。タイでは最も人気の高いソーシャルネットワークで、台湾では3位につける。ネイバーの昨年の年次報告書によれば、日本と東南アジアにおける月間アクティブユーザー数は1億6500万人。世界では1億8200万人に達する。
(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)