「従来型の広告ビジネスは予想以上に不振」 −− ピュブリシスグループがこの声明を発表すると、同社の株価は15%も下落した。この事態はWPPやオムニコム、インターパブリックといったライバル社の株価にも影響。難局の中、今後どのように業績を維持していくのか。グローバル・チーフ・エグゼクティブであるサドーン氏に問うた。(同氏の発言は編集・要約してあります)
広告持ち株会社の現況をどのように見ますか?
音楽業界が15年前に経験した状況に近いでしょう。当時の音楽業界は、「どれだけ迅速にCD販売からストリーミングプラットフォームへのモデルにシフトできるか」という課題に直面していた。ストリーミングサービスを今の広告業界に置き換えるなら、大規模なパーソナライゼーションにほかなりません。広告主は皆、メディアの進化やその速度にどう対応するか苦慮しています。
持ち株会社にとって、今年最も大きな脅威は何でしょう?
「持ち株会社」という捉え方は既に過去のものです。我々ピュブリシス はもうそのような概念を持ち合わせていません。「持ち株会社は死んだ。これからは力を結集して一つの会社として機能していく(Power of one)」 −− 2016年にこうした考え方を宣言しました。
ブランドでインハウスの傾向が強まっていることをどう思いますか?
大歓迎です。インハウスはより大きなエコシステムの中で我々のサービスを補完する機能だと考えます。我々はクライアントが生み出し得ない価値の高いサービスを提供できる。つまりクリエイティビティーや「錬金術」、スケール、多様性です。ですので、インハウスは決して脅威ではありません。更に、業界におけるピュブリシスの主導的立場、データやテクノロジーに関するツールの幅広さ、人材の多様性……こうした特徴はインハウスではなかなか持ち得ない。ですから我々はクライアントに恩恵を与えられるのです。
メディアの透明化への取り組みは、クライアントにとって納得できる規模で行われていると思いますか?
ピュブリシス では伝統的に、企業倫理の中心に信用と透明性を置いてきました。クライアントからの信用は我々にとって最大の資産であり、これはいかなる代償を払っても守っていかねばなりません。厳然たる事実を直視し、明快な行動をもってクライアントをサポートしていく。これは第二の天性とも言うべき、我々の企業文化の一部です。
利害相反を生み出すようなメディアにおけるアセットを、我々は保有していません。バイヤーとしての活動は限られたものであり、こうしたサービスを求めるクライアントとは厳格な取り決めを行い、そのルールに従って活動しています。全米広告主協会(ANA)のレポートが公表された後、我々は40回以上の監査を受けました。その結果は全て肯定的なものでした。よってクライアントとは、以前にも増して強固な関係を保っています。
また、ビジネスモデルやコスト構造、オプトインに関する提言をクライアントに積極的に行うことで、コラボレーションの改善にも常に取り組んでいます。こうしたアプローチをクライアントは高く評価し、我々の成功の中で大切な役割を果たしています。
昨年のピュブリシスグループの実績で、最も期待外れだった点は何でしょう? また、それへの取り組みは?
各チームやプロジェクトでせっかく良いピッチを提案しても、決して受け入れられないような予算を提示され、最終段階で逃したものがあった。私がこうした事態を予期すべきで、社内のチームをこうした“バトル”に最初から巻き込むべきではなかったのです。私にとっては今後への教訓となるでしょう。我々の仕事の価値の向上を妨げぬようにしていかねばなりません。
では、最も予想外の成功は何でしたか?
やや思い入れが入ってしまいますが、「マルセル」(AIプラットフォーム)です。この野心的なプロジェクトは山あり谷ありですが、良い結果が出れば全てが帳消しになります。
二つの好例を挙げましょう。一つは、これまで米国に来たこともないスペインの若手デジタルチームがマルセルを活用し、ウォルマートのために素晴らしい仕事をしたこと。タイム誌はこれを「2018年のベストキャンペーン」に選びました。
また、グラクソ・スミスクライン(GSK)に対する誓約であった「変革」を証明できたこと。彼らのために我々の持つ人材をどのように活用できるか、提示したのです。この言葉は額面通り受け取っていただかなくて結構ですが、GSKのチーフ・マーケティング・オフィサーは「2018年最大のピッチをピュブリシスが勝ち取ったのは、マルセルの貢献が大きい」と公に語っています。
ピュブリシスグループのクリエイティブエージェンシーで働いている人たちと話をすると、将来に対してしばしば悲観的な意見を言います。「うちのエージェンシーは他のグループ会社と似たり寄ったりになってしまった」と。こうした発言をどう思いますか?
あなたが話をした人たちはある部分正しく、ある部分間違っています。
なぜ間違っているのか。我々にとって、クリエイティブブランドの文化と個性を強固にしていくことが非常に重要だからです。特に英国ではサーチ・アンド・サーチやレオ・バーネット、ピュブリシス、BBHなどがそれぞれ強いリーダーシップを発揮しています。
正しいのは、私も各エージェンシーがもっとグループに一体化されるべきだと考えるからです。各エージェンシーは我々の持つ素晴らしいアセットをもっと活用し、恩恵を引き出さねばならない。それを実現する方法はただ一つ。データを仕事の根幹に据え、パーソナライゼーションの広範な実現のためにテクノロジーを活用することです。
ですから悲観的になっている人にはこのように言いたい。素晴らしいアイデアを生み出すことを諦めるな。グループ内のリソース(データ)を正しく活用し、(テクノロジーを用いて)正しく機能させよ、と。確かにそれは容易なことではありません。変革は常にパーソナルなものであり、それを危惧するのは人間です。しかし他の選択肢はありません。急激に変化し続ける世の中で、同じことを繰り返していたのでは前進できない。我々の存在価値は複雑化した世界でクライアントの成長を手助けしていくこと。決してそれを忘れてはならないのです。
グループ内のクリエイティブエージェンシーはそれぞれ特徴を保っていると思いますか? であるなら、それらの特徴をどう定義づけますか?
まさしくその点が、各エージェンシーの直面する最大の課題です。現在、広告業界の大多数のクリエイティブエージェンシーのモデルはテレビを中心とした狭小なレガシーの上に成り立っています。我々は「力の結集」を目指した結果、各エージェンシーブランドが幸先の良いスタートを切れたと考えています。機能をバランス良く補完しつつ、それぞれの特徴を保つ。幅広い経験を持つチーフ・クリエイティブ・オフィサーのニック・ロウが、素晴らしいリーダーシップを発揮してその実現をサポートしてくれています。
より統合するために、異なる部署同士は連携しているのでしょうか? そうでなければ、次の対策は何でしょう? クライアントはメディアバイイングとクリエイティブワークの密な連動を求めるようになってきています。それは円滑に機能していますか?
確かにクライアントは統合を望んでおり、マーケティングの分断化は彼らにとって最大のリスクです。我々は円滑な連携だけでなく、行動力も身につけました。モーリス・レヴィのビジョンに基づき、エージェンシーブランドが各クライアントへのサービスに相互で連携するようになってから数年が経ちます。実験的な試みを行い、失敗も経験した。そして最適化を実現し、実行しています。これこそ我々の本義であり、自然な仕事のやり方です。
例えば、極めてクリエイティブなピッチを依頼された場合はソリューションにデータとメディアを取り込む。その逆もまた然りです。
長きにわたり、ほとんどの広告持ち株会社は買収によって成長してきました。そういう時代は終わったのでしょうか? そうでなければ、どのような分野の企業の買収に興味を持っていますか? もし終わったのであれば、成長のために残された手段は何でしょう?
ただ会社を大きくするための買収には興味がありません。会社の規模を競う時代は終わりました。今は変革の質を競う時代です。我々にはデータやダイナミックなクリエイティビティー、テクノロジーと結びついた成功体験型のモデルがあります。これらのゲームチェンジャーは今日30%の成長を遂げ、我々が新たに成功させたビジネスの根幹を成しています。端的に言うなら、我々の専門領域をいち早く拡大すれば、変革もいち早く達成できる。とは言っても、買収は本質的に否定しません。我々は厳格に規律を守り、注意深く選択をします。補完的な最低限の企業・事業買収はあり得るでしょう。
今もし持ち株会社の経営者でないとしたら、ほかに就きたい職業はありますか? また、ほかの業界で名を成したいと考えますか?
正直に言って、今の仕事は想像していたよりも厳しい仕事です。しかし、他人に委ねたいとは思いません。マルセル・ブルースタイン=ブランシェやモーリス・レヴィの後継としてピュブリシスを率いることは、計り知れない名誉です。私には尊敬すべき愛するパートナーたちがいる。直面する逆風や悲観的な空気にかかわらず、我々が未来のモデルを築いていると信じて疑いません。
大切なことを言い忘れましたが、私が過去20年間クリエイティブ業界で仕事をしてこられたのは、大変な幸運でした。今この業界はさまざまな課題を抱えていますが、変革させていくことは我々の責務と考えます。そのためには、新しい価値を生み出す画期的なアイデアをクライアントに提供し続けねばならない。それを実現し、変革を推進するのにピュブリシスほど最適な企業はないでしょう。
(文:クレア・ビール 翻訳・編集:水野龍哉)