David Blecken
2017年10月05日

ベインキャピタルによる買収は、ADKに何をもたらすのか

投資ファンドへの売却が、広告代理店にとって今後の新しいビジネスモデルとなっていくのだろうか。

植野伸一氏
植野伸一氏

総額1520億円(約13億5000万米ドル)でアサツーディ・ケイ(ADK)の完全子会社化を図る米投資ファンドのベインキャピタルは、株式公開買い付け(TOB)を10月3日から開始した(11月15日まで)。世界の広告界が数多の課題に直面する今、このニュースは驚きをもって迎えられた。だが今回の買収劇はそれだけに止まらない。今後、各方面に様々な影響を及ぼしていくだろう。

ベインキャピタルは昨今、東芝メモリを含む10社以上の日本企業に投資。これは国内市場に精通し、かつ楽観視していることを表す。大手広告代理店が投資ファンドに買収された例は日本にこれまでないが、ADKは変革を必要としており、英WPPとの20年に及ぶ資本・業務提携ではその活動が厳しく制約されていた。

WPPはADKの最大の株主で、その25%を保有する。これに対しADKが保有するWPP株は2.4%で、現在その売却を予定。ADKは声明の中で、WPPとのパートナーシップが長期的な期待に応えるものではなかったと言及した。「開始当初は一定の成果を生んだものの」、時代は変化し、WPPの存在が実質的利益に資するものではなくなったというのだ。株主への責任と経営スタイルの大きな違いが、グローバルビジネスの成長を目指してきたADKにとっては足かせとなっていた。

観測筋は、WPPが日本市場で電通や博報堂に比べ依然“スモールプレイヤー”で、この提携は同社にとっても決して有意義ではなかったと指摘する。にもかかわらず、現在WPPはTOBに異を唱える。報道によれば、ベインの提案するひと株3660円という価格は「ADKを過小評価している」と主張。WPPに次いで17.3%のADK株を保有する英シルチェスター・インターナショナル・インベスターズも同様の姿勢をとる。WPPが提携解消を受け入れないのは、あくまでも金銭面が理由なのか。株主がより有利な条件を引き出そうと抵抗するケースは常にあることだ。

この買収が失敗する可能性も、まだ残されている。シルチェスターは10月4日に声明を発表し、「ADKはベインとの契約を優先させ、株主との合意を軽く見ているようだ」と言及。更にWPPとの20年に及ぶパートナーシップを首尾よく解消できても、「訴訟問題となる危険性が非常に高い」と述べた。

だが、買収が成立すれば大きな変革の引き金になる可能性が高い。WPPにもより大きな影響を与えることは間違いないだろう。東京を拠点とするCLSAのメディアアナリスト、オリバー・マシュー氏は10月2日付の調査報告書で、「WPP傘下の日本のエージェンシーはADKのメディアバイイングの力に依存している。この買収劇はWPPにとって頭痛の種だろう」と記した。“頭痛”がどれほどのものかは分からないが、ADKの植野伸一・代表取締役社長は日経新聞に対し、「WPPと敵対する意図はなく、個別の協業機会については探っていく」と語った。

ADKにとって買収成立後の最善のシナリオは、海外市場でWPP、国内市場では電通や博報堂のより強力な競争相手になることだ。非公開化は、特に海外においてこれまで実現できなかった投資やパートナーシップの締結を可能にする。

更にマシュー氏は、この買収が「日本のメディアを刷新するだろう」とも指摘する。特に、ベインが日本のマーケティングリサーチ会社マクロミルの株を30%保有していることが大きいという。同社とADKは、透明性やROI(投資利益率)測定を高めることで新たなエージェンシー・モデルを創造でき、相乗効果を高める可能性が強いというのだ。

「これこそ広告主が求めているものなのです。これまでビッグ3(電通、博報堂、ADK)は、こうした分析に関して世界のライバルたちに水をあけられていた。おそらく市場の馴れ合い的空気と、テレビに売り上げを依存している体質のせいでしょう」と語る。

「消費財メーカーにとっても非常に明るい材料でしょう。電通や博報堂が適切なROIを提供し、より優れた広告を生み出すようになるでしょうから」

ベインもADKも、新たなタイプの広告代理店を創造する重要性は認識するはずだ。これまでのところADKは、「デジタル優先の企業になる」としか表明していない。それが何を意味するのか定かではなく、ADK幹部はこれまでのところCampaignの取材には応じていない。コンサルティング会社コーモラント・グループのマネージングパートナー、バリー・ラスティグ氏は、既存のデジタルエージェンシー・モデルを増やすことは「呆れるほど創意が欠けている」と喝破する。

「ADKにとってより生産性の高い方向性は、広告に特化せず、コンテンツやデータ、プロダクトなどをより重視した分散・協調型のモデルをつくることでしょう」と同氏。ADKは既にアニメコンテンツに強い。オリジナルコンテンツの制作を増やすだけでなく、例えば電通が楽天やスポティファイと協働したように、広告以外の分野の企業に投資することも1つの戦略だ。その対象となるのは、インドのデータ会社から日本のテクノロジー・スタートアップまで幅広く存在する。

ADKが多角化に踏み出すときに重要なのは、競合相手との差別化を実現するため、己れの本質的価値を見失わないことだ。「自社の強みを認識してそれを打ち出し、弱点を極力克服することが必要不可欠です」。こう話すのは、以前WPP傘下のAKQAに在籍したイナモト・アンド・カンパニーの共同創業者、レイ・イナモト氏。「本質とかけ離れたものになろうとする企業が、あまりにも多いですから」。

マシュー氏が言及したように、買収が進展してもADKや業界に影響を及ぼすまでには時間がかかるだろう。こうした大企業の改革は、誰もが飛びつくような課題ではない。だが、ADKは国内に多くの大企業のクライアントを持ち、海外ではこれまで一切汚点がないという強みがある。もし買収が成功すれば、多くの広告代理店がWPPやオムニコムのような従来型のホールディングカンパニーの傘下にいることへの意義に疑問を呈するようになるだろう。

「ホールディングカンパニーは独立系のエージェンシーにはないスケールとネットワークを持っていることは確かです」とイナモト氏。「しかし今の時代はメディアの分散性や遍在性、コネクティビティーが長所となる。従業員やオフィスの数で企業を評価することは、無意味になっていますから」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

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