ハイマン氏はシアトル在住で、2014年にAOLが買収した動画エクスチェンジプラットフォームVidibleの、創業者であり元CEOだ。現在はAOLで動画事業のグローバル統括を担い、360度動画を、ユーザーに臨場感のあるメッセージをブランドやパブリッシャーが届けるために有効な技術と捉えている。同氏はまた、360度動画の活用は始まったばかりで、うまく活用できている例は比較的まれだと言う。
ほとんどのブランドはまだ、通常の動画の活用法を理解し始めた状態です。360度動画の形式をどう採り入れればよいでしょうか?
肝心なのは、打ち出したいメッセージは何かを明確にすることです。ある意味、360度動画の方がブランドにとっては作りやすいかもしれません。私たちはテレビ番組に慣れ過ぎているために、全ての動画に完璧なタイミングやカメラアングルを求めがちです。360度動画では視点は一つでなく、テレビCMのような演出も不要で、別次元の体験ができます。私たちの手掛けた初期の作品に、アムステルダムのホテル[NH Hotels]の動画があります。注意深く構成されたメッセージを発信する代わりに、ホテル内を歩き回る体験を提供したのです。こちらの方が格段に効果的だと思いました。新しい可能性が拓ける、今までの動画とは大いに異なるツールです。他を全部やめることは勧めませんが、360度動画も使ってみるとよいでしょう。
360度動画は「広告」向きではないようにも見えますが、いかがでしょうか?
押し付けがましさを控えたアプローチができる、といえます。広告的な要素とそうでないものを組み合わせ、いかにも広告と分かるものとは違った、微妙なニュアンスを出すことができます。360度動画の方が実験的かつ体験的で、市場が360度動画であふれ返らない限りは、おもしろい強みになるでしょう。
是非やるべきことと、やるべきでないことは何でしょうか?
メッセージを忘れないことです。「見て、この360度動画、すごいでしょう!」というアピールしか伝わってこない広告をいくつか見てきましたが、それでは実につまらない。360度動画は自動車やスポーツに向いていると思いますが、コカ・コーラのように人間味あふれるストーリー展開が上手なブランドにも適しているでしょう。これは強調しておきたいのですが、優れた広告であれば、360度動画にフォーマットを変えてもその良さは生きるのであって、360度動画を使うこと自体が究極の目的ではありません。また、タイミングの考え方も異なります。視聴者は360度動画に触れようとしてくれますが、それには多少時間がかかるので、長めの広告でいいのです。6秒の広告では短過ぎてうまくいきません。現実感と納得感のある内容にすること、そして使い過ぎないことがポイントだと思います。
そして、とにかくコンテクスト(文脈)を重視すること。つまり、その広告フォーマットを使うことに視聴者が納得できるコンテンツを提供することが肝要です。変に広告を押し付けようとすれば、視聴者は違和感を覚え、離れていってしまいます。アドテクノロジー企業は常に広告を見せよう、入り込ませようと押してきますが、一方、視聴者の側では常に、文脈的に自分と関連性のある、創意工夫のある広告を求めています。コンテクストがあるかどうか、そこが広告の良し悪しの分かれ目です。
リバプール・フットボール・クラブとその公式スポンサーであるスタンダードチャータード銀行は最近、ホームスタジアムであるアンフィールド・スタジアムの360度動画を公開しました。360度動画はスポーツのスポンサーに、どれほどの可能性をもたらすのでしょうか?
360度動画は、ブランドとスポーツファンの関係構築に大いに役立つと思います。例えば、ウサイン・ボルト選手が走る場面を思い浮かべてみましょう。彼の後ろを走る選手たちや観衆の様子をはっきり見ることができたらいいと思いませんか? 360度動画の活用はまだまだこれからです。実は360度動画はシンプルなツールなのですが、難しいと思い込んでいる人が多いようです。
360度動画を使いこなしているブランドはありますか?
今のところ、米国や日本では見当たりません。ヨーロッパではいくらか芽が出つつありますが、360度動画に習熟したブランドが育つには時間がかかるでしょう。まだ使いこなせる段階には至っていません。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:田崎亮子)