TikTokはソーシャルメディアにおいて、コンテンツを民主的なものに変える代表的な存在といえますね。
今までのコンテンツには、「機会の公平」「結果の公平」という概念があると思います。さらに言うと、その手前には「機会の不公平」な状態もありました。
まず、トラディショナルメディア(テレビ、雑誌、新聞)などしか発信できない「機会の不公平」な状態がありました。これがユーチューブの普及によって、誰でも発信できる機会の公平な時代が訪れました。ただし、機会は公平になったものの、結果の不公平は依然として残っていました。誰でも公平に発信できる一方で、多くの人にリーチできるのは芸能人やメディアが中心で、普通の人がリーチ力を持つには長い積み重ねや時間が必要でした。
これがTikTokの普及によって、面白いコンテンツさえ投稿すれば、極端な話、フォロワーが0人であっても大きな話題を作り出し、多くの人にリーチすることができる「結果の公平」がもたらされました。TikTokは優れたコンテンツ・レコメンデーション・システムを持っており、エンゲージの高い良質な動画であれば、フォロワーが少なくても大きな話題を作ることができる。この現象こそが「コンテンツの民主化」だと思います。
ブランドがオーディエンスに語りかける上で、コンテンツの民主化はどのような変化を与えると思いますか?
今までは広告予算が潤沢にあり認知度も高いブランドが、ベースとなるリーチを持っているという点で圧倒的に優位でしたが、知恵を絞ることでどんなブランドにも勝つ見込みが出てきました。
そして、時代はインフルエンサーマーケティング2.0へと移ります。今までのインフルエンサーマーケティング1.0では、インフルエンサーの価値を左右するのは、ベースとなるリーチの影響力の大きさを表す変数であるフォロワー数。伝えたいことを、まるでバナーのように彼らに言ってもらえればよかった時代でした。
しかし、TikTokがもたらした「結果の公平」が重要となるインフルエンサーマーケティング2.0の時代には、高エンゲージメントのコンテンツを作り、コンテンツ・レコメンデーション・システムを通じて多くのユーザーにリーチし、エンゲージすることが肝になるので、企業が言いたいことをインフルエンサーに押し付けるのではうまくいきません。彼らをバナーとして使うのではなく、彼らの特性、キャラクター、熱量、夢といったものを包括的に理解して、クリエイターとして共創することが重要。つまり、フォロワー数に関係なく一夜にして大きなモーメントを作り出すことのできる世の中では、フォロワー数で彼らを選ぶのではなく、彼らと何を作り、誰に届けるかを考えることが大事なのです。
「UGC(ユーザー生成コンテンツ)2.0」の動きもありますね。短期間で数多くの良質なユーザー動画投稿やリーチを生み出すことのできるTikTokは、UGCを一歩前に進める存在になると考えています。TikTokであれば、ただのノイズやモメンタム作りを超えたコンテンツ作りまで実現できるのです。そのためには、ユーザーのクリエイティビティーを解放し、コンテンツを共創するプランニングが重要です。ただ彼らはクリエイターではないので、クリエイティビティーを解放するためのルール作りが必要となります。
その一つが、制約と余白。コンテンツをゼロから作ることは難しいですが、投稿のルールを設定することで発想のとっかかりを作ったり、投稿に参加する“言い訳”を用意してあげることができるのです。
ただ、全てをガチガチに制約すると、作りやすくはなりますがUGCが均一化し、面白さが薄れてしまうのも事実。感覚的には、制約8割に対して余白2割くらいのルールが有効だと思います。ユニクロのグローバルハッシュタグチャレンジ「#UTPlayYourWorld」は、街や家でUTファッションを披露するという制約と余白が奏功し、世界の5つの市場で投稿数約19万本、いいね数4300万、動画再生回数3億5300万回を達成しました。(2019年7月時点)
TikTokで人気を集める企画には、何が大切なのでしょうか?
これまで述べた「制約と余白」はとても大切ですが、以下の4つのポイントにまとめられると思います。
[1] シンプルであること
まず、企画を考える上でシンプルさは大切。何をするのか、何が面白いのかをユーザーが理解しやすいということです。
[2] 目的を明確にすること
クオリティーと難しさには、どうしても相関するところがあります。例えば、トランジション(映像の切り替え効果)や、集団での撮影、アウトカメラを使ったもの、あるいはCM企画コンペのように何か考えなくてはならないものは、ハードルが上がってしまいます。ファッションコーディネートとか、インカメラで撮影するダンス映像などは、もう少しハードルが低くなりますね。
ここで大事なのが、量と質。実施しようとしているキャンペーンの目的が量と質のどちらなのか、企画前に考える必要があります。投稿量を増やしたいというのであれば、簡単で参加しやすいことは重要です。例えば量については、通常のハッシュタグチャレンジだと1000〜数千の投稿が集まりますが、サントリーのクリエイティブコンテスト「#クラフトボスミルクティーコンテスト」の投稿数は250前後でした。
一方で質については、通常のハッシュタグチャレンジでは均質的な投稿になりがちですが、クラフトボスの企画には多様で高品質な投稿が集まりました。動画投稿数は少なくても、動画ビュー数やエンゲージメントが平均的なハッシュタグチャレンジを超えたのです。今回のキャンペーンの狙いは、質の高い動画のリーチを最大化することなのか、多くの人に投稿という濃いブランド体験を促したいのか、等々……。狙いを明確化して、プランニングすることが重要です。
[3] オーセンティック(本物であること)
過度に作り込まれていない動画や、トラディショナルなセレブリティーよりもインフルエンサーを起用した動画の方が、エンゲージメントが高くなることがあります。プロフェッショナルクオリティーよりも、レベルの高いアマチュアクオリティー。プロのコンテンツや、作り込まれた偽物っぽいコンテンツは、かえって浮き出てしまうことがあるのです。
[4] 音楽
最後に忘れてはいけないのは、音楽。TikTokのユーザー調査によれば、8割は音声オンの状態で楽しんでいます。そういう意味では、どれだけキャッチーで耳に残り、コミュニケーションを促す音楽を作れるかが鍵となります。国によって傾向に差はありますが、日本ではテンポが速くアップリフティングな曲の方が好まれるようです。
クリエイティブに携わる者がTikTokユーザーから学べることや、オーディエンスの変化について教えてください。
まず「ダイバーシティ」が挙げられるでしょう。TikTok上のコンテンツもユーザーも、どんどん多様になってきています。例えばコンテンツでいうと、旅行、言語(英会話)、レシピ、ヘアアレンジ、DIY、ダンス、音楽(歌/演奏)、ペット、子ども、心理学、マジック、ゲーム、ファッション、メイクなどがあります。それに伴ってユーザーも、Z世代やミレニアル世代だけでなく、子育て世代や、場合によってはシニアまで幅広く拡大しています。
TikTokはもう、踊ったりリップシンクするだけのプラットフォームではありません。もちろんそのようなコンテンツもありますが、もっと多様で楽しい使い方にあふれたプラットフォームへと進化しました。そのため、キャンペーンの企画においても多様なアイデアが必要なのです。
カテゴリーによっては、投稿本数は多くないものの再生回数やエンゲージメントが高い動画カテゴリーもあります。投稿の質なのか、量なのか。キャンペーンの目的に応じて、選択すべき動画ジャンルも変わっていくのです。
次に、我々がWTFモデルと呼んでいる、ユーザーをアクティベーションするドライバーについてご説明いたします。情報やモノが溢れ、生活者が基本的には満たされているこの世の中においては、Needs(必要性)やWants(欲求)といった旧来的なマーケティングドライバーが機能不全を起こし始めていると我々は感じています。これからご紹介するTikTokで見つかった生活者を突き動かすWTFの3つの要素は、NeedsやWantsに替わり、これからのマーケティングを支配する新しいドライバーになるのではと考えています。
【WISH】
NeedsやWantsよりも上位の、もっと良い世の中にしていきたいといった気持ちのこと。数年前に大流行したALSアイス・バケツ・チャレンジは、Wishでドライブされた好事例だと思います。世の中で見過ごされていたALSという病気に光を当て、より多くの人が生きやすい世の中に変えたいという人々の願いが、多くの人のアクションを後押ししました。同様にTikTokで、Wishの気持ちがドライブした動画には、例えばヒジャブを着たイスラム系の女性がバスケットボールをしている動画、ホームレスの人に食べ物やお金を差し入れる動画などがあります。
【TRY】
あらゆるものに満たされて安定したこの世の中において、気軽な達成感は嗜好品のような存在になっていると感じます。インターネットミームとして大きなモーメントをつくった「マネキンチャレンジ」も同じです。少し難しいことに挑戦し、インスタントに達成感や成果を得ることができるものは非常に重要です。30分や1時間程度でできてしまうことがポイントだと考えています。TikTokでも同様に、Tryの気持ちがドライブした動画ですと、例えば「ウィッチドクター」の曲で踊る簡単なロックダンス、遠近法を使ったトリック動画などが話題となりました。
【FUN】
情報空間において、人々は意味のある役立つ情報に囲まれ、常に追われているような状況にあります。このような状況では、人は逆に、ナンセンスかもしれないけど楽しいものに惹かれていきます。ミームの代表格である「ハーレムシェイク」なども、そうではないでしょうか。実際にTikTokでも、YMCAのリズムに合わせてチーズを投げつける動画や、指示された動作をリズムに合わせて行う言いなり選手権など、まるで放課後に友だちと遊ぶような、意味は無いけれど楽しい動画が大きなムーブメントを起こしています。
TikTokを活用したブランドの成功事例や、革新的な事例を教えてください。
WTFの3つの側面について、それぞれ具体例を挙げていきます。
【WISH】
Wish(願望)は「世の中をもっとよい場所に変えたい」という、Needs(必要性)やWants(欲求)を満たされたその先の、一つ上の階層の感情です。TikTokというプラットフォームの特性や、15秒程度の短尺な動画は、ポジティブな活動への賛意を気軽に表明できる現代的な署名活動となり得ると考えており、Wishというドライバーを動かすプラットフォームとして最適だと考えています。
その代表例が、心肺蘇生(CPR)の認知率100%を目指す日本赤十字社のソーシャルキャンペーン「#BPM100 DANCE PROJECT」。実は、BPM100というリズムは、胸骨圧迫*のペースとして最適なのです。そこで、話題化や認知度向上を狙い、BPM100のキャッチーでノリが良く、楽しい音楽に合わせてCPRの動きを真似するダンスチャレンジを実施したところ、動画再生回数3000万回を超える大きなモーメントを作り、今も日々再生回数が伸びつつあります。
*胸骨圧迫は1分あたり100~120回のテンポで行います。
【TRY】
あまりにも簡単に達成できる内容では、投稿しようというモチベーションを作ることは難しいもの。「少し頑張ればできる」というくらいの難易度が、参加を促す上で大切です。TikTokは、少し頑張って見応えのあるコンテンツを発信することでハートマークやコメントを獲得でき、動画視聴回数を伸ばすことができるプラットフォームなので、こういったTry系の企画と相性が良いのです。
例えば、チポトレ(メキシコ料理チェーン店)の「#ChipotleLidFlip」。容器のふたをかっこよく閉めるという、気軽に挑戦できる企画ですが、意外に練習も必要です。数字について詳細は明かせませんが、さまざまな記事で「インターネットミームが売上にも貢献した」と取り上げられるなど、大きな反響を呼びました。
【FUN】
Funというマーケティングドライバーを動かすためには、ナンセンスだけど楽しくて愉快で、ブランドやプロダクトと自然とエンゲージしたくなるような企画であることが大事です。そもそもTikTokは、ナンセンスだけど面白おかしいコンテンツがあふれている場所。だからこそ、こういったコミュニケーションがふさわしいのです。
マクドナルドの「#ティロリチューン」が、まさにその例です。楽しげなリズムに合わせて、少し奇妙な振り付けのダンスを楽しむもので、投稿件数65,000件、再生回数1.5億回など、すばらしい成果を上げました。(2019年4月末時点)
TikTokに追加された革新的な機能には、どのようなものがありますか?
最も革新的な機能だと思うのが、スタンプ機能です。これはブランド向けのエフェクト(スタンプなどの効果を動画にかける機能)で、スタンプ機能にはとてもイノベーティブな画像認識技術が使われています。例えば、髪の毛をきちんと認識することで動画上で髪の色を自由に変えることができたり、顔を無数のポイントで検知することでバーチャルにメイクした顔を確認できる機能で、実際にヘアカラーやメイクを行ったらどうなるかをTikTok上で疑似体験できます。このようなプロダクトを持つクライアントの課題(商品特性を体験を通じて理解させたい、結果として実際の購買に寄与させたい等)を、遊びとして楽しみながらできることがポイントです。
ジョンソン・エンド・ジョンソンのマウスウォッシュ「リステリン」のキャンペーンでは、動画の中から歯の部分を検知して、白く輝かせることができるスタンプを制作しました。歯を綺麗に見栄えよく保つということ、つまりそのブランドの価値やベネフィットを、楽しくコミカルにユーザーに届けることに成功しました。こういったインタラクティブで楽しい体験を提供できるのはTikTokでスタンプを活用したキャンペーンの強みで、静止画やテキストベースのプラットフォームではできないこと。撮影中にエフェクトを通じて、ブランドやプロダクトのベネフィットを訴求できるのは、すごく大事なポイントだと思います。
さらに、クリッカブルスタンプと呼ばれる機能もあります。これは、画面上に出てくるアイコンやブランドロゴをクリックすると、ランディングページ(そのプロダクトやブランドのマイクロサイトなど)に誘導されるという機能です。この機能の本当に素晴らしいところは、この機能によって初めてUGCが広告コンテンツとなることです。というのも今までは、UGCはブランドの認知度や好感度を高めることには寄与しても、UGCを広告的に機能させ、UGC接触者を企業のマイクロサイト等にランディングさせることは不可能だったのです。これはUGCやソーシャルコンテンツの課題の一つでした。ユーザーが楽しみながら撮ったスタンプ入りの動画がクリッカブルになり、その先のマイクロサイトへと遷移させるというのは、まるでユーザーの動画にバナー広告がつくような、本当の意味でUGCが広告に切り替わっていくことを意味していると考えています。
まとめますとスタンプは、さまざまなブランドの機能や商品特性などをユーザーに擬似体験させ、商品特徴やブランドのプロポジション(存在意義)を伝えることができるという点で優れています。さらに、動画がクリッカブルになってマイクロサイトに飛ばせるようになることで、UGCで楽しんでもらいながらブランドエンゲージメントを高めたり、バイラルになった動画自体がブランドの広告になるようにもなりました。こういった理由で、非常に革新的なプロダクトだと思います。